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東京最後の饗宴
恒例の正月帰京から帰ってきて、久しぶりにみのもんたのアサズバを見ていたら、ショッキングなニュースが飛び込んできた。一つは「あゆこと平成の歌姫、浜崎あゆの左耳が聞こえない」ということと「新風舎民事再生手続き申請」とあった。

基本的にJazz狂の僕であるが、小さな体で凛として歌い上げるあゆの歌声には、たまに聞き入っていることがある。彼女の突発性難聴という病気はストレスから来るようで、発覚してすぐに治療休養に入れば50%は完治すると言うもので、あゆの左耳失聴は難聴発覚後も10年近く歌いつ続け休養をとらなかったことご原因のようである。僕も一時、ストレスで(田舎暮らしとて、様々な人間的ストレスはあるのです)、耳鳴りを感じたことがあり他人事ではない。

また、新風舎の問題は、何を隠そう(残念ながら、隠したいと言う気持ちもあることも確かだが)、僕自身が当事者であり、出版詐欺とは言えないまでも、本好きを相手にした放漫経営であったことは確かなようで、なんだか、せっかく出した僕の本までが、民事再生に掛かるようで、なんともやりきれない気持ちです。
例えば、親がハレンチな犯罪を起こし、例えば守屋夫妻のような汚職官僚など、子どもまでが肩身の狭い思いをするようなもの。僕以上に本がかわいそう。

新風舎の問題は詐欺とまでは行かないまでも、最近の何が何でも急成長、業績拡大という裏にひそんでいる犯罪、ごまかしと同じ穴のムジナなのでしょう。以前、「あなたも出版詐欺に会いましたね」というコメントを頂きましたが、まあ、なんともはやというところですか。
それでも、『西欧「偶景」今昔話』はいい本です。この子にはなんの責任もありません。温かい目で見ていてください。

浜崎あゆみの悲劇も、稼げる時に稼げ稼げ、働けるだけ使い切れ、という音楽業界のなせる業なのでしょうか。それとも一途な歌姫の悲劇なのでしょうか。みんな真面目に一生懸命に働いているのに、何かが狂ってきた。働いても働いても食えない、働いて働いて自分を見失う・・・・・。
今年も恒例の帰京をしてきました。東京の巨大開発から足を洗い、田舎暮らしを求めてこの地にやってきたとはいえ、決して東京という世界、銀座での生活に魅力が無かったわけではないのです。東京は多分、世界で最も面白いところだろう。それこそいつもどこかが劇的に変化して、何でもありのオモチャ箱。外国文化人や観光客など傍目には、これほど面白い所は無いでしょう。
この日本の片田舎に移り住んで15年たち、東京はどこかアンビバレントな思いでいつも忘れたことは無い。たまには、「なんであの豊かな暮らしを捨てたのか」と頭をよぎることもあった。しかし、今僕は、ここでの北上山系の小さな谷間でくらしている。

東京は、確かに魅力的な街である。しかし、その魅力とはなんなのか、ここ数年帰京する度に思うにだが、段々その魅力が薄らいでくる。

以前は、批判的な視点だが、たまに帰京すると、街の変化(巨大再開発)を確認しながらも楽しんでいた帰来がある。僕とて今だに建築屋。僕がこっちに来てから、都庁やNTTビルなど新宿の後期の開発、恵比寿ガーデンプレイス、浜松町あたりのウォーターフロントあたりの開発までは面白かった。
しかし、六本木ヒルズあたりからのバブル崩壊以降の再バブルの巨大開発は、急速に魅力を失って行った。どこも、ガラスカーテンウォールの高層ビルとなり、小金を持った女の子たちをブランドと甘いもので釣る巨大消費空間と、IT、金融成金企業のオフィスと化して行った。
そんな、巨大な消費装置を、そこで高額な買い物もできない中間階級がぞろぞろテーマパークに訪れるが如く集まってくる。それが、巨大開発の実体である。

この傾向はその後の、表参道ヒルズ、東京駅の新丸ビル、東京ビッグサイトへと拡大していく。そして、昨年末オープンした有楽町もマルイによって、確かに銀座の人の流れが変わった。銀座は以前の4丁目から8丁目から、有楽町から日本橋東京へと人が流れるようになった。
なぜ、人が流れるのか、それは、都市構造の魅力ではなく、ただ新しい享楽的消費空間が出来たからである。東京の開発とは、発展とは、そのようなものでしかない。

これまでの帰京の僕の大きな楽しみは、CD漁りと本屋巡りなのだが、これも段々東京である魅力が消滅してきた。確かに、巨大CD屋や本屋は東京に集中しているが、程よい大きさの魅力的なCD屋(バーゲンや面白いCDを仕入れている)が縮小し、以前は文化の匂いのしていた本屋がなんだか雑然としてきたきた。特に本屋は、経費節減なのか、人員整理を図っているようだった。
銀座から前衛的な画廊が消えて久しい。面白い個性的な画廊が消えて、当たり前の売り絵画廊だけが生き残った。

東京はそんな街になってしまった。東京が、段々魅力を失っていく。ただ、そういう東京だからこそ、これからも崩壊するまで拡大し続けるのかも知れない。
今年も、そんな、都市と田舎を田舎人として描いていこう。そして、僕と言う人間を。
今年はやめようと思っていたのだが、僕の考えるブログのついでに入れておきましょう。
丸山暁〈57歳・人間・田舎人〉
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