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「炭焼きと原発」?僕の考える
charcoalhouse.blog.jpg

木立の中に佇む炭焼き小屋。今年の冬は、炭を焼くものがもういないかもしれない。この炭焼き小屋は、3年前に町の補助金を受け、集落の事業として作ったもので、去年までは隣の富吉さんが焼いていたのだが、今年はどうなることか。炭焼きは一日がかりの大変な重労働であり他にやるものもいない。「あんたがやれ」と言われても、そうそうできるものではない。

近年農山村の重要性は以前よりは認識され、自然環境、農山村の風土を守ろうと、様々な動きが出てきたようにも思える。僕も、ここに来て14年、それなりに町や僕の暮らす集落で、考え、提案もし、具体的な活動も繰り返してきたが、そう簡単に大きな改善につながるものではない。
都市との交流で、地域を活性化というものの、それは特異な個人、地区のことであり、農村部そのものが、交流空間になれるはずも無く、なるべきでもない。
ただ、農村地帯、過疎地でどんな生き方をしようと現金を得なければ暮らしていけないことは確かである。あるところから持ってくるとしたら、やっぱり、都市に何かを売るか、お金を落としてもらうしかない。

最近、全国の大学で、特に国立大学は独立行政法人化で社会に出て行ってお金を稼がなくてはならなくなり(もしくは社会的評価をうけなくてはならなくなり)、大学の研究室あたりが、農村や地域に出て行って、学生の目で地域を見て、地域の人たちと一緒になって地域のあり方を考えることが多くなってきた。これは大変けっこうなことである。
地域のことは案外地域の人には分析できないことも多い。それは、僕自身ここに移り住んでみて良く分かる。

そういう活動で出てくる結果は「地域の資源を見直し、伝統を大事にして、風土にあった新しいものを生み出し、それを都会との交流(商売であれ観光であれ)に繋げる」あたりである。
そんなことは、別に大学の学生さんたちが考えなくても重々分かっているのだが、現実にその地で寝て起きて暮らすものが急激に減ってきているのである。出来れば、そういう学生さんたちの数人は、そこに骨をうずめる覚悟でやってくれれば、大学の社会活動も本物なのだが。大学が、コンサルタントの肩代わりをするようになり(大学は学生をただで使えるから効率がいい)、それを仕事にしてきたものには、ちょっとね、というところだが。

後で、これらの話題とも繋がりますが、話は大きく変わって、今、僕が最も気がかりなことは、原発問題である。柏崎刈羽原発の地震事故のことはもう述べまい。しかし、震度6強の揺れでアレだけの被害が起きたことと、日本という国は、全国何処でも地震が起こりうると言うことだけは確認しておこう。

今、原発の総点検(地下の断層や地盤強度、耐震性など)に入ったというが、現実に耐震補強や補強計画を始めたのは40%程度だと言う。以前にも書いたが、耐震補強といっても、外部構造や周辺施設の耐震補強はどうにかできるだろうが、原子炉建屋本体の耐震補強はどうやってやるのだろうか。数十メートルの杭の上に数mのコンクリートのスラブを打ち、数mの壁で覆った原子炉本体を、撤去して、杭を補強して基礎を厚くしてスラブを補強して、その上で原子炉容器を据えなおすなど、誰が考えても不可能なのです。今ある原発を完全に補強するには、新しい原発を作った方が安上がりのはずです。

だから、先に書いた原発の補強は本来なら計画すら立てられないのです。それを「数百億円、一千億円かけて補強しました。もう安全です」という原発があったとしたら、それこそ心配をまたまた先送りした原発なのです。

これから、多くの原発で地下の断層の再調査を行うという。今は20キロだったか30キロだったか活断層が離れていれば良いことになっているが、だいたい、活断層なんてもの自体が信用置けないことは、ちょっと地質や地震学をかじったものなら分かりきったことなのです。
活断層は、ただ、過去に地震が起こって出来た断層で、有史以来動いた形跡が残り、その後も動く気配、動いた記録(地質的に)があるものをいうのです。
地殻の歪(プレートの歪)は活断層に沿って放出されやすい(これが地震のエネルギー)だけで、地殻の歪は活断層以外、特に数千年前の断層でも、また、まだ動いたことのない地殻でも起こりうるのです。また、既にあるグズグズの断層よりまだ動いていないフレッシュな地殻破壊の方が破壊力、すなわち地震エネルギーは大きいのです。今の、地震探査では、そのような地震の発生の場所は見つからないのです。
皮肉なことに、見つけやすい断層だけが見つかり、本当に怖い断層(阪神淡路地震のような)は見つからないのです。

しつこいけど、日本の原発の問題は、そこにあるのです。地震とは、いつ何処で、どのくらいの規模のものが起こるか分からないのが本当の答えなのです。勿論、地震予知を否定したり、地価探査をむなしいと言うものではない。

要は、こころ静かに素直に言えば、今この国に突きつけられている難問は、いつか、日本のどこかで原爆投下と同じような結果を招く原発を容認し、未来の悲劇を隠しながら、怯えながら、ちゃらんぽらんにして、発展繁栄を享受するか、それとも、生活のあり方「例えば農村の炭焼きを国策にして」エネルギー政策を大転換するか、どちらかの選択を迫られているのです。
原発を辞めたら、インド、中国にも追い越される。確かに経済発展の面ではそうでしょう。しかし、資本家は、資本は既に日本から海外にどんどん出て行っているのであり、そのことは又別の視点で考えるべきことでしょう。

とにかく、この国の原発は、いつか落ちてくるか分からない核弾頭、多分北朝鮮のテポドンやノドンよりも現実味があると、僕は考えてます。
MD計画のパトリオットミサイルを代々木公園で発射する訓練をするという。馬鹿な話である。「北朝鮮がミサイルを発射しました。今からパトリオットミサイルを代々木公園まで移動します」と、都内の道路を、あの表参道の渋滞道路をごろごろ引っ張っていて、東京防衛が成り立つのか。全く茶番である。
それより、エネルギー政策、日本の国土資源保全にもっと、お金をかけなさい。それしかこの国の未来は無いのです。
丸山暁〈56歳・人間〉
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