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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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豊かさとは…
「豊かさとは何か?」と、ここ10年ぐらい問い直す声が多い。
貧しい戦後から、高度成長期、そしてバブルと続き、経済成長に重きを置いた社会が破綻し、その不良債権を処理して、再び経済成長を求めている。
経済は、限りなく成長するのであろうか?
経済とは、「物を生産し、流通させ、貨幣と交換し、消費する、一連の流れ」のことを言うらしい。
経済が成長をすると言うことは、生産量が増大し、流通量が拡大し、貨幣が大量に動き、消費量が増えることを意味する。
ところが一人の人間が消費する量は、限界がある。と言うことは、人間が増えていかないと経済の成長は、あり得ない。
現在、発展途上国は、人間が増えているが、先進国は頭打ちである。
つまり先進国は発展途上国に輸出することで経済成長を続けているのではないだろうか?
発展途上国に購買力をつけさせるために、さまざまな援助が行われ、国民生活のレベルアップという名の下に、先進国の文化を押しつけ物を豊富にしている。
しかし、その国の人々も物が豊富になったら、次はどこへ行くのだろうか?
結局どこか破綻させて、復興させるということなのではないだろうか
つまり戦争によって壊滅的打撃を与え、それを再建するというスクラップビルドでしか、経済成長は続いていかないと考えるのは考えすぎか?
経済成長を求める限り、争いは続くというのは素人の考えだろうか?
      DSCF2141.jpg


最近、ネットワークビジネスというマルチ商法まがいの商法が人知れず、流行している。都会が終わって、地方都市にまでやってきた。限られた人口の中で、会員を増やすと言う商法はいずれその人口の壁に突き当たる。
先に飛びついた会員は収益が上がるが、その影で末端の会員は、在庫を負担し、借金を抱えて悲劇を増幅している。
まさに経済成長を求めることは、マルチ商法に似ている。
先進国だけ経済利益を得て、遅れてきた国は、草刈場になっていく。
経済とは、世の中を納め人民を救う「経世済民」というのが原語だというが、
常に成長を求める続ける経済は、多くの人々を救うことが出来るのであろうか
そろそろ「経済成長を求めない仕組み」を考えないといけない時期に来ているのかも知れない。
それは右肩上がりの直線を求めるものではなく、回る循環を基本にした考え方ではないのだろうか。「循環」それは地球と言う限られた世界の中で、えいえいと昔から営まれてきた仕組みである。
多くの人は、「いまさら昔に戻れない」と言うが、もはや戻らざるを得ない時が来ているような気がする。
そして伸びることではなく、「回る豊かさ」それは自然の循環を基本にした「農を中心とした営み」の中にこそ、有るのではないかと思う。(入道)
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この記事に対するコメント
お邪魔します
お邪魔します。

>ところが一人の人間が消費する量は、限界がある。

 食料とかには限界があるでしょうけどお金ならいくらでも消費できるのではないでしょう
か。秀吉とかは天下統一が間近になると手柄を立てた家臣に土地が与えられなくなって
いったので金(大判小判)を与えたり千利休に茶道を興させて茶壷とかを(「これは価値有
る物だ」と)与えたと聞いた事があります。
【2006/11/05 00:16】 URL | ブロガー(志望) #0ghL9qJY [ 編集]

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【2009/10/22 00:16】 | # [ 編集]


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