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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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誰が青果物の供給に責任を持つのか?
市場が、赤字に悩んでいるという。
「取扱数量は変わらないが、売上金額が減少している。」らしい。
青果物流通における卸売市場は、当初(昭和40年代前半)、地域の八百屋を対象に考えられてきたが、その後、中央資本の大手量販店・地元量販店など小売業の多岐の変化によって、その取引内容も大きく変化している。
特に、量の確保や、質の安定を求める大規模量販店の影響で相対取引や、市場外流通が増え、その市場の取引は形骸化している。
また、農家が直接消費者に売る郊外型直売所などが近年特に増え、規格外品が格安に流通するために、それに引きづられて市場も値段が低下し、売上金額の減少に繋がっているものと思われる。
その対策として農林省は、8.5%の手数料率の規制緩和などの手を打っているが、どこまで有効か?不明である。

本来、青果物は、日々利用する物であり、それが途切れることは市民生活に大きな影響を及ぼす。中央大規模量販店が地方に進出し、中央から青果物が運び込まれているが、結局採算が合わなければ、また競争に敗れれば撤去せざるを得ない。また、その競争の狭間で地方量販店も、大きな打撃を受け、閉店においこまれている店舗も数多く見受けられる。
と言って、ある時だけ商品を並べる郊外型直売所が、市民への青果物供給に責任を持って行うような取り組みをしているところは無いに等しい。
 市民への青果物の安定供給を、いったい誰が責任を持って行うのか?
海外では「青果物は歩いて買い物に行けるところに」と言う取り決めがある国が有ると聞く。これからの高齢化社会に、お年寄りなどの生活弱者でも、歩いて買いものに行けるところに販売されていなければ、いくら年金制度が充実していても、命の糧である食糧を手に入れることは難しい。
 また農産物を生産する農家でも、生産された物を全てお金に換えることが出来る市場は優れたシステムである。少しでも高くということで量販店と契約栽培をしている農家もあるが、その商品率は50%いくだろうか?腐れや虫食いは当然のことのようにはねられ、規格外のサイズは引き取りが断られる。
また直売所でも、どんなサイズでも出荷できるとはいえ、天候で客数が少ない、客数より量が多いなど販売できなければ、全て商品ロスとなる、
青果物は、収穫したときから劣化が始まる。流通は劣化との競争である。

結局、農産物は自然の恵みと言うが、その恩恵をすべて集め安定して配分すると言う機能の中心は、地域の市場でしかない。
そして、その市場から流れる八百屋・魚屋の零細小売業が、地域の人々の暮らしを守るのではないだろうか?
 むかし、関西の衛星都市に住んだことがある。そこには中心部に“いちば“があり、野菜・魚・肉何でも揃っていた。そこで客は、店主と話をしながら、また隣り合わせた客と分け合いながら、食材を調達していた。
そして、その周辺にある量販店には、食品売場が設置されていなかった。
もう一度、近所の八百屋・魚屋を、単なる商売ではなく、コミュニケーションの場としても考えて見ることが必要であろう。
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