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原発再考
ikebukuro.blog.jpg

今日は特別な写真もないので、一昨日の暑かった池袋の風景を載せておきます。とにかく暑かったこと。そんな暑い中何故池袋まで出かけたかというと(行った場所は練馬)、池袋のタワーレコードでは、10枚入り1,780円(ついこの間までは1,450円だったのに、人気が出てきたので値が上がってしまった。この間など、丸の内のブックセンターでも山積になっていた)のJazzCDと4枚入り990円(これまたこないだまでは1,450円が、人気がないせいか値下がりしていたが、まあまあのディスコグラフィーもあり(たまに間違っているが)歴史的な録音)を買いに行ったのである。今の僕の東京の必要性は、安くて面白いJazzのCDを探すことぐらいか、以前はかならず本屋巡りをしていたのだが、最近盛岡にも、ジュンク堂ができて、これがなかなかの本屋サンなのです、本屋も地元で片付くようになってきた。僕の本『西欧「偶景」今昔話』も置いてくれているし。

さて、参院選挙は久々に面白かったですね。清き1票がここまで、政治家をあたふたさせるとは。以前、吉本隆明とボードリアールの対談で、吉本が「日本の政治は民主主義のいい状態にある、政治家は選挙が気になって仕方ないから民意が反映されやすい(だいたいそんなこと)」と言っていたが、まさに、今度の選挙がそれである。自民党ボロ負けでも安部さん続投でビックリしたが、その代わり「被爆者救済の被爆者認定を緩和の方向」や、こないだ決めたばかりの「政治資金規正法の領収書を1円以上」などと突然言い出して、まあ、分かりやすい連中だこと。日本の選挙は衆議院4年や参議院6年ごとではなく、毎年やったら、ひょっとして民意が反映したいい国になるかもしれない。
ただ、長い間の民意が、今の自民党を作ってきたのであり、それも愚集政治となるかもしれませんね。その国の政治の責任は国民の総意にあり。

さて、先のblogでは、関西空港と原発のことを書きますと予告しておきましたが、一昨日の新聞に恐ろしい記事が出ていた「中越沖地震「貴重な実験」座長の教授が実験」(原発の安全管理の座長の宮健三法大大学院客員教授が、中越地震で被災した柏崎刈羽原発の事故を「貴重な実験だった」と発言して、辞任したという。
この発言は、技術者(科学者or御用学者)としては本音だろうが、原子力政策を考える中枢にいる人間としては、言ってはならないことだろう。以前から書いているように、原子力施設は単なる、建設事業の延長線上の施設ではないのである。一端事故が起これば、多くの死者、被爆者を出し、周辺数十キロの土地では人間が暮らせなくなるのである。

確かに、科学技術や建設技術は、安全を図りながらも常に危険や事故を伴ってきた。石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」でも、ダム現場での悲惨な事故がテーマにもなっていた。大きなダムやトンネルが完成するには多くの人命が失われてきた。
僕が土木系の学生の頃はトンネル屋は「2?3人現場で人を殺さなければ一人前の技術者にはなれない」という風潮にあった。

これは、一般的にはあってはならない傲慢で、不遜な考え方と批判もあろうが、現実問題として、建設技術、特に大規模な未知の世界に挑戦する建設技術は、何が起こるか分からないのも事実なのです。どんなに、周到に調査をして計画しても、予測不能なことが起きるものなのです。
地球の表面は、数m程度ならわかっているが、数十メートルの深さになると、どういう状況か正確には分からないのです。全ての大規模建設物(原発とて特別ではない)そういう状況にあるのです。実は、難しそうな宇宙の方が数万キロまで良く分かっているのです。もう宇宙の果てまで研究対象になっています。

先の座長宮健三法政大客員教授(きっと東大か京大を退官して数年経っているだろうから)は当たり前の古いタイプの研究者なのではないだろうか。多分、原発であっても、同じような感覚で「大きな建設事業は実践における失敗(実験)」を繰り返しながら完成する」ということを言ってしまったのだろう。

安全に見える多くの大規模建設構造物は、完成された技術の裏づけの上に成り立っているわけではない。研究者の日夜続く努力と技術者の身を呈した仕事によって支えられているが、それを、判断する視点は、多分に経済的、政治的なものなのである。

数日前に関西新空港の第2滑走路が完成したが、1.5兆円の赤字であると出ていた。そんなに赤字なのに何故、2本目をとお思いだろうが、本来この規模の空港は2本に滑走路が必要なのだが、当所2本で2兆円の建設費が、1本目で2兆円近く掛かってしまい、1本でオープンしたが、地盤沈下が予想どうり進んでいるのだろう。
関西空港は、改定20メートルのヘドロ層20?30メートルを埋め立てて作っているので、そろそろ地盤沈下が進んで、滑走路の改修が必要になってきたのだろう。これは、羽田空港も同じことで、両空港とも沈下分を嵩上げしたりジャックアップしたり破壊との戦いなかでやっと運用しているのである。これも技術である。関西空港は浮体構造(大きな船)で作る案もあったが、今にすれば、その方が良かったのかもしれない。ただその時も、ゼネコンの力が強く、実績主義強かった。

今日言いたかったことは、建設技術、特に多くの巨大技術はほとんどのものが完成されているとは言い難く、破損したり事故が起こったら、修理して、技術を駆使して運用している。それが技術というものである。
しかし果たして、原子力発電所もそれでいいのか。建設技術は、原発とは、そのようなものなのでと言うことを、国民、市民の目でもう一度考え直して、本当に必要なら、消費地の近傍東京湾の海上に浮かべ、低レベル放射能廃棄物は皇居のお堀に沈めればいい(勿論それなりの対処をして)。
昨日は広島原爆の日であった。僕の少年期の広島体験を思い出す。このことは『西欧「偶景」今昔話』にも書いておいた。
丸山暁〈56歳・人間〉
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