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人類絶滅と懲りない日本人
moon2.blog.jpg

昨夜遅くなって、やっと中秋の名月が顔をだしてくれた。月に人が降り立とうが、日本のつき観測衛星の「かぐや」が月の表面を覗こうが、月は月、いつまでも輝いていて欲しいものだ。目を凝らして見ていただくと、右下に山の端が見えるはずです。

スペースシャトルだったか宇宙ステーションでの実験だったか、記憶していないが、宇宙空間では猛毒のサルモネラ菌の毒性を増すという報告があった。地球上で生まれた生物の遺伝子は宇宙空間では突然変異することが証明されたようだ。
そうであれば、いわゆるSF映画に出てくるようなミュータント(宇宙人)は、ひょっとしたら、宇宙に放出された人類が、何千年も変異して変異したなれの果てかもしれない。

人類がいつ生まれたのかということは、おおよそアフリカの大地溝帯で200万年前に生まれたとされているが、実はもっと前の400?500万年前という説も出てきた。いわゆる、我々現世人類に通じるホモサピエンスが生まれたのはアフリカの小集団での突然変異から生まれたイブただ1人からだという。
それら人類の歴史を、科学的な真実だと思いたいが、実は、それとて、現代と言う時代に発見された化石によって証明されてきているのであり、本当のところは人類はいつ生まれたのかは今だ誰にも分からない、というのが真実である。

45億年の地球の歴史の中で、人類の話が出てくるのはせいぜい数百万年であり、今、我々が生きている文明が人類史的に最も新しいと思われているが、実はこの人類進化とて、現在地上(せいぜい地下数m、多くて数十m?百m)でかろうじて発見される遺物によって解き明かされているものだけである。
しかも、人類の歴史は、アウストラロピテクス猿人からエレジュトス原人ネアンデルタール人、そして我々のホモサピエンスとリニアーに遺伝子がつながっていないと言う。要は生物的には、夫々が絶滅しながら進化しているという。

例えば、日本人は縄文人がいてその後弥生人が縄文人を駆逐しながら混血して現代の日本人が出来たようだが、人類は、それぞれの猿、類人猿、猿人、原人、現世人、現代人とそれぞれの種は隔絶しながら(以前の種は絶滅しながら)進化してきたと言う。
さてさて、話が飛んでしまったが、ここで言いたいのは人類進化の話ではないし、僕の人類進化の解釈は間違っているかもしれないので、本題に戻ろう。

僕が言いたいのは、今の人類の、今、科学が解明した高々数百万年の人類史では解き明かされない別の人類の歴史があるかもしれないと言うことです。これまで、我々が掘り起こした地層からは見つけ出せない、ひょっとしたら、今と異なる人類の別の数千年の歴史が、地球の何処かに埋まっているかもしれない。要は、人類はこれまでに何度の何度も、進化と絶滅を繰り返してきたのかもしれない。

そう考えれば、インカ帝国の物語にある光を発し空飛ぶ舟や、インドのマハーバーラタにある空飛ぶ馬車も日本の異形の遮光土器の説明のつく。人類は幾度も繁栄と絶滅を繰り返してきたのかもしれない。
宇宙人は、数億年前に彼等高度な先史文明が亡ぶ時、地球から脱出した人類の末裔かもしれない。

早晩、あと数十年、長くても百年程度で人類は一回(先の論で言えば何回か)絶滅に近い状況を経験するだろう。それが温暖化ならジワジワと、核戦争なら一気に。確率的には温暖化99%、核戦争50%というとこか。国連でも、市場経済の拡大による温暖化も世界各国の核保有も止められない。

今、最もこの日本で絶滅して欲しかったのが、自民党政治だったのだが、なんだか、福田内閣の支持率は56%だとか。この国は、この国の政治に問題があったのではなく、やっぱりこの国の国民に問題があったようだ。
この国の政治にどんな不正があろうが、情けない政治体制であろうが、政治と金が渦巻こうが(何らかの資金管理改革派あるだろうが、歴史的に政治が奇麗になるはずがない)、どんなに管理化強化の不安社会になろうと、この国の国民は、なあなあで、何とかちょっとでも景気が回復して、ちょっとでも贅沢をして暮らしていければ良いようだ。
丸山暁〈56歳・人間・田舎人〉
僕の考えるブログも同じです。
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