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ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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「天皇制と男子誕生 」?僕の考える
20060909075543.jpg

今週の市民ジャーナルを書くに当たっては、日本国民なら避けて通れないことが起こった。それはTVやラジオが「日本国中が喜びにわいています」と伝えた、秋篠宮妃の男子出産である。ある夫婦が男の子を産んだ、これはそれだけでめでたいことである。秋篠宮家に男の子が誕生した、これも同じくめでたいことである。しかし、秋篠宮家の赤ん坊、特に男の子の誕生は、「親王」と呼ばれ「天皇」となっていく可能性(皇位継承第3位)がある特別の赤ん坊である。

さて、日本人はこの男の子の誕生をただ手放しに喜んでいるだけでいいのだろうか、このことをちょっと考えてみる必要はないのだろうか。どこからもこの件について喜び以外の声がちっとも聞こえてこないのが僕には不思議なのである。もし有識者と言われる人や報道メディアが言及しないなら、日本の片田舎に暮らす僕ぐらいは少々疑問を呈しておいてもいいだろう。
皆さん、「お前は非国民」と石などぶつけないで下さい。このような自由な、おおらかな議論が出来ることが正常な社会なのです。ただ、ここではっきり断っておくが、僕はある家族(一市民であれ天皇家であれ)に男の子が生まれたと言うことには心から祝福をおくります。そして生まれてきた赤ん坊、御家族の喜びを云々するものではありません。 

 さて、「親王」の誕生に日本中が喜びにわいていると言う今、なぜ僕はこのようなことを考えるのだろうか。また考えなければならないのだろうか。それは僕にとって、日本国民として、天皇とは一体何なのか、あたりまえに「国民の象徴」として国民の前にあらわれ歓迎される天皇とは何なのか、僕には天皇を単純には受け入れられないからである。

 神話の世界では天皇家はヤマトタケルの頃から続いているようだが、歴史的には推古天皇即位後、聖徳太子が『天皇記』で歴代天皇の系譜を明らかにしたという。AD3世紀卑弥呼を経て大和朝廷が、日本の統一を始めて古墳時代日本中で豪族の戦いがあったのだろう。そして徐々に権力が集中し曽我馬子、物部守屋の争いと続きAD592年推古天皇が即位して聖徳太子が摂政となって、日本の歴史、天皇制も形になってきたようだ。ここで僕がいいたい事は、天皇の歴史と言うものは、神の摂理の如く形而上学的に日本という国に君臨しているものではないと言うことである。天皇とは幾多の争いの果てに権力を握ったものが編んだ歴史の中で生まれたものである。
  
 その後の天皇制、天皇の変遷については、日本人ならほとんど小中高で日本の歴史の中で詳しく学んだはずである。学んだはずだというのは、一応教科書には目を通し、試験に出るから天皇の名前、変遷などの年代も覚えたのだろうが、今はほとんどすっからかんである。皆さんもそうでしょう。
 それでも、日本の天皇がいわゆるヨーロッパの王様とはかなり違うものであると言うことは理解できるだろう。ヨーロッパの皇室はほとんど、中世から近代にかけて権力争いでその地域を制覇したものが王となり、他国の侵略から自国を守りぬいたものが生き残って、その王が市民革命によって主権を失ったが、その時の王の家系が今も皇室として残っている。要するに、権力、統治能力を持っていたものが今も皇室として残っている。
 しかし日本の場合、8?10世紀頃までは天皇も権力を維持できたが、その後は武士との戦いに敗れ、強くなった武士の権力の影で利用され生き延びていた。そして江戸幕府の時代には、権力統治能力は完全に失ったが、いわゆる日本という国の権威の象徴として奉られ続けてきた。そして明治維新によって大日本帝国大元帥として天皇は権力の座に返り咲いたが、その時の天皇とて、権力を欲しいままにする王様ではなく、憲法に定められた法治国家としての天皇であった。
 
