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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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犬が人を噛んでも事件だ?メディアに求められるもの
 「犬が人に噛みついてもニュースにならないが、人が犬に噛みつけばニュースだ」ということが昔から言われている。もちろん、日常的に起こっていることはニュース性が乏しく、非日常的なことこそがニュースとして価値が高いといった比喩的な表現であり、そのままのことが報道現場で行われているわけではないだろう。
 最近のニュースを見ていると、毎日のように全国どこかで殺人事件が起きている。しかも、親が幼い子どもを虐待して殺したり、中学生や高校生が親や同級生を殺すといった、まさに非日常的な事件が増えている。そして、都市部だけでなく、地方でも同じような事件が起こるようになってきている。
 「普通」の殺人事件は日常となりつつあり、新聞でも大きな見出しがつかないことさえある。かつてはニュースとして報じられた独居老人の孤独死などはほとんどニュースとして扱われなくなっている。かつて非日常だったことが日常になった結果だ。
 テレビでも、新聞でも、出版でも、「人が犬に噛みつく」ようなことに飛びつくのは、どうしても「売るため」ということが前提にあるからだ。経済の論理に巻き込まれ、その価値基準で物事を見ていないかと危惧する。
 リストラなどという言葉を肯定的に使い、ニートなどという言葉も抵抗感もなく使っている。一昔前なら、「首切り合理化」などといったら、経営者に批判の矛先が向いたはずだし、若者の仕事がないなどというのは大変な問題だっただろう。
 メディアにも、それらを日常の出来事にしてしまった責任の一端があるのではないかと思う。
 「人が犬に噛みつく」ような非日常の出来事であった時に、もっと批判的に取り上げなければならなかったのに、流されたり、見過ごしてしまった結果、日常になってしまったと、とらえればである。

 メディアの使命は起こった事実を伝えることだけではないはずだ。事件であればその背景、社会問題であれば解決の糸口を探り、問題提起することではないか。
 私は、「犬が人を噛む」ようなことでも、ニュースになり得ると思っている。取材の仕方、背景を掘り下げていけば、普遍的な中身が導き出せる。
 本来、非日常だったはずの事象だけでなく、市民の日常生活を丹念に見直すことでさまざまな問題の解決のヒントがでてくるような気がする。
 「売る」ことだけでなく、メディアが社会的使命を果たそうとするなら、そこに目を向けるべきだろう。
 それだけに頼らず、まずは市民自身が自分の感覚を磨き、身の回りの出来事や変化を自ら積極的に発信していくことが必要だと思う。日常の出来事だってニュース、社会と切り離された個々人の生活はない。情報の「出し手」の立場に立つことで、一方的に「受け手」だった時よりは周りがよく見えてくるはずだ。
 「市民ジャーナル」はその受け皿となる媒体の一つでありたいと思う。(ゼロテン)
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この記事に対するコメント

非常に感銘をうけました。
【2006/08/31 06:44】 URL | 街の古老 #- [ 編集]


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