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僕と言う人間ーその10
10.jpg

このクソ暑い時に、なんと涼しそうな(冬に見れば寒そうなのだが、今見るとまるでカキ氷のように涼しげではないか)風景だろう。この写真は僕の家の外灯である。その外灯には1993と書いてある。この数字は僕が東京から岩手の山奥に越してきた年である。全くなんですき好んでこんな雪深い不便な地に来てしまったのだろうか。これもきっと僕という人間が生きてきた軌跡、すなわち「歴史」の結果なのだろう。

 「歴史」とは世界や国家の書かれた「歴史」だけが「歴史」ではなく、個人の「歴史」もあることを前回述べた。
 僕の「歴史」など皆さんにとっては何の役にもたたないだろうが、それでもこの「歴史」は世界にただひとつの「歴史」でありとても貴重なものである。そのことはもちろんこの世に生きている、否死んだ人も、この世に生を受けたもの全てがそれぞれに唯一の貴重な「歴史」をもつということでもある。

 僕の「歴史」の中では広島での少年青年期が僕のこれまでの人生に大きく影響している。
少々横路にそれるが僕は大学時代数人の仲間とSM研究会を名乗っていた。ま、それはいわゆるサド・マゾのことであるが、それを実践するというのではなく、せいぜいその手のエロ映画を仲間と見に行き、その出来具合を批評するという程度のかわいいものであったが。
 
では何故そんな傾向に走ったのか、それは僕が広島で思春期を暮らしたことに起因していると考えている。広島の原爆の惨禍、残虐さ、老いも若きもそして乙女も、思春期の少年にとっては原爆の地獄の火に焼かれ、放射能で身体を蝕まれた少女たちの姿は悲惨であった。その姿は深く少年の心に焼きついた。そして彼女たちを地獄に落としたアメリカへの復讐心が僕のSM志向の起点であった。それは原爆を落としたアメリカ、そしてアメリカ国民への復讐、原爆の地獄をアメリカ国民にも、それは当然広島の少女・乙女と引替えにアメリカの女性たちへも・・と転化し、SM趣味が僕の中で発生したと考えている。少々この件に関してはいい訳がましいが、幼少期の体験が深層的に大きな影響を与えていることは確かだろう。原爆とSMをつなげるなど不遜であるとお怒りの方々にはお許しいただきたい。僕の幼稚な心理分析である。そして僕は強い反核論者である。
アメリカのスミソニアン博物館にエノラゲイ(広島に原爆を落としたB29)が展示してある。そして今も多くのアメリカ人は、広島に原爆を落としたのは大日本帝国主義の戦争を早く終わらせ、アメリカ兵士の戦死者を最小限に食い止めるためには仕方がなかったと解釈している。これはこれでアメリカとしては当然の歴史認識であろう。特に当時原爆の脅威は一部科学者や軍関係者だけが知りえたことでありアメリカ国民は知る由もなかったろう。

しかし、アメリカは今なお世界最大の原爆保有国であり、原爆の開発を加速化し世界の軍事帝国者になろうとしている。そういうアメリカは原爆の惨禍を歴史的遺産として受け継いでいるのだろうか。2次大戦での原爆使用は過去の「歴史」であるが、今アメリカが保有する、またより破壊力(破壊力とは人間の身体を切り刻む残虐性、非人道性に他ならない)を増した核兵器の将来をアメリカは未来の「歴史」にどう刻もうとしているのだろうか。「歴史」とは単に過去のものではなく未来を形づくるための遺産でもある。アメリカは2次大戦戦勝者としての遺産を引き継ぐと共に原爆の惨禍、原爆投下の責任も引き受けなければならない。

またこのことは日本における戦争責任にも言えることである。確かに僕たちは2次大戦を生きてはいなかった。あの戦争は、当事の政府と天皇によって引き起こされ拡大した。そして不本意ながらも、他国に侵略したのは当事の軍隊であり僕たちではない。だから僕たちには戦争責任はない。
果たしてそう言い切れるのだろうか。僕たちは今豊かな平和な社会を生きている(いくら格差が拡大したといっても日本は平和で豊かな国である)。これは過去の日本の「歴史」から受け継いだ遺産である(もちろん「歴史」は今も未来へ繋がっている)。そういう遺産とは正の遺産だけでなく負の遺産をも受け継ぐべきではないのか。例えば、従軍慰安婦の問題、朝鮮人強制連行の問題、海外への侵略の問題・・など過去の「歴史」として僕たちは忘れ去っていいのだろうか。そうではないだろう。僕たちは、それらも日本の歴史遺産として受け継ぐべきだと考えている。
「靖国参拝は個人の自由」と言ってのける小泉さんは一国民としても首相としても日本の歴史遺産を受け継ぐ資格はない。

僕のオヤジは、戦後満州から引き揚げて東京で農林省の役人をやっていたが、組織が嫌になり、広島の山奥の農場長になった。オヤジも今で言うところの「脱都会田舎暮らし」であった。僕は決してオヤジのようになろうと思っていた分けではないが、東京で会社を辞め今畑を耕している。僕もなんだかオヤジと同じような道を歩んでいるようだ。これも僕の「歴史」であり、オヤジから受け継いだ遺産かもしれない。
丸山暁〈55歳・人間〉
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