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市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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「三日坊主でも継続は力なり」?僕の考える
20070515104218.jpg

この写真はゴッホも描いた南仏アルルの跳ね橋である。僕もゴッホ気分で5枚スケッチした。ゴッホは正に死んでからの天才であり、彼の生前中に売れた絵は弟テオの画廊でたった1枚、23フランだった。彼の「ひまわり」など60億円で日本にやって来たが、ひまわりだけでなく彼の油なら全て数十億という値がついている。ああそれなのにそれなのに、ゴッホは貧しく狂気のうちに死んだ。

ゴッホを天才というが、本当のところ、ゴッホがゴッホでなかったら(要は、今ほど画商が値をつけなければ)、ゴッホの絵にどれだけの人が感動しただろうか。僕は、子供の頃から今でもゴッホの絵は下手な絵だと思っている。でも好きな絵でだが。
僕が本当にゴッホのすさまじさを感じたのは、ゴッホのアルルでの膨大なスケッチを見てからである。彼のスケッチは、いわゆるレオナルド・ダビンチのような繊細で緻密なスケッチでも対象に忠実ないわゆる写生のようなスケッチでもなく、荒々しい筆致での強い短い線を繰り返したスケッチだが、まるで、その絵の中から光やざわめきが聞こえてくるような力強さを持っている。あえてタブローとしてあそこまで強烈な色使いの油絵にしなくても、十分ゴッホの衝動、描きたいものが伝わってくるスケッチ群だった。関心のある方は、岩波文庫の『ゴッホの手紙』をお勧めする。けっこうスケッチを楽しめます。

ゴッホがゴッホになるためには、3年ばかしの狂気の中のアルルでの有名な油絵以前に、オランダでの葛藤(宣教師として大衆の苦悩を見つめる目、パリ画壇への嫉妬、反発、対象の本質を描き取ろうとした膨大なスケッチ群)があればこそである。その継続的な努力、苦悩なくして、ゴッホはゴッホたる天才にはなれなかった。
今回は本来の僕の担当日からすれば番外編なので、社会批評なんて言わないで気楽に行きます。

以前、イギリスを旅した時に『Bluff your way in Modern Art(「現代芸術における安易な道」とでも題しておこう)』という小さな本を見つけた。そこには、現代作家への道は「自分を信じて、同じ手法で数十年描き続けろ、そうすれば運や人がついてくる」とある。まあ、これは最低条件であって、そうして頑張った人が全て認められるということではないだろうが。
僕もまがりなりにも、標記のようなスケッチをブログに載せられるようになったが、これでも、数十年絵を描き続けている。もちろんプロの絵描きではないが、ここ30数年来小さなスケッチも含めれば10枚以下の年はなかったのではなかろうか。多い年は、百枚単位で描くこともある。小さなものだが2千枚近く描いた年もあった。

以前、銀座で展覧会をやっていた時、「上手ですね、私なんかこんなに美味く描けません」と評する観客が随分いたが、僕はその度彼(女)に言っていた「あたりまえでしょう、何もしないで誰にでも美味く描けたら絵描きなんてどうしたらいいのです。僕だって10年20年描き続けてやっとここまできたのです」。
そうなのです、僕が大人になって、24、5で絵を書き始めた頃は、とんでもなく下手くそだったのです。それでも、多少個性的ではあったようだが。そして、描くことが好きだったのでしょう。10年20年30年書き続けていると、美味いというより、段々味が出てくるものなのです。

僕が、銀座で最初に展覧会をしたのは、多分25、6歳の頃、仲間(会社や大学の友人と母)11人とのグループ展「一展」だった。それが、一人減り二人減りで10回目には4人(母と友人2人と僕)が残った。今は亡き母は、芸大に行きたかったけど戦争中で行けず、それでも20代から60半ば死ぬまで絵を描きピアノを弾いていた。また友人の女性は、今ドイツで暮らし、けっこうヨーロッパを巡る現代美術作家になっている。僕は今、北上高地の早池峰山の麓の小さな集落で、このように暮らしている。

さてそろそろ、最終章に入ろう。今回言いたかったことは、やっぱり人間やり続ければ何かが身に付く、やり続けなければ、身に付かないということである。スピード時代、一瞬にして情報が世界を駆け巡り、巨万の富を手に入れる人間も現れる世の中だが、人間という身体に宿るsomething(何か)、能力や資質や才能や技量や知恵やetc.は、やり続けることで、やっと、身に付き、他者にも理解されるものである。

少々話し変わって、現実の社会問題だが、僕は彼を信用していないのだが「押し付け憲法を改正し戦後レジームからの脱却を図り、新しい日本を作るのだ」といい続ける安倍総理の主張を国民は受け入れ始めているのではないだろうか。これも、持続力である。
護憲派の共産党、社民党、護憲を叫ぶ知識人(大江健三郎さん、もっと頑張って)もただ「護憲」を叫ぶのではなく、国際平和へのシナリオ、日本を守る戦略をちゃんとシミレーションして国民の前に提示できなければ(僕の「世界親善美女軍団や世界少年少女合唱団や平和基金や・・」などのように)、「憲法改正新しい日本」と言い続ける安部さんに参院選も押し切られてしまいますよ。
今回のブログは、実は、「市民ジャーナル」を始めて1年が経過し、現在の「市民ジャーナル」の姿を見つめ、「市民ジャーナル」関係者と僕自身に対する「戟」をこめてのものである。「ブログ」というものは匿名性で流動的なもの(いい加減とは言うまい)、まあ、適当にやりましょう、という世界かもしれないが、やっぱり「人間」という実態が係わっているものでありたい。こんなこと書くと、嫌われるかな?まあいいや、わが道をとぼとぼ歩いていこう。

今日は最後にちょっと真面目な話「子供の頃から、僕は飽きっぽく、三日坊主と言われていた。今でもその傾向がある。でもまたしばらく経つと、三日坊主だがまた始める。そんなこんなで三日坊主も数十年繰り返せば、けっこう身につくものである」お粗末さま。
丸山 暁〈人間・56歳〉
「僕の考えるブログ」もよろしく。
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