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「原発の建設業的不安とIAEA査察」?僕の考える
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この写真は、チュルノブイリで被爆した少女の写真である。少女は美しい女性に育っているだろうか、それとも甲状腺がんや白血病で苦しんでいるのか。何も無く元気に育ち母となり元気な子どもを産んで・・、たぶん、その確立は少ないだろうが、この少女の姿が、世界の、日本の子供たちの未来の姿にならないために。
このブログは、だいたい、あるテーマを決めて書き始めるのだが、書いているうちにblog(日記的)になり、あれこれ話が飛んで、論点がずれたり拡散してしまうので、今日はさっそく本題に入りましょう。

前回のブログでは、『大日本モラトリアムモ列島”Great Japan Moratorium Islands”』で、地震列島における原発の危険性を語り、建設業(国の建設事業)が有する慣習的、慢性的怠慢、危険性を述べようとして、おしまいになった。よって、今日は、この国を動かしてきた(現体制が続く限り、多分これからも動かすであろう)建設業を取り巻く負の体質を経験的に述べることとする。
また、今回は柏崎刈羽原発の地震による事故から始まった話で、建設業は原発本体からすれば付随施設ともいえるが、主体設備(原子炉や発電施設)を維持するための建築・土木施設は、原発設備と同等それ以上の重要度を持つ。
ここでは、原発建設に関して、付随的建設物を事例に話を進めるが、原発本体を作る重工業(三菱や東芝など)も同じような体質にあると推測してかまわないだろう。

ここでお話するのは、僕がスーパーゼネコンにいた20代?30代時の経験からの話である。当事、日本は正に”Japann as NO1”の時代、僕も若手技術者として、日本の将来を左右するナショナルプロジェクト(関西新国際空港、東京湾横断道路や未来都市、エネルギー構想など)に係わることを誇りにしていた時期でもある。しかし、同時に、その裏にある、技術的革新とずれたところにある、政治的業界的負の部分に疑問も感じていた。

一般論として国家プロジェクト(多くは数千億円、1兆2兆円の土木建築事業が伴う)の成り立ちの骨格をお話しよう。
まず、何かのプロジェクトを発意するのは多くは国(政治家)を動かす巨大企業だろう。勿論ものによれば官僚ということもあろうが、いわゆる、そうゆう一団と考えていただきたい。そして、国(国というのは管轄省庁)がそのプロジェクトを進めるための「○○建設検討委員会」を立ち上げる。そこにでは官僚(係長クラス)が顧問と言う形で参加し、民間主導の体裁を取る。そしてこの国を動かす巨大企業(金融、ゼネコン、重工、ものによっては重化学など)が委員として並び、御用学者(多くは東大系)がオブザーバーとして顔をそろえる。

委員会では、政策的データ?や世界の趨勢など一般的な情勢論は官僚が用意するが、技術的資料や実験的データ?は民間企業が用意する。そして、その会議資料を元にプロジェクトの可否を議論するのだが、多くの場合、既に方向性は見えている。なぜなら、調査したり実験したり解析するものは、そのプロジェクトを進めて利益をあげたい民間企業だからである。
日本の巨大企業の研究施設は、下手な国の施設や大学の研究機関より数段レベルが上のものが多い。それに、実践的、経験的データ?や具体的実験に関しては、ゼネコンや重工業の研究施設を超えるものは少ないだろう。勿論、ニュートリノ発見の小柴さんのカミオカンデやスパーコンピュータの地球シミュレーターなど最先端の巨額な施設は国にかなわないものもあろうが、実践的建設施設に関しては鹿島や大成、竹中などの研究所のレベルは高い。

すると、そこにだされる検討結果、実験データ?は、間違いなく、プロジェクト推進の方向を向いたデ?ターになってくる。日本にも、本来中間的な立場でプロジェクトを評価すべき、いわゆるコンサルタントと言う業界もあるが、多くのメジャーなコンサルタントは、ほとんど大企業の関連企業で下請け的体質を持っている。

では、技術者は、自分の会社が儲かるようにと、嘘のデータ?を作っているかというと、そうでもない。最近そういう会社も多いが、それは犯罪であり問題外である。
データーと言うものは、特に工学や自然科学的データ?は、データ?として出てきた数字そのものには意味が無いのである。その数字をどう解釈して読み解くかでデータ?に意味が生まれる。
やはり、民間企業の技術者は、会社の方針、仕事が生まれるようにデータ?を読み解く傾向がある。
そして、ここが問題なのだが、そのプロジェクトを進めるかどうかを判断する初期段階でのデータ?と言うものはまだ、初期的データ?であり抽象的なものも多く、どっちとも取れそうなデータ?が多いのである。
大学の先生は、データ?に対する解釈や注文はつけるが、概ね「善処してください」程度しか言わない。なぜなら、プロジェクト反対派、懐疑派の多くは地方大学の地道な研究者で、そういう委員会には参加させてもらえない。

推進が決まってからの技術者は、それこそ技術者生命、夢をかけていいもの、安全な物を作ろうとするが、どんなに後から技術的に真摯に対応しようと、プロジェクトの始まりのところで、ゴマカシがあれば、そのプロジェクトは根本的問題がモラトリアムのまま進められることになる。原発だけが、日本のナショナルプロジェクト、建設事業のそういう体質をから、逃れられるはずは無い。
しかし事が起こった時、原発と他の施設とでは根本的に違う。それは原発が放射能を排出する「核施設」であると言うことである。

簡単な例だが、バブル期日本全国リゾート開発に燃えた。それを推し進めた開発業者、コンサルタント、ゼネコンなどのデータ?は、景気増加に輪をかけて需要予測を上乗せしていた。要は、その施設を建設して利益が出るまで、データ?を上方修正(修正と改ざんのちがいとは?)したのである。まあ、みんな、浮かれていた。僕もある港町の農水省が補助金を出すリゾート開発で、データーをヒョイと上方修正したことがある。
今、そういう施設がバタバタと倒れた。ただ、こういう施設は、使えなくなったり、負債が増えるだけだが、原発建設にあたってのデーターの甘い読み、修正は、こうはいかない。
こんど政府は、IAEAの査察を受け入れると言う。このことは、日本の原子力政策にとっては大きな恥であるが、全てを明らかにして欲しい。
丸山暁〈56歳・人間〉
僕の考えるブログもよろしく。

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