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ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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「想像力と政治」?僕の考える
20061223080112.jpg

前回の市民ジャーナルで、地球温暖化が本格化(北極海の氷の融解、シベリア、ツンドラ地帯のメタンガス噴出)し、温暖化はもう人間の手を離れ、地球の定常現象になってしまったと書いた矢先、この写真をみると、「なんだ、温暖化でバラの季節が3ヶ月早まったと言ったって、こんな巨大な氷柱が出来るようなら、まだまだ温暖化といっても大したことないじゃないの」という御仁の声が聞こえてきそうだが、この天にも届くかに見える氷柱は、実はたった50cm程度の小枝に、屋根から滴り落ちたしずくが凍りついた氷柱なのです。この青空の下、お昼にはすっかり解けてしまいました。残念。
 まあ、この巨大な氷柱は遠近法のトリックなのです。この氷柱をどう見るかは、皆さんの想像力次第なのです。

 さてさて、今回のテーマは想像力だが、またまた、馬鹿なヤツが日本の政治の中枢に踊り出てきました。本当はいつもいつもこんな馬鹿なヤツラ(口汚くてすいません、でも、本当に僕は頭にきています)のことは書きたくないのだが、でも、これが日本国政府、すなわち日本の法律制度をつかさどり、ある意味僕たち国民の殺傷与奪の権をももっている、政治の中枢にいる大馬鹿者のことなので、仕方なく書いてしまいます。
政府が、殺傷与奪の権を持っているとは、この民主主義の世の中でいいすぎだと、疑問の方々も多いだろうが、今や日本の自殺者がコンスタントに3万人となり、そのかなりの比率が生活苦や労働環境や病気であり、近年の弱者切捨ての政策(対高齢者、障害者、病症者などなど)によって、本当に生きていけない人々が増えてきて、憲法で保障されている生存権すら危うい国になってきた。また、人間を殺す権利を持っているのは、日本においては国家だけである。すなわち殺人を制度として許容している。死刑制度の問題にはここで深入りするつもりは無いので、このあたりにしておく。

 前置きが長くなったが、そんな政府の、しかも僕たちの暮らしに最も影響しそうな政府税務調査会会長の本間正明が任命そうそう何の仕事もしないうちに辞任した。
その理由がなんと、上さん以外の女性と公務員宿舎に引っ越してきて暮らしている、ということである。別に彼がどんな女性と暮らそうが、そんなことは知ったことではない。真面目な浮気だろうが、その辺の女の子を引っかけようが、プロのオネ?様であろうと、どうぞご勝手にである。しかし、税務調査会の委員長になって初めて公務員宿舎に入ってくる時に、ちょっと考えれば物議を醸し出しかねない女の人と一緒に暮らし始めることは無いじゃないの。いい年して、今更、片時も離れていられないと言う、青臭い坊やの恋物語でもあるまいし。

要するに、ここで言いたいことは、彼の女性問題ではなく、彼の〈未来に起こることに対する想像力の無さ〉なのである。〈こんなことをしたらどうなるか〉、子供でもちゃんと考えながら生きている。それが、大の大人が、しかも日本有数の国立大学の教授で、日本の将来を左右しかねない立場の人間がである。「全くいい加減にしろ、この馬鹿もの」。

 多分、生物の中で、未来への創造力を持って生きているのは人間だけであろう。動物も、特に高等動物の中には、未来を読んで(察知して)行動するものもあろうが、それは刷り込まれた本能であったり、経験的な反復なのではないだろうか。想像力を働かせ、未来への幾つもの仮説を立てながら、一瞬一瞬を選択しながら生きているのは、多分人間だけではないだろうか(このあたりは、生物のプロではないのでこのあたりにしておきます)。

 今、この国の不幸の多くは、〈創造力の欠如〉に起因するのではないだろうか。政府が画策する戦争のできる国とは、〈他者の身体を生きながら切り刻み虐殺することであり、合わせて自国の国民をも家族から切り離し、抹殺することである〉、これは空想ではなく、イラク戦争の米国を日本に置き換えて創造してみればいい。また、自由競争、自己責任という経済社会環境で、どんない働いても、年収百数十万円で、様々な税金を払い、社会保障が切り捨てられる暮らしのなかで、子供を育て、教育できるのか、また収入が年金だけの高齢者、年金すらもらえない高齢者が年金を払いながら平穏に暮らせるのか、ちょっと創造すれば分かりそうなものである。

 人間の脳の出来事、すなわち思考や想像力は、実は体験したことが脳内にモデルとして構築され、現実に起こった事象をそのモデルと照らし合わせることで、判断したり想像するようである。この解釈は僕の相当はしょった解釈なので、詳しくは脳科学の本を読んでください『脳と心の地形図』リタ・カーター(著原書房)、かの有名な『唯脳論』養老孟司(草土社)あたりが楽しいですよ。

 また、他者にたいする〈愛〉や〈深いやさしさ〉と言うものは、多分想像力から来るものではないでしょうか(衝動的な性欲や単なる甘えではなく)。今の多くのこの国の政治家や国家の中枢にいる者たちには〈愛〉〈人間に対するやさしさ〉、もうひとつ付け加えれば〈正義・公正〉と言うモデルを脳内に持っていないのではないだろうか、すなわち正義、他者の痛みを理解する想像力がないのではないだろうか。彼らにあるのは、どっちが儲かるか、選挙に勝てるかという、欲得の世界だけである。
想像力の欠如した人間たちが中枢にいる国には〈愛〉がない。そういう政治家を選んだ、そういう国の国民は〈愛〉のある未来を想像できない。それは絶望である。
丸山 暁〈56歳・人間〉
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