Google
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

最近の記事

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

カテゴリー

ブログ内検索

プロフィール

疾風

Author:疾風
岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
人気blogランキングへ

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

山里便り35 「たかが豆腐、されど豆腐。」 2007年1月21日
昨日は、大寒。
明日は、豆腐買地蔵尊(蓮正寺 盛岡市南大通り2丁目)の縁日。
1月と7月の22日の縁日には、豆腐とへっちょこだんごを供えてお勤めをする習慣があるそうだ。

岩手県には12月12日の豆腐の日があり、『イーナ豆腐盛岡(詩・曲・唄youzen氏)』という歌や、
『南部盛岡とうふの会』・『覚山豆腐研究会』などなど、いろいろな豆腐の会まである。
盛岡市民は、自他ともに認める豆腐好きのようだ。と言うより岩手県人は豆腐好きに見える。
私の出会った人たちは、それぞれにお気に入りの豆腐があり、その豆腐が、どれほど美味しいかということを熱く語ってくれた。たかが豆腐、されど豆腐ということなのだろう。
盛岡市は豆腐の消費量が日本一だとか、富山市・山形市に抜かれたとか、いろいろ言われているけれど、一位でも二位でも三位でも豆腐を、よく食べているということに違いはない。

豆腐は奈良時代に中国から遣唐使によって製造方法が伝わったという説、
秀吉の朝鮮出征時に捕虜にして連れて来た朝鮮人から伝わったという2つの説がある。
『唐腐』が『豆腐』に変わり、豆腐料理が発展していったのは、江戸前期に隠元和尚が普及した普茶料理(中国式の精進料理)による影響が大きい。元禄を過ぎた頃から、庶民の食べものになっていったという。
豆腐一丁は、現在の5?6倍の大きさがあり、江戸の豆腐は京阪の豆腐より大きかったという。
1/2丁売りや1/4丁売りもあったそうで、独り者では食べきれない大きさだったために、冷蔵庫のない時代ゆえ豆腐を食べたいために所帯を持つということもあったそうだ。天保の飢饉で大豆の値段が高騰し、以後、豆腐が小さくなっていった。

そんな江戸時代、吉原の豆腐屋が江戸で南部重直公を助けた縁で盛岡に移り住み、豆腐屋を始めた。『江戸豆腐』と呼ばれて人気がでて繁盛したそうだ(南部盛岡とうふの会編『とーふー・巻の壱』より)。盛岡の豆腐のルーツは江戸豆腐にあったとは、岩手県とご縁があったようで、江戸っ子の私としては、ちょっと嬉しい。

豆腐好きなことと品質の良い大豆や美味しい水に恵まれている環境も整っているため、大小さまざまな豆腐製造会社・個人の豆腐屋・産直で販売されている豆腐までいれると豆腐の種類は実に多い。高いものから安いものまで値段の巾も広い。
旧大迫役場前に藤原豆腐店があった。しっかりとした大きな豆腐で、実においしかった。容器持参で買いに行き、「端っこ、頂戴。」と言うと、「はいはい。ほとりね。」と言って水の中から豆腐を取り出して入れてくれる。県外からも買いに来るという豆腐だったが、おばあちゃんが亡くなり豆腐屋も無くなった。

ひいきの豆腐屋無き後、好みの豆腐を探してながら食べていたが、太子食品の豆腐が気に入った。毎日のように食べるものなので、高い豆腐は、そうそう食べられない。太子の豆腐は、安価でありながら美味しいと思う。
遺伝子組み換え食品の表示問題時には、どこよりも早く対応した会社であったことも好感が持てた。ところが、同じ『一丁寄せ豆腐』なのに、十和田工場と古川工場の豆腐が違う。十和田工場産は、しっかりとして重量感があり美味しいが、古川工場産は、気泡が多くて柔らかい。硬めの豆腐好きな私としては物足りない。工場によって材料も水も違うから仕方がないのか、或は水を増やして大豆を倹約しているのかと疑っていた(ごめんなさい)。ずっと気になっていたので、太子食品に問い合わせてみたところ、「十和田工場は硬めの豆腐好きな北東北の消費者に合わせて生産し、古川工場は柔らかめが好きな南東北の消費者に合わせて生産している。盛岡は真ん中なので、両方の豆腐が流通している。」と、即刻、回答が送られてきた。その対応の早さと丁寧さに感心したのだが、そのメールが社長まで届き、違いが分かる消費者がいたと大層喜ばれたそうで、関東方面に出荷している日光工場の豆腐も食べてもらいたいとおっしゃったそうだ!
そんな訳で、近々、日光工場で生産されている豆腐セットが届くらしい。
太子食品は青森県の会社で、岩手県びいきの私としては、何なんですが、旧南部町で創業された会社だから同じ南部藩だし・・。どんな豆腐が届くのか、楽しみに待っている。
不二家とは大違いと思ったが、比べることの方が失礼でした。
20070121075154.jpg
            20070121075207.jpg
        20070121075221.jpg
上から、豆腐のチリソース。豆腐の水分を利用してツナカレー。グリルで焼いた焼き豆腐で煮物。
yoは丸山淑子、今日から本名にします
スポンサーサイト

テーマ:食べ物 - ジャンル:ライフ

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。