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「大日本経済帝国の時代」?僕の考える番外編
20070523204438.jpg

「龍の谷」で考える、この国の行く末は決まった、国民を食っても突き進む経済帝国である。この谷は、僕の山菜採りのフィールドである。ここは山菜の宝庫なのに、なぜか、地元の人は入らない。「龍の谷」には、何かが隠されている。それを知らないで、嬉々として山菜取りに励む僕には、いつか龍のたたりでもあるのだろうか。自然の中、村には、そのような不思議な空間がある。
さて、財務省が競争原理を導入した場合の国立大学交付金の試算をしたところ、東大、京大など旧帝大系で補助金が増え、85%の多くの地方大学では、補助金が減額するという。50の大学では半分以下になるとか。
数年前の突出した30大学を支援強化するとかの遠山プラン、大学の採算重視の独立行政法人化、づっと以前だが大学の序列を固定化した共通一次の導入など、大学改革、大学のレベルアップ、世界での競争力をつける(確かに日本の大学は経済大国としては貧弱である)といいながら、ここでも大学地域格差が拡大し続けている。学びの場でも何がなんでも競争社会である。

日本政府は大学に世界的な競争力をつけるのだと、すぐに役立ち、金になる研究には多額の金をつけ、成果の遅いものにはケチり、特に国家政策に批判的な研究にはびた一文金を出さないという方向が露骨に見えてきた。その結果が、先の旧帝大偏重地方大学切り捨てである。僕の母校も2流国立大だから、きっと切り捨てられる側だろう。まあ、そんな個人的ひがみではなく、こんなことをやっていたら、この国は益々中央重視地方切捨てが拡大し、地方の時代、格差是正といいながら、全く政策は逆行することになる。
特に、今の安部内閣は「教育改革、国民に平等で高度な教育」をと言いながら、国家政策の実体は従順な優秀な中枢機械と多くの交換可能な歯車やネジを育てようとしているのである。並の東大出は器用で創造力が弱いから、ちょっと競争機械に乗っけてやると良く先へ先へと働くのである。

もちろん従順な優秀な中枢機械とは東大、京大あたり(最近私大の早稲田慶応も昔は個性があったが最近ただのおりこうさんで面白くないね)などで、交換可能な歯車、ネジとは2、3流大学出であるが。付け加えれば、有名私大はマスメディアの享楽生産機械その他は都市労働(今の多くの労働者はホワイトカラーですが)消費機械と化していく。

こういう国家政策が出るのは、やっぱり東大、京大、せいぜい彼らに追従しようとする阪大、東北、早稲田、慶応・・・などのエリートと自他共に錯覚している連中が、霞ヶ関で保身に走りつつ、世界情勢に遅れまい、アメリカに嫌われまいと必死で考えた結果なのである。あたりまえに競争社会を生き抜いてきたあたりまえの頭ではあたりまえの市場経済競争原理とやら、だれでも考え付くお決まりの答えしか出てこない。
皆さんも、たまにTVを真剣に見てください。国家政策、現在の国際情勢(アメリカ主導の社会)に批判的なのは、地方大学の先生たちが多いことに気づくでしょう。東大の先生が国策に真剣に批判する姿など見たことない。特に、経済発展を批判する技術、自然科学系の先生は皆無である。体制批判の羹尚中さんは、既に個人的スターだからけっこう自由にやっているようだが、彼も国家体制批判までは踏み込まない。

もし、この国に、東大助手時代冷遇されて東大を出て行った宇井淳さんがいなかったら、この国の環境問題は半世紀遅れていたのではないか。宇井淳さんが日本の公害を告発していた時には苛め抜くか無視していたこの国の知(大学のお偉いさんや知識人たち)とやらはなんなのか。宇井淳さんの研究で明らかになって、少し環境先進国になったからといって、彼を一度も公式に評価もせづ、日本の環境技術は世界で売れるなどというこの国の政治経済屋サン、著名大学の先生たち、銭にならなければ、何もしないさせない、これがこの国の先端教育である。

僕は、今進みゆくこの国の高等教育、東大出による東大出のための教育(東大というのはあくまで象徴的意味で、財務官僚や文化官僚になられる京大や早稲田さんも同様ですが、やっぱり引っ張っているのは東大でしょう)とやらに弱者を利用する「大日本経済帝国」の姿を見るのです。

ここで言いたいのは、このままではこの国は、役に立つ(国家や経済的に)人間だけが育てられ、役に立たない、国家に従わない者たちは、虫けらのように扱われる時代が、もうそこまできています、という警鐘です。2流3流の僕たちが声を大にして叫ばなければ。
最後に断っておくが、東大出でも国家の中枢から外れた、エリート街道をさっさと降りた方々、これはなかなか面白い人間が多いことも付け加えておきます。
丸山 暁〈56歳・人間〉
〈僕の考えるブログ〉
〈田舎人通信〉
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