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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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正義病
ジャーナリスト魚住昭氏のブログに「正義病」という言葉を見つけた。
「・・・自分は常に正義で、相手は悪だから、どんなに傷つけてもいいのだという思い上がりである。」
「この病にかかると、自分の欠点や過ちは見えなくなり、他人の悪いところだけが異様に拡大されて目に映るようになる。」
「正義という病が高じると、組織は果てしなく堕落していく。早く病を治さないと、取り返しのつかぬことになるのではないか・・・」
これはそのブログの中で検察に対する批判として書かれたものである。

振り返ってみれば、検察に限らずとも、どうも我々はこういう病に簡単に罹りやすい。
相手に少しでも非があると、少なからず優越感を持って非を責めたてる。
それは心地良いのである。
しかし自分はそれほど立派な人間であろうか。
私自身も、この市民ジャーナルに批評的なことをたくさん書いてきて、ふと冷静に振り返って見ると、もしかして正義病に冒されていたところもあったのではないだろうかと不安がよぎる。

しかし一方、自分が完全な正義で無ければ批判してはいけないのだろうか?という反問も出て来る。
そんなことは無い。世の中には完全無欠な正義の人間など存在しないのだから。
もしそんなことになったら不正義や理不尽なことが、無批判の中でまかり通ってしまう。それではいけない。
みんな自分の不完全さを認めた上で、理不尽なことには声を挙げることが必要なのだ。
但し、正義病にかからないように注意しながら。

今年はこの「正義病」という言葉を胸に収めながらこのブログを書いていこうと思う。
<ハヤテ>
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この記事に対するコメント

あけましておめでとうございます。
今年も続けるのですね!
記事、楽しみにしています!
【2007/01/09 18:47】 URL | yo #- [ 編集]


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