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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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「良いことか悪いこと」?僕の考える
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 僕が母から学んだ、今も事あるごとに心に浮かべる言葉は、「良いことか悪いことかは、自分で考えなさい」という言葉である。少年期、昔の山の暮らしでも、子供にとって、今とは違った危険があった。ある冬、広島ではめずらしく、大きな池の一面が凍った。多くの子供たちが、氷に乗って池の真ん中近くまで行って遊んでいた。もちろん僕も池の真ん中まで行きたかったのだが、それを察知したのだろう、母に危険だからと止められた。それでも池の真ん中まで行くのだと主張すると、「良いことか、悪いことかは、自分で決めなさい」ときた。僕は子供なりに、いつもは張らない氷だし、少し岸から離れるとミシミシ氷がなることを知っていた。結局僕は、岸ぎりぎりの氷に乗るだけで、池の真ん中まで行くことはなかった。
 このことを、僕は子供心に、臆病者と思ったこともあるが、母の言葉は僕と言う人間の行動規範になった。もちろん、この写真の時「氷に乗ったら危ないよ」と諭されているのではない、この写真は春の野原のようである。

 なぜ、こんな和やかな親子の写真(何を隠そう僕と母である)から始めたかというと、とにかく市民ジャーナルを書こうとすると、書くことはたくさんあるのだが、そのどれもこれもが、よくもマア何時もいつまでも、次から次へと不正や破廉恥事件や凶悪犯罪や政治家の茶番劇や増収賄事件など、できの良くない大人たちの話や、いじめ自殺、親殺し子殺し、児童虐待、ロリコン犯罪など子供たちの悲劇ばかりなので、たまには楽しいことでもか書きたいな、と考えていたら、僕の純真な子供時代がふと頭に浮かんできてしまった。そして、僕と言う人間を育ててくれた今あの世にいる母のことを。

 もちろん僕も清廉潔白に生きてきたわけではない。これまでには闇の入り口を覗いたこともある。もちろん嘘をついたことも。ある目的のためにナイフを研いだことも。幸いにしてそれを使うことはなかったが。社会人となり、不正の一端とは知らずに、否、薄々知りながら、今思えば不正の一端だったろう事を担ったことも。しかし、幸いに、自ら意識して社会的不正や、犯罪、まして破廉恥的犯罪を犯すことはなかった。

一見つまらないことだが、就職してこんなことがあった。僕は大学を出て当時大阪に本社のあったゼネコンに就職したのだが、その会社は1年間全寮制で、どこか学生時代の延長のような気楽さがあった。その時、同期の仲間数人と大阪梅田の繁華街に遊びに行き、まったく子供じみたことだが、「万引きしようぜ」という話が持ち上がった。「おれたちはよくやっていた」、そういったのは東京の中堅私大出の数人だった。その場には東京の超一流国立大のやつ、そして二流国立大の僕がいたが、実際に万引きをやってのけたのは、東京の大学に行っていた連中だった。彼らが何処の大学出とはいいません。
 その時も、「僕は万引きすら出来ないのか」と、自分に対して子供じみた葛藤もあった。しかし、僕の行動規範には「良いことか悪いことかは自分で考えなさい」があった。今は、万引きは、明らかに勇気ではないと確信している。

 彼らも、今では、建設会社の幹部になっていることだろう。彼らの子供じみたゲーム感覚の万引きと、相変わらずの建設談合問題を直接結びつけるつもりはないが、やっぱり日本社会、組織には、「みんながやるなら」いう行動規範があるのではないだろうか。
 最近犯罪として表面化する多くの社会的不正は、実は、表ざたになって、犯罪として立件されたから不正と認識するのであって、社会一般の通念では、表ざたにならなければ少々の不正(談合や政治家への賄賂、公務員の裏金、カラ出張などなど)は不正と認識されていないのではないだろうか。皆がやっていること、それはあたかも社会的に認知されているかのように考えているのではないだろうか。建設業、建設業だけでなく、防衛庁や文部省、多分全ての官公庁で起こっている、権力や立場を利用しての身内や利権者への特命や談合、あのまじめそうに見えた竹中平蔵元蔵相も身内の業者になんだかやらしていた。多くの政治家が資金欲しさ票欲しさのために、プライドも理性も捨ててしまうことはいまさら言うに及ばず。

 「子供たちよ、偉そうなことをいうやつのことなど信じるな。どうせ裏では何をやっているか解かりやしない」、多分今更僕がこんなことを言わなくても、敏感な子供たちはとっくに見抜いているだろう。だから、純粋な子供たちは怖くて、本音を大人たちには見せられない。
 世の中表面的には滅菌殺菌清潔社会になってきて、清く正しくというものの、社会の腐敗がこれだけ表層化してきたのだから、僕たちは、社会観を大きく転換する必要がある。「大人の社会は本来汚いものなのだ。」だから、どうにか正しい道を探しながら歩まなければ気持ちよく死ねないよ。今の社会に必要なことは、大人が自分の中に自らの行動規範を持つことである。ただ、「良いことか悪いことかは自分で考えてみたら」、お金儲けや物欲が一番だ、みんながやることが正しいのだ・・、そんな規範だったらどうしよう。
 丸山 暁〈56歳・人間〉
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