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全てに対話"comunication"無き社会
kamomail.blog.jpg

この場は我が家のハーブガーデンの中でも、僕が好きな一角です。ちょっと右下に見えるだけだが、玉石を並べた小道の両サイドに、レモンタイムの並木(身の丈20センチのタイムを並木とは言いがたいが、とっさの言葉で、最近うろうろしているトカゲになったつもりで御容赦ください)があり、その外側にジャーマンカモミールの茂みがある。その向こうには、ブラックべリーの垣根があるのだが、根元しか写っていない。今は白い花が咲き、美しいカモミールの茂みだが、ブラックベリーが真っ黒に実った時(真っ黒に実るのは面白いですが本当に真っ黒に熟すのです)にには、情け容赦なくカモミールを踏み倒して、せっせとブラックベリーを採取する次第。そのブラックべリーは、果実酒になったり、多くはおいしいジャムになる。

僕たちは小さなハーブガーデンでも、様々なハーブたち花や野菜たちの、様子を見ながら、語りかけながら、彼等の声を聞きながら共に暮らしている。妻などは「あたしをそろそろ食べて」という、野菜たちの声が聞こえてくるという。確かに、豆やキュウリのように、葉に隠れて見えにくい野菜たちは、僕が収穫するより、彼女の収穫の方が数段多い。きっと、彼等は僕には「ここにいるよ」と語りかけてこないのかもしれない。それは、僕が彼等にあまり語りかけていないことの証なのだろう。反省。
共に暮らすということは、こっちの一方的判断、欲求で、彼等を採取したり、踏みつけたり、引っこ抜いたりしているわけではない。季節ごとの彼等の育ちぐあい、ハーブや花や野菜たちのめぐり合わせ、関係性を見ながら、要は対話”communication”、をしながら、共に暮らしているのである。多分、そのことが、かなりの労働を要する庭、畑造りだが、そこからえられる収穫と共に、その彼等との対話が面白いから、このような暮らしを続けていけるのだろう。

さて、以前死者をだした、たったまま乗るジェットコースター「風神雷神」の破損事故から、多くのジェットコースターの点検不備、点検不良が発覚し大きな問題になった。国交省も、その後、点検の制度化を図って、安全を確保しようとしているが、昨日の新聞に「コースター事故の余波・・閉園、点検費350万円工面できず(秋田大森山遊園地)」朝日7月9日、とあった。この遊園地と同様に、全国で10?20箇所の遊園地が、点検費用を捻出できず、閉園を検討しているという。

政治の腐敗、年金問題、参院選挙で、早晩「風神雷神」の事故も忘れられていくのだろうが、先の「メンテナンス費用350万円が捻出できず閉鎖される地方の遊園地」この現実が、この国の現在を象徴している。

大都市圏の大資本によるレジャー施設(ディズニーランドに代表される)は日本中、海外からも人を集め、ますます華美、高度になっていく。その反面、地方にやっとできた地元に愛されている遊園地が、350万円(人件費1人分)というメンテナンス費用が捻出できず閉鎖されていく。元々、バブル期、どこもかしこもリゾート、レジャーと採算と取れないだろう遊園地を作ったことへの批判は、ここでは言及しない。
ここで言いたいことは、都市、大資本と地方、弱小資本という対比の問題もあるが、そもそも、遊園地を作って、ジェットコースターのような、高度に機械的で人命に係わるような遊具を設置した時に、安全操業のために、保守点検の制度、仕組み、費用の手当てをしてこなかったことである。

多分最初の遊園地計画、運営計画辺りでは、機会の点検保守費用なども計上されていたのだろうが、予定以上に収益が得られない時に削られてきたのが、人件費の前に、機械のメンテナンス費用ではなかったか。人件費を削れば、当然相手は人間だから、不平不満をいう。しかし、機械は、磨り減っても、ひびが入っても、キーキー軋むことはあっても、自らメンテナンスを要求することは無い。彼等は、最後まで黙って働き続け、最後には力尽きて破壊する。その時人間を道ずれにする場合がある。

この原因の背景には、効率化や収益優先という、現代社会の病理(儲けが全てに優先するという社会状況は、現代の病理と考える)もあるが、自分が係わっているものたちへの眼差し、問いかけ、すなわち対話”communication”が欠如してきたからではないだろうか。
仕事というものは、基本的には決められたことをマニュアルどうり(マニュアルというのは決められたことという意味で、ここでは本来必要とされる仕組みをいうのではない)すればいいのだが、実は、そこには、仕事、相対しているものへの、心の入った眼差しがあってこそ、仕事として成り立つのである。果たして、遊園地の経営者、ジェットコースターの保守点検者にそのような眼差しが合ったのだろうか。それが一番の問題である。

このことは、実は、ジェットコースターの点検だけでなく、社会保険庁の年金問題にもいえることで、国民一人一人の大事なお金を預かる姿勢として、間違いのないように、被保険者が不利にならないように、少しでもそのような姿勢があったなら、ここまで問題が大きくなる前に食い止められたのではないか。
市場開放、民営化、これ全てが悪ではないが、国鉄時代(今もやっているのだろうが、どうも蒸気機関車の風景が絵になるので)、夜の停車場で、かなずち一本もって「カンカン、キンキン」と車輪や車軸を叩いて、列車の安全を確認している姿、そこには機械とそれを愛しながら対話している人間の姿があった。

人間が人間同士、機械、自然・・・・との対話能力を取り戻せば、この世はもっと暮らしよくなるのだろうが。人間も、機械も、どんどん機械化し、孤立化してきた。
国会や政治討論番組でも、対話能力を学んで欲しいのだが、この国の政治家はチーチーパーパー幼稚園並である、そういう場の司会者、議長という人間がもっと無能と来ているから、この国には永遠に民主主義は育たないだろう。
「父上、父上は人間以外の森羅万象の声を聞くことが出来ますか」「あたりまえではないか、出来た人間とは草木の声、風の声、たとえ石の声でも聞くことが出来るものだ」「そうですか父上、私には、そこの茶店の団子が私の腹に入りたいといっていますが、私はどうすればいいのでしょう」「それはな、お前に邪心があるから団子につけいれられただけだ」・・なんじゃこりゃ。
丸山暁〈56歳・人間〉
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