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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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福島原発~情報が一元化されずバラバラに出されていることは、社会が健全である証拠~
原発問題の発表が、「東電」「原子力安全保安院」「原子力安全委員会」「政府内閣官房長官」「IAEA国際原子力機関」からばらばらに発表されることにマスコミや市民の不満が募っており、「これは由々しき事態だ!。政府が情報をまとめて発表すべきだ!」とテレビが声高に叫んでいる。しかし、これは日本の情報公開が健全な証拠であると私は見る。
原発から出る放射線量や放射性物質がどの程度から危険か安全かという基準は明確ではない。はっきりとは分からないというのが正しい。また危険性を許容する範囲も人それぞれである。例えばたばこは害があることは分かっているが、どの程度から危険かの明確な線引きは無いし、危険性を承知しながらも煙草を好む人はいる。酒やコカコーラやインスタント食品も同様である。放射能の人体への影響については、まだ正確に判断するほどの事例が集まっていない。放射性物質の拡散や放射線量の分布は風向きによって変わるし、今後の事故処理の状況によっても大きく変わる可能性がある。同じ事実(事象やデータ)でも、立場によって判断や主観は異なることは当然起こりうる。こういう状況では、様々な角度からの分析や予測や判断がなされる必要があり、これを一元化することはむしろ真実を見失わせる。
「バラバラに情報を出さず統一見解を示せ」とか「安全かどうか政府がはっきり線引きを示せ」と言っている輩は、他人に判断を任せ自ら考えることを放棄し、身に降りかかる物事の結果責任を他人の所為にしようとする、責任逃避である。
他人が安全だと言えば、なにもぜずに放射能を浴び続けて被害を受けて、後になってその言った他人を責めてもはじまらない。危険だと言われて東北産の野菜も魚も食べずに高い西日本産を食べたることも、どうせ放射能の影響で癌になるのも確率の問題なのだから気にしない、というのもそれぞれの生き方で、自分で判断すればいいのだ。
戦時中の情報統制下で、大本営発表を何の疑いもなく信じてその通り行動して破滅に向かったことを思い返して、様々な情報を自分で咀嚼し、自分の命は自分で守るということを考えるべきである。
<ハヤテ>
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