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「美しい国と粋な国」?僕の考える
20070217073112.jpg

 最近TVで「えびチャン、もえチャン」というフレーズを良く聞く。若い方や芸能通はすぐにピンと来るだろうが、最初僕はそれを、「えびす何がし」というボーットした漫画家のおっさんと「何とかもえ」というなんとも甘ったるい鼻声でしゃべる、これまたボーットした女芸人(とてもタレントとえるタレント(才能)ではないので、女芸人と呼んでおく)がコンビを組んで漫才でもやるのかと思っていたらそうではなく、「えびチャン、もえチャン」と呼ばれている、今一番人気のモデルの女の子たちだとわかった。
数日前、TVでウェディングドレスを着た二人の姿が流れていたが、その立ち振る舞いをみて、「美しくない」、「粋」じゃないね、と思ってしまった。
 ちなみに、雪をかぶり寒さに耐え春を待つ小枝の新芽、これは「粋」です。

 さて、TVや雑誌であんなに、かわいーい、きれいー、と人気の「えびチャン、もえチャン」は僕にとって、何故美しくないのか。僕にとってと断っておくのは、僕ももう56歳、ケツの青い女の子を追っかける年でもなく、TVのジャリタレに恋心を抱くでもなく、それ相当に年を重ねた男としての視点というというところである。
 まず彼女たちを見ての第一印象は、「下品」である。次に彼女たちの言動、立ち振る舞いは「やぼ」とくる。「下品」で「やぼ」とくれば、これはもういただけない。では、僕がそう考える彼女たちは何故人気があるのだろう。それは、この国が「下品」で「やぼ」になってきたからである。ただ「やぼ」という言葉には、色っぽいおねーサンに「あんたってやぼね」と流し目で言われるチョッと艶っぽい話も絡むので、ここでの「やぼ」は若者言葉の「ださい」という意味と捉えておく。

 僕が女性に「美しさ」を感じるには、どこか「粋」なところが欲しいのである。もちろん、若い女の子や普通の女性に「粋」を求めるのは酷かも知れないが、たとえ若い子であっても普通の女性であっても「美しさ」を感じるには、どこか「粋」を感じさせる立ち振る舞い、しぐさ、言葉つきが欲しいのである。
 では「粋」とは何ぞや。これまた難しいのだが、「粋」に関して興味のある方は、九鬼周造の名著『粋の構造』を読んで見て下さい。岩波で何度も再販しているので、本屋にも並んでいるでしょうし、アマゾンさんででも探してください。

 まず、最近のTVに出てくる女優を例に「粋」を考えてみたい。
 今、高感度NO1女性は仲間由紀江のようである。彼女は、少年ぽさ(これはゴクセンに毒されたせいか)がありかわいいのだが、まだ艶っぽさが足りない。しかし、将来的には見込みがある。この間までのNO1松嶋奈々子は、評判の割には美形ではない。「粋」には、いわゆる絵に書いたような美人である必要は無いのだが、どこかシュットした切れのある美人であって欲しい。それと、彼女の声と表情が固い。では、竹内祐子はどうだろう。いわゆる清楚なかわいい感じであったが、競演したとかで中村シドウとやらと出来ちゃった結婚したのは「粋」じゃない。しかし、ダンなの浮気に見下り半を叩きつけて、また元気そうにやっているところは、ちょっと「粋」かな、というところ。

すなわち「粋」とは、かわいい、奇麗、華やか、清楚、艶っぽいだけではダメなのです。それらと共にさりげない、影、抑制、やせ我慢、稟としてものが必要なのです。現役では江角マキコがいい線いっている。ま、年も年ですし。最近人気の若手、沢尻エリカや綾瀬はるか、長沢ますみあたりは可能性を秘めているが、まだまだ女の子。
昨夜、日本アカデミー賞の発表があり、大賞になった『フラガール』の松雪泰子はいい線いってます。最優秀女優をとった『嫌われ松子も一生』の中谷実紀はもうチョッとかな。

