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「人間的発展」?僕の考える
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今年も「小さな森のコンサート」が終わってしまった。もし、これをお読みの皆さんが、僕の暮らす地の近くにおいでなら、もっと前にコンサートのお知らせをしてお誘いしたのだが、ブログというもの津々浦々日本中の方々にメッセージを送っているので事前に連絡しても、ほとんどの方はコンサートには来られなかっただろうから、事後報告とする。このコンサートは名前のとおり、岩手県の山間の人口7,000人の大迫町で20年続いてきた山の中の小さなコンサートである。コンサートの主役は東京芸大の打楽器科教授(現在名誉教授)の有賀誠門である。僕は、このコンサートに7年程度係わりそのうち4年はコンサート実行委員長として楽しんできた。

 このコンサートは地元産のワインを飲みながら、時に静寂の中でクラシックの名曲を、時ににぎやかに軽快な曲を楽しむコンサートである。このコンサートのハイライトは、毎年訪れる有賀先生が、このコンサートで何らかの本邦初演をやってくれることである。外国人作曲家の日本初演とかクラシックのマリンバ初演とか舞踏と打楽器のパフォーマンスとか、このコンサートが初演で東京のコンサートホールで演奏会をひらいたこともあるという由緒ある、知る人ぞ知る、多くの人は知らないだろうが、その筋、芸大の打楽器の世界ではちょっとは権威?あるコンサートである。まさに芸大の打楽器科の登竜門だと確信している。僕がそう思っているだけで皆さんは信じないように。

 20年間小さな町で手作りのクラッシックコンサートが続いてきたというのは、並大抵のことではない。先達の熱意と努力も計り知れず、そしてそれを受け継いだ僕たちのたゆまぬ頑張りの賜物である・・・と、力んでみることもないだろうが、このような山奥でこのコンサートを切り開いた先達にはこの場を借りて敬意を表したい。実はその先達とは、村おこし町おこしとして数十年前全国的に有名になった、これこそ知る人ぞ知る、今は亡き村田柴太大迫町長である。
 
毎年一回のコンサートというものは、特に年をとって来ると、終わったと思ったらあっという間にまたやって来る。きっと、今回コンサートに係わった多くの人がそう感じているのではないか。そして、コンサートの準備がやってくると「もう今年が最後だ、これでもう止めよう」と心のどこかで思いつつ、時には「もう止める」と声にだし、また動き出す。しかし、コンサートに入ると、そしてコンサートが終わった瞬間、「やっと終わったこれでおしまい」ではなく「やった、素晴らしかった、楽しかった、またやろう」に心は変わっている。多分、こういう繰り返しが、このコンサートを20年続けさせてきたのだろう。

 こういう状況、少々しんどいことがあっても、人間はまたやってしまう。僕たちのコンサートもそうであるが、山登りをやる者たち、特に極寒の冬山やエベレストに登るものたちが「しんどい、登っている最中はもうこれが最後と思いつつ、しかし登り終え苦しいことが終わってしまえば、またやろう」という気になるという、それと同じようなことではないのだろうか。
 現代脳科学のスター茂木健一郎の著書に「脳は何かを達成して快感を覚えると、それをまたやりたくなる性質を持っている。そこに人間、すなわち脳は自然に成長していこうとする特性をもっている」ということが書いてあった。多分人生を生きるうえで、幸せ、楽しいな、と感じるのはそういうものなのだろう。ただ、この脳が感じる快感は、何もしないで手に入るものではないようだ。

 突然口に放り込まれた飴玉、これも甘くて美味しい。たまたま何もしないで手に入ってしまった欲しいもの、これも嬉しい、しかし、そこには達成感がない。中には、また手に入るかと口を開けて待っていたり、寝ながら2匹目のどじょうを待っているやからもいるかもしれないが、僕もたまにはそんなことも考える、「2匹目のどじょうは、まずいない」と相場はきまっている。難問を解決、努力して手に入れたものほど、幸せ感は大きいものであることは皆様経験的に知っているだろう。こんなあたりまえのことをわざわざ書くこともないのだろうが、ちょっとサボリのメンドクサガリ屋の僕自身に言い聞かせていることとお許しください。

 もう一つ、僕たちのコンサートが本当に楽しく、20年続いたのは、一回一回のコンサートの感動、達成感もあるが、何度も繰り返すうちに、有賀誠門の音楽観、音づくりに共感し、引き込まれ、彼が伝えようとする音楽世界を深く理解できるようになる、ということもある。また、僕たち音楽会を作る裏方としては、何年も同じような行為だが、いつも変化がある中で一つの目的を共有することで、仲間としての一体感、何かを成し遂げる時のお互い共鳴しながら個々の役割をこなしていく快感というものもあるように思える。多分これがいい意味での社会のあり方なのだろう。こういうことを「経済的発展」ではなく「人間的発展」という。

最後に、北朝鮮の核実験を糾弾すると共に、米ロ中英仏国連常任理事国、インド、パキスタン、世界の核廃絶を訴える
 丸山 暁〈55才・人間〉
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