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役人論
この国の「役人」は「厄人」か?

日本語を素直に読むと、役人は(国民のために)役に立つ人と読めます。私たちは長い間、税金を納めながら、そう思ってきました。ところがどうでしょう。

最近(昔からかも知れませんが)の公務員の不祥事は、公務員が何のために存在するのか疑問に思えてなりません。

役人ではなく、厄人(やくにん)(国民に災いをもたらす人)としか思えません。

先般、ある保険会社の川柳募集に応募しました。


「役人は 厄人なのか この国は」

それでも納得できず、四文字熟語募集に応募しました。

「厄人天国」

元の四文字熟語は「役人天国」です。どちらも似たような熟語ですが、応募作品の方が名(迷)熟語だと思っています。

社会保険庁、国交省、防衛省、農水省、大分県教委等々、国から地方まで毎日のようにメディアに公務員不祥事が話題にならない日はありません。俗に、税金を納めるのが、馬鹿馬鹿しくなります。税金同様の諸々の公共保険料も同様です。

一般社会なら完全な犯罪行為も、組織の中で完全にぼけて、不正行為者を特定できない仕組みに守られています。自分たちの存在を守るのが第一で、本来の使命である公僕意識はどこへやら、怒ったり、呆れたりしますが、よくよく考えれば、最終的には国民生活に厄災をもたらすのです。

国は国民がいるから存在するのです。無人のところには役所は必要ないのです。

以前、ある仕事で顧客を侮辱した市の担当者に言ったことがあります。

「あのね、市役所があるから市民が居るのでなく、市民が居るから市役所があるんでしょう」と。相手はその意味が解ったかどうか判りませんでしたが、きょとんとしていました。国民・市民が税金を払って生活を保証するシステムに居る人間が、そのシステムを支えている人間より上位に居るという錯覚・感覚が問題なのです。

国民は無償奉仕(ボランティア)を要求していません。与えられた使命を果たして欲しいだけなのです。


〈気になるあいつ〉
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テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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