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「子供の喧嘩と核戦略」?僕の考える
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少々コントラストを強くした写真であるが、この写真を見てすぐ、なんだか分らなかったひとは日本人失格である、否、僕としては「人間失格」とまで言ってしまいたい。もし「そうだ、秋になったからこれは新種のキノコだろう」と思ってしまったお方は、もう一度小学校からやり直してください(ただし、これはキノコ雲ということもある)。日本の小学校を出ていても、これが分からない人があれば、日本の学校教育も地に落ちたものだが、きっとそんなことはないだろうと信じている。

 今世界に核兵器は2万7千個ある。核戦争による地球の破壊までの時間を示す終末時計は、世界の終わりまで7分前を指している。アメリカが10,104個ロシアが16,000個フランスが350個イギリスが200個、中国が200個イスラエルが60?80個インド、パキスタンが50?60個、そういう核状況の世界で「うちが、1個や2個持って何が悪い。お前たち威張っているやつらはいっぱい持っているではないか」というのが世界の厄介者、北朝鮮の核への思いであろう。

話し変わって僕たちの子供の頃は、ガキ大将グループの喧嘩にもルールがあった。基本的には弱いものには手加減をする。ちゃんばらごっこはいいが、石を投げない。しかし、最初は口喧嘩から始まり、小競り合いになり、喧嘩がエスカレートし興奮してくると、誰かが石を拾って投げる。最初は相手に当たらないように地面やあらぬ方向に投げるのだが、そのうち石の投げ合いになりエスカレートすると、手元が狂い、中には故意に人をめがけて投げ始める。そして、誰かに当たって血を流してしまう。しかし、その時点でどちらともなく石の投げ合いは静止し、喧嘩もお預けになる。そういう場合の石は通常事前に準備するものではなく、喧嘩の場にたまたまあった石を用いるのが一般的である。

では、このような喧嘩のやり方はどうだろうか。方や統率の取れた大きなAグループ、方やゲリラ的な小さなBグループ。喧嘩の前にAグループはメンバーのポケットに大量の石を忍ばせておく。そして喧嘩の場面で「ぼくたちはたくさん石をもっている。しかしぼくたちはお前たちが石を投げない限り、この石は使わない。そういう条件で、君たちはぼくたちに従え、さもなくば遊び場から出て行け、そうでないとボコボコニしてやるぞ。」と睨みを聞かせたAグループに、Bグループはおずおず従うか、尻尾を巻いて逃げ出さざるおえないのだろうか。中には、こっそり石を隠し持ち、もしくはすばやく拾ってAグループのボスに投げつけ先制攻撃でAグループをやっつけるかもしれない。子供の喧嘩ならこっちのほうが絵になる。そうゆう子供の喧嘩に大人が出てきて、Bグループに、「Aグループは石を大量に持っているが、それはBグループが喧嘩を仕掛けないためであった。だけどお前たちは絶対石を持ってはならない」と諭したとしたら、これは正当な仲裁となるだろうか。もともと、子供同士の喧嘩には暗黙のルールとして石を用いてはならないが、僕とて子供時代何度か石を投げた経験はある。

 今の世界の核状況は、子供の喧嘩とまったく同じではないだろうか。
 安倍新政権の中川政調会長が「核があることで攻められる可能性が低くなる、やればやりかえすという論理はありえる」といっていた。たしかにそういう論理はありうる。しかしそれは、先に上げた子供の喧嘩の論理であり、そこには非核3原則を堅持しようとする被爆国の政府を構成する党の政調会長としては、倫理(論理ではなく倫理)に欠けている。
 アメリカ大統領ブッシュのスピーチライタ?、デビット・フラム氏(この男はブッシュの悪の枢軸国「北朝鮮・イラク・イラン」を起草した)は「核拡散防止は失敗し、核拡散防止時代は終わった。これからは核抑止時代に入った、こちらも軍拡レースに参加し核で抑止するしかない。日本も韓国も自衛力を高めろ」と言っている。
 アメリカは再び米ソの冷戦構造を再現し、米・反米核抑止構造に持っていこうとしている。結局アメリカは核廃絶、削減どころか強大な超核大国を目指している。

今の世界の核状況はまったく「子供の喧嘩」の域をでていない。お前がやるならぼくもやる。しかし子供の喧嘩と世界の核状況が構造的に似ているからといって、核兵器は故意にでも誤って使用されても子供の喧嘩とは分けが違う。核兵器の使用は世界の破滅につながることは自明の理である。たとえ局地的な限定使用であっても、放射能汚染は外部に拡散する。また、もう一度使われた核は、きっともう歯止めがかけられなくなるだろう。

石の投げ合いをする子供の喧嘩なら、最悪怪我をしても親が一緒に謝りにいってすむことだろう。実は僕は小学生の頃、校庭で喧嘩になり、石を投げてきた相手に一発投げ返した、その一発の石がコントロールよく見事眉間にあたり、相手が血を流した。その夜両親とナシをもって相手の家へ謝りに行ったのを覚えている。それ以来、僕は喧嘩をしなくなった。子供でもその程度の後悔、反省はするものなのに、世界の政治の世界はそうはいかないようである。
アメリカの核戦略も北朝鮮の核武装も、国民、世界市民の方を向いてはいない。世界が破滅しても国民が絶滅しても国家の維持、国家が残る戦略を基本としている。世界の政治家は悪がきよりたちが悪い。何処の国にも核をもたせてはならない。
丸山 暁〈55歳・人間〉
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