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僕という人間―その11
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僕たち人間は何故生まれ何のために生きているのか。そして何処へ行くのか。そんなことを考えることがある。しかし、そんなことを考える前にとにかく僕たちは生き続けなければならない。
彼、マッチャンは、晴れた日も雨の日も雪の日もどんな日でもほぼ同じ時刻に同じ道を歩いている。毎日歩くのは健康のためなのかもしれない。そして何年も何年も、何十年も同じように草を刈り続けている。もちろん鎌から電動草刈り機に持ち替えてだろうが。彼に「なぜあなたはいつも同じように歩き、草を刈って暮らしているのですか」と問うてみれば彼は「ナニワガネコトキクダ、歩カネバワガネ草刈ラネバ草ガノビテシマウ」と答えるだろう。きっと彼の言葉に人間が生きる意味、哲学があるのかもしれない。

 だいたい哲学(いわゆる哲学を人間が思考すること)なんてものがこの世のあるから人間がおかしくなってしまった。人間もただ、朝起きて飯食って元気に働いてまた寝て起きて・・そして何も考えないで死んでいけばすっきりしていたものを。「人は何処からきて何処へ行くのか」などと、どんなに考えても分からない(ワガネ)ことに答えを見言い出そうとするから精神分裂(この表現はいわゆる精神病でいう統合失調症の精神分裂病ではなく、何がなんだかわからなくなるという意味で気楽につかう精神分裂であり差別用語ではありません)を起こすのである。

 そんな人間の一生の中でただ一つ確かなことが「人間は生まれていつか死んでいく」ということだけで、そのただ一つの確かなことが人間を不安にさせる元である。キルケゴールは『死に至る病』で「人間においてはっきりしているのは死でしかなく、そのことが人間の精神を不安にさせる(筆者要約)」と言っている。しかも、その人生の到達点である死なるものがいったい何なのかも人間には、一生かかっても分からない。それは頭の良し悪し、ノーベル賞を取っていようがただボーット生きていようが関係ない。誰だって死んでみないと解からないのだが、死んでみたとて人間は死んでしまえば死を認識できない。全く厄介である。そんな死だけを人間は確かなものとして生きていかなくてはならない。そこに人間の悩みの元凶がある。

 それだからこそ世の中には「あなた地獄に落ちるわよ」などとノタマッテ人気を博し(TVのお遊びの世界だけかと思いきや彼女の本が本屋に山積みになっているところを見るとけっこう巷でも人気があるようだ)ぼろ儲けしている御仁(検索エンジンに引っかかるかもしれないので実名を入れておこう、それは細木数子である。)もあるが、もしも地獄が本当にあるのなら、「お前こそ地獄に落ちろ」と言ってやりたい。ま、他人の商売に口を出すのは辞めておこう、そうでないと僕が地獄に落ちるかもしれない。

 細木数子の脅し商売をやっかみから批難しようと、宗教的、哲学的に批判しようと、洋の東西に係わらず人間社会はそういう恐怖や恨みつらみを煽り立てながら成り立っているようだ。ニーチェはそうゆう人間の意識を、奴隷根性のルサンチマンといい、キリスト教の原罪や怨念を根源的意識にした西欧文明を負け犬、弱者の文化と切って捨てた。
今ここでは、この件には深入りしないが、多かれ少なかれ、人間はどんなに幸せな時でも、どこかでそれを失うことへの恐れをいだきながら、また苦しい時は不幸を呪い、そこから抜け出すことを願い、今を生きる生を必死で駆り立てているのかもしれない。

 実は、僕は死の入り口まで行って帰ってきたことがある。あれは幼稚園の頃、家族で渓谷でスケッチ(お絵かき)をしていて、退屈になり一人で渓流に足を浸した途端、激流に流されてしまった。小さな子供にとって渓流は魔物であった。僕はそれから岩の間をぬって流され滝壷に沈んだ。しばらくたってからオヤジに助け上げられた。そのとき既に相当時間が経って(僕には数十分に思えたが、それなら脳死していたか少なくとも障害が残るだろうから、数分だったのかもしれない)呼吸はなかったが、すぐに息を吹き返したそうだ。そのとき開口一番「こんな川は埋めてし合え」と言ったという逸話が残っている。そのせいで僕は土木の世界に足を踏み入れたのだと我が家の笑い話である。

 その時僕は、いわゆる黄泉の国の入り口を見た。川に流されながらしばらくは空と水の中を回転していたようだが、いつしか深いプロッシアンブルーの世界に引き込まれていった。そこは滝壷の中だったのだろうが、苦しくも苦痛もなくただ「もうこれでお母さんや家族に会えなくなる、寂しいな・・・・」と思っていたことが最後の記憶である。
そのままだったなら、僕はその記憶を胸に死んでしまったのだろうし、今生きているからその記憶が今も残っている。これを臨死体験というのか、たんなる意識不明からの回復というのかはわからないが、僕にとっての死、少なくとも死の入り口はそのようなものだと考えている。
 
 「人間はいつか死ななければならない、だからこそ生きていこう。」そんな気持ちで生きていく僕の哲学を見出してみたい。人生半分過ぎた今だからこそ。
丸山暁〈人間・55歳〉
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