 また、今の天皇を考えるのに避けて通れないのが天皇の戦争責任である。大日本帝国の天皇は既に、天皇として自己欲自己決断によって国を導く存在ではなかった、その時の政治権力の象徴としての地位でしかなかった。では天皇とはたいした存在ではなく、戦争責任もなくうっちゃっておいていい問題かというとそうではない。天皇は確かに個人的に権力をもつことはない、しかし天皇は、権力を持ったものに三種の神器の如く利用される最高の存在なのである。その象徴が15年戦争(日中戦争、太平洋戦争、2次大戦)での「天皇の軍隊」である。政治によって、国民は天皇のために死ぬべき運命と平然と決め付けられた歴史があった。ついこの間のことである。 日本社会は戦後大きく変わったのだろうか。今度首相になりそうな政治家は戦後は終わった、新しい強い日本を作るのだと言っている。そしてそのためには「愛国心」を持てと。繰り返すが天皇は確かに権力は失った。しかし権力を握ったものは天皇を利用する。

 女性週刊誌的「雅子さま」「愛子さま」「紀子さま」と、皇室に向けるほほえましい眼差しと、今度の男子「親王」の誕生をただ祝福するのとは異質なものである。このたびの男子「親王」誕生が、これからの天皇制(天皇制廃止も含めて)を考える契機になればいいのだが。僕は天皇家という国家に特別に守られる日本人がいることに子供のころから疑問を持っている。全ての日本人を平等に、どんなに貧しく地位の低い日本人でも国家が暖かく守ってくれる国ならこんなことを考えないのかも知れないが。
丸山暁〈55歳・人間〉
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この記事に対するコメント

私事ではありますが、9月6日は息子夫婦の子供が生まれる予定日でしたが、
本日に至るまでいまだ産気づく様子もなく、未来の天皇になるかもしれない人と同じ誕生日になる機会を逸しました。それはどうでもいいのですが、こちらはいつまで待てばいいのでしょう。マゴマゴしてないで早く生まれてきて欲しいものです。

ところで、天皇制についての貴兄の論、皮相的なナショナリズムが声高に叫ばれる昨今のご時勢にあっては、なかなか示唆に富む内容だと思います。
平均的な知識と常識と平均以下の洞察力、さらにそれ以下の文章力しかもっていない僕は、この難しそうなテーマをうまく分析し得ないのですが、前から素朴に感じていたことは、天皇は日本人にとって、アメリカ合衆国民にとっての星条旗、つまり統合の象徴。日本人は自分たちが一つの国家としてまとまっていくために天皇制が必要であり、そのために皇族の人権を犠牲にしている。天皇家は日本と言う国家と民族の国体護持のために、すべての国民が憲法で保障されている基本的人権を剥奪されている一家であり、我々は彼らの犠牲の上に日本国民として存在しているのだと言うことです。
占領政策の成功のために天皇の戦争責任を問わなかったマッカーサーも、天皇を利用した点では旧日本の軍国政府と同じです。天皇が日本国民をまとめるのに最も有効な存在であることを確信したからでしょう。
もし昭和天皇が退位し、日本が共和制にでもなっていれば、その後に起こる朝鮮動乱はそのまま日本動乱にまで拡大したかもしれませんね。タラレバの話になってしまい恐縮です。
昭和天皇は個人的には責任を痛感していたのだろうと思います。戦後しばらく靖国神社を参拝していたのも、A級戦犯合祀後は参拝を中止したことも、自身の立場と行動の意味を自覚していたからなのだと思います。
日本人にとって(未来永劫とはいいませんが)天皇制はしばらくの間必要なのかもしれません。(いまのところ天皇家が直接悪事を働いてはいないので必要悪ともいい難い)
日本人にはそういう弱さがあるのでしょう。
悪用されないように気をつけていくしかありませんね。





【2006/09/09 18:52】 URL | 街の古老 #- [ 編集]


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