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市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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役人の隠れ蓑
第三者的視点の真相

そもそも日本人は「第三者」的なものが好きなようだ。法律に基づいて設置する審議会から、大臣や局長の私的諮問委員会、不祥事の検証委員会――と山のようにある。

これは、国に限らず、地方の自治体にも掃いて捨てるほど存在する。

これまで20を超える審議会で座長を務め、その体験を「会議の政治学」(慈学社)で綴った東京大学の森田朗教授(行政学)は、「官僚の作った結論を第三者に代弁させて、公平そうに見えるシステム」と一刀両断する。

委員の人選に工夫をこらし、それでも強硬な反対者が現れた場合は、その委員の都合の悪い日に会議日程を合わせて出席させないようにする。そんな役人の姿を、森田教授は何度も見てきたと話す。

委員本人も役人の操り人形になるのは不本意だろうが、名誉や実利は用意されている。

文部科学省が2004年に導入した大学の認証評価制度では審議会委員などの経験も考慮され、教授昇進の審査に加味する大学もある。役所の権威を餌に、社会を自分たちの思う方向に持っていく。

第三者委員会こそ、天下りに並ぶ官僚支配の象徴だろう。

そこに醸成されてきたものは、責任の所在があいまいな「無責任社会」にほかならない。


 当生も、地方行政の委員会・審議会に携わってきたが、行政側提案に異論・改善点を指摘しても対応された記憶がない。役人の納得がいかない屁理屈のような説明で誤魔化され続けた。


 友人に県庁所在都市の局長がいた。彼は昂然と言った。「審議会・委員会の類は、しょせん、俺たちの考えを通すための隠れ蓑だ」と。


〈うわさのMBA〉



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