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景気回復と蟻地獄
20061007080258.jpg

今年ももう秋じまいが始まった。僕の家の西側の窓からTさんの畑が見える。僕がこの地にきてから14年Tさんは毎年同じように畑を耕し、作物を植え、畑の手入れをしている。もちろん僕がここに来る数十年前彼女がお嫁に来てからずっとであろう。本業の作物は他にあるのだが、余った畑は、余った畑といっても我が家の数倍の畑だが、余すところなく作物を育てている。彼女は本当に良く働く、朝早くから日が落ちるまで。彼女は「これしか出来ないから」とちょっと照れたようにいう。それは決して楽で愉快な仕事ではないだろうが、どっしり地に足の着いたおおらかな暮らしを感じる。彼女にはいつも頭が下がる。

 最近景気が回復してきたそうだ。岩手の山奥で暮らしていると、景気の回復ってなんのこっちゃというところだが、TVも新聞も「景気、特に大企業、都市部中心に景気は回復しつつある」と伝えているところをみると、日本はほぼ景気が回復したのだろう。首都圏では懲りもせずバブルが再び膨らんできたようだ。それにつけてもずっと不思議に思っていたことだが、市民生活、中低所得者層の暮らしは決してよくならず、かえって格差が広がり貧困層が増えているというのに、ここ数年は不況といいながら、大企業は戦後最大級の利益をあげていたのである。しかも、バブル崩壊以後戦後最高の好景気だという。

 こうゆう状況は、なんだか日本という国の社会構造がとてもよく現れている現象ではないだろうか。結論めいたことを先に言うと、あるオーストラリアのジャーナリストだったか経済学者だったか忘れたが「日本はいくら経済発展しても、国民の暮らしが豊かにならない」といっていたのを思い出す。実は僕もこのことは社会に出てからずっと不思議に思っていたことなのだ。

 僕がいわゆる超大手といわれるゼネコンに入ったのが1974年、第二次オイルショックの頃だ。日本は高度経済成長を成し遂げ、大阪万博の頃景気は絶好調であった。僕が会社面接に行くと人事担当者が「ボーナスは12ヶ月ありました」といっていた。「これはすごい大金持ちになれる」と喜び勇んで会社に入ったところオイルショックで3?4ヶ月のボーナスになってしまったが。それでも、その頃日本社会は豊かになっていて、精神的にも少しゆとりと、働き蜂、会社人間からの脱却、個性化を求める空気も広がってきていた。その頃は会社も結構おおらかで、クラブ活動にもお金を出し、仕事時間も自主的フッレクスタイム(遅刻しても仕事をちゃんとやればいい)や、服装も結構自由になってきた。僕もほとんどスーツを着ることもなく茶系のジャケットを着ていた(僕はミスタ?ブラウンと呼ばれていた)。土曜などジーパンで会社に行ってそのまま遊びに行ったものだ。

しかし、オイルショックで世の中不況になると一気に社員の締め付け、管理が強化された。遅刻の監視、備品の細かいチェック、子供騙しの通達、会社は管理管理が合言葉になってくる。そうこうするうち、個性的で大らかのなりつつあった社員の態度、服装も段々規格化してきた。時を同じくして、大学出の新入社員が入ってきた時には既にお行儀のいい会社人間であった。その後、景気は異常なまでの回復を見せたが(実はそれはバブル経済であった)、社員の給料は余りあがらず、「会社なくして社員の暮らしなし」という空気が蔓延し、社員はよりおとなしい羊と化していった。会社員の服装は黒ずくめ(グレーや紺もあったが)になり、社員から大らかさが消えてきた。

そしてバブルが崩壊し、皆様ご存知の平成の大リストラ(解雇)、雇用不安時代を迎えた。その時のサラリーマンの苦境(実は今も多くのサラリーマンにとって変わりはないが)についてはまだまだ皆さんの記憶に新しいのでここでは言及しない。
そして今また景気が回復しつつあるという。繰り返すが一部大企業は空前の高収益をあげている。
さて、景気が回復し社会が豊かになれば、「人々の暮らし方、特に社会の多くを構成する勤労者は景気の回復と共により大らかに個性的」になるのだろうか。実は実態は残念ながら逆である。最近の報道、データでも、勤労者の精神的病は拡大し、自殺も一向に減らず、保身的行動(組織維持のための偽装やデータの改ざん)は跡を絶たない。個々が雇用を確保するために、より閉鎖的保守的になってきた感がある。こんな調査結果が新聞に出ていた「新入社員の6割上司の命令であれば犯罪も犯す」。それだけでなく最近の多くの組織の長たる者、公共のため組織のためでもなく、自分の私利私欲のために金欲しさに犯罪を犯す。元スケート連盟会長の何がしよ。小学校6年生の女の子のいじめによる自殺を隠そうとした、子供たちを教育する責任者の教育長よ。地位のあるものたちが、個人の保身、金のため社会を欺むき犯罪をおかす。

景気回復の今、TVでは、芸人やジャリタレがはしゃいで(そういう番組を作っているのが日本有数の大学出の連中だから日本のマスコミはお手上げである)贅沢品をちらつかせ、飽食をあおる。これが豊かになった〈日本社会の精神性〉である。日本社会とは、不況を克服しスパイラルに景気を回復する度に、そこで生きる、働くものたちは、知ってか知らずか、より深い出口のない蟻地獄に落ち込んでいく。残念ながら、理性を捨てるかニヒルに生きるしか、この国での心の幸せは得られないのかもしれない。
丸山暁〈55歳・人間〉

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