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「雨にも負けず凛と咲くカンパネラ」?僕の考える
20070623100958.jpg

灼熱の中、ついこの間まで待ち望んでいた雨だが、少々強い雨が降ると、せっかく花開いた花たちが、くたって来る。その中で、カンパネラが美しくりりしく花開いていた。春、芽吹いた小さな芽が育ち、雨風を受けて、大きく育ち、しばらくは、僕たちを楽しましてくれるだろう。

「美しい」この言葉は、簡単な言葉だがいろいろな意味を持っている。見た目の美しさも、世代や文化により、美しさの基準が異なり、「美しさ」とは見えるものだけではなく、心の問題にまで、係わってくる。

さて、世界の美の祭典ミスユニバースで日本代表の森理世譲が世界一に輝いたことに「僕の美の視点ではどうも解せぬ」旨の記事を以前書いたが、06年2位の地花くらら、04年日本代表の町本絵里、03年世界5位の宮崎京、あたりを振り返っても、どうも、日本代表のミスユニバースでの美の基準が、僕の考える美の基準とかなりずれている。彼等に共通しているのは、扁平なアッカンベータヌキなのである。ミスユニバースの評価基準は、「健康的な美しさ」[知性]「強さ」「コミュニケーション」能力だそうだが、彼女たちが果たしてそうなのだろうか。
まあ、ただのボーットした白痴的美人や色気美人ではないことは確かだが、どこか「これが日本人の美人です」と誰かに作られた美人のようで解せなかった。

その答えが朝日新聞に出ていた。ミスユニバース日本代表は、80年代不況でスポンサーがつかなかったり、女性解放運動の矢面に立って、日本からの参加者が激減した時に、ミスユニバースの本部からスーパーモデルの代理人をやっていたフランス女性のイネス・リグロンを指導者に送り込んできて、徹底的に候補者を指導するようになったそうだ。結局、最近のミスユニバース日本代表の美の基準は、欧米から見た見本人の美であったのだ。これが、扁平顔アッカンベ?狸に繋がっていたのです。ミスユニバースも欧米か。

以前から、不思議に思っていたことだが、アメリカのトップスター的Jazzマンにはけっこう日本人を奥さんをする連中がいて、御存知Art BlakeyやElvin Jones の奥サンたちが、あまり美人とは思えない扁平アッカンベー狸顔なのである。ここでは、あくまでも人間の品性や人間性を語っているのではなく、ミスユニバースから始まった顔の造作についての議論なので、不快に思われる方は御容赦ください。
そこに共通する、すなわち欧米人が見た日本女性の美の基準というのには、最近のミスユニバースに見られるような一つのパターンがあるということではないだろうか。そういえばTVに良く出てくるアメリカ人のコメンテーターの上さんもそれに通じる顔だったように記憶している。

その上、ミスユニバース日本代表に選ばれたら、歩き方、姿勢、話し方、メーク、体型、健康調整は当然、知識、教養まで詰め込まれるそうである。これじゃ、狸も美人に返信するはずだ。そうそう、TVの和田アキコが司会をしている「美のコロシアム」だったか、3点のブスをよってたかって8点ぐらいの美人に仕上げる番組もあった。まあ、単なる美人を作るのは、けっこう簡単なものなのでしょう。
このことは、皆が「美しい」と言っているものの本質が何なのかを見抜くのは、けっこう難しいということです。作られた美が如何に多いことか。ただし、ここでは、ミスユニバースに優勝した森理世譲を、僕の美の基準によって揶揄するものでは在りません。彼女個人の夢、努力に対しては、敬意を表します。

ただ、僕が世界の美人コンテストをやるなら、冒頭の写真にあるような、風雨に曝されても、凛と咲く一輪の花から選びたいものである。それなら、お金の無い国や、あらゆる階層から代表をおくることが出来、その国の生の姿が見えてくるのではないだろうか。ただし、僕は基本的に、ミスコンには反対ですが。ミスコンなんて学園祭あたりでキャッキャッやってればいいでしょう。オリンピックだって、今のような、経済力のある国が金をかけて鍛え上げた人間たちに国の威信をかけて競わせるようなものは、止めるべきだと思っている。

少々、かなり、飛躍するが「冷凍食品に偽ミンチ」、北海道の加ト吉系のミートホープのまたまた牛肉偽装も、表袋には「牛ひき肉100%」とかいてあっても、中身はとんでもないものだったようである。まあ、うわべだけでは解からない、というところ。

女性も商品も、その本質に、色をつけ形を変えて品を作り、元々なんなのか解からなくなったものを「はい、奇麗でしょう」と並べられても、どうもそこには胡散臭いものがある。
人間もお肉も、虚飾をすてて「あたしゃ、こんなものですよ」とあけすけなのがいいのだが。
このあたり、人間の虚飾にも「丸山の文明*人間性=一定の法則」が当てはまるかもしれない。本来の姿以上に虚飾を重ねると、人間性が付いていけず、虚飾過剰人間になってしまう。うん、なんだかいけそうである。今度やってみよう。

「ただいま、おまえさん」「あれ、どなたさんで、こんな奇麗な方は存じませんが」「なにいってんだよ、髪結い行って、ちょっと紅をさしただけだよ」「惚れ直したぜ、おっかあ」「そうかい、一本つけようね」まあ、人間は、この程度のおしゃれがちょうどいいのでは。
丸山 暁〈人間・56歳〉
「僕の考えるブログ〈田舎人通信〉」もよろしく。
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この記事に対するコメント

誤字が多く、読みにくかったです。
【2007/06/23 11:32】 URL | #- [ 編集]


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