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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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「良いモノを安く」は間違っている!
「良いモノを安く」と言う言葉が、金科玉条のごとく言われる。
この言葉は、資本主義の商品経済がすすむにつれ、徐々に大きくなっていったような気がする。
そして「良いモノが安くが、デフレ経済を助長した」と言うと、「そうですね、良いモノは高くですね」と言う。
しかし、「良いモノとは何だろう」「安くとは、何と比べて安くなのだろう」
 「人間は快適性を求めて様々な商品を開発してきた」結果として、身体を動かさなくてもいいようなモノが生み出され、そして人間が身につける技が衰え、身体で覚えると言う言葉が死語になり、身体をむしばんできた。
食べ物で言えば、「甘く・柔らかい」ものを求めて素材を加工し添加物でごまかす技術が横行し、素材そのものの味を味わう、固いモノをかむと言う習慣が消えた。その結果、味を分からない人々が増え、虫歯や唾液の分泌が減り、消化器系の病気が多くなっている。
そして今度は様々な問題が出てきた為に「安全」が良い物という基準に加わった。そもそも体内に入れる食べ物は、安全でなくてはいけない。安全でないモノが世の中に満ちあふれているから、「安全」という言葉が声高々に言われるのだろう。「安全で安い」と言う基準では海外の有機農産物を選ぶべきであろうし、現に商社が中国やその他の国の有機農産物を輸入している。
しかし、そこには「安心」がない。
「安全・安心」と二つ並べて簡単に使われているが、その言葉の意味は全く違う。モノの危険性がないことが安全であり、ヒトの信頼関係から生まれてくるのが安心である。
今、人間関係が希薄だと言われる。そこには安心の関係が作れない社会がある。
「良いモノを安く」と言う商品至上主義ではなく「安心な関係でモノが流れる仕組みづくり」が必要ではないか。安心の関係には、コストは影響を与えない。
<たこ入道>
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テーマ:経済批評 - ジャンル:政治・経済

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