このままでは、社会批評ではなく、芸能批評になってしまうので、話を変えて、安倍総理言うところの「美しい国」とはどんな国なのだろうか。京の町屋や倉敷などの家並みがあり賑わっていることだろうか。表参道ヒルズの原宿やよく手入れの行き届いた田園風景を言うのであろうか、もちろんそういう形態的なものもあろう。しかし、それ以上に、国民が心豊かに健康で文化文明を享受でき発展していくことを言うのだろう(安倍総理に代わってかんがえると)。そのために、グローバル市場経済に打ち勝って、経済発展し続ける国が「美しい国」と捉えているのではなかろうか。
しかし、そういう「美しい国」であるなら、あえて日本という国が求める美しさである必要が無いではないか。それは、アメリカでも韓国でもインドでも中国でもベトナムでもタイでも求めている「美しい国」ではないだろうか。もちろん、それぞれ風土が違うが。

ここで僕なりの日本という国における「美しい国」を考えてみたい。日本における「美しい国」の「美しい」には、どこかで「粋」という概念が必要なのではないか。
先の女性の「粋」で述べたように「粋」とはただ、美しいとか奇麗とかかわいいだけではなく、「美」の中に、少し抑制があったり、影があったり、凛とした部分が必要なのである。男で言えば「武士は食はねど高楊枝」という見栄に近いプライドが必要なのである。

それを国に置き換えると、僕の考える「美しい国」すなわち「粋な国」とは、世界1の贅沢な経済大国である必要は無い。自国で取れる食料を美味しく食べて、あまったら他国にも分け与え(輸出でもいいだろう)、戦争が起こりそうなら、凛として反核反戦を世界に説いてまわり、不足する原材料は輸入して、少々手間がかかってもこつこついいものに仕上げ、暴利はむさぼらなくても、叩き売りはせづ、たまには贅沢もし、ドンチャン騒ぎもするが、日々質素に暮らす。そういう国が、僕の考える「粋な国」すなわち「美しい国」である。そういう国が、実はベストセラーにもなった、藤原雅彦の『国家の品格』に繋がるのでではないだろうか。品格のある国とは「粋な国」なのである。ぼくの考える「美しい国」とはそういう「粋な国」なのである。

そして、そういう「粋な国」を作るには、この国の政治、政治家が「粋」にならなければならないのです。生活苦の国民がいたら、給料を半分にして政党助成金、調査費、事務所費を返還し、災害時には行って復旧に汗を流す。そんな政治家が1人でもいないかね。私利私欲、お金にこだわらず、凛として、公正に人道的論理的に政治論議が出来る、すなわち「粋」な政治家は残念ながら1人も居ませんね。これでは僕の考える「粋な国」すなわち「美しい国」は永遠にやってこないでしょう。『私は「粋」(芸者遊びではないですよ)だ』という議員先生、いらしたらデータを添えて名乗り出てください。

たとえそういう国でも、貧しくても堂々と、やせ我慢してでも凛として生きていく、そうゆう「粋」な人間に僕はなりたい。
丸山 暁〈56歳・人間〉
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この記事に対するコメント

どうもはじめまして。「粋」にうつくしい人、国。 佳いですね。全面的に賛同致します!

ところで、
雪をかぶり寒さに耐え春を待つ小枝の新芽 
と 粋 
とは、どう繋がるのかな~と、読み出した時点では不覚にも理解できず、ずっと読み進めながら考えてました。
で、冒頭に掲載されている 雪山の寒気のなかでけなげに凛と佇む新芽の写真を観ていて、ようやく理解できました(ように思います)。
凛とした佇まい 
ということ。またそのような佇まいを支える、凛然とした心根 といったもの、それが「粋」ということの真髄なのではないか、と。
。。。そのような意味では、たしかに、今の日本の「佇まい」って(自分も勿論含めて)ちっとも 粋 ではありませんですネ。(これってちょっと、いや、かなりトホホ ではありまするが。。。)
でも、最近、時折思うのですが、冒頭に掲げられている写真の 新芽 のように、冬山のように厳しく凍った空の下でこそ、新芽は凛然と明日に向かってその身を充実させるのではないか、と。もしかしたら、人もまた然り なのではないか、と。そしてそこに明日への希望もあり得るのではないか、と。
そのようなことを、丸山さんと、新芽 とから、気付かせていただけたように思います。
有難うございました>丸山さん
有難うね>名も知らぬ新芽くん
【2007/02/19 12:09】 URL | 夏野一石 #QpNWlmZg [ 編集]


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