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「8月・原爆・戦争」?僕の考える
20060819072640.jpg

 僕にとってこの8月15日は記念すべき日となった。それは僕が写真にある『西欧「偶景」今昔話』という本を出版し、発売日が2006年8月15日であるからである。この本はB6版128ページの小さな本であるが、38才で会社を辞め、西欧10カ国放浪の旅に出て、この地(北上山系早池峰山の麓の小さな集落)に移り住んで14年、僕にとっての今、マイルストーンのような本である。他者からみれば小人のマスターベーションのようなものであるが、人生55年生きてくると、それなりに考えることがある。とりあえず「丸山暁―僕という人間」に御関心ありましたら、ご購入のうえぜひ読んでみてください。
『西欧「偶景」今昔話』絵/文 丸山暁(新風舎1200円税別)。本屋さんに平積という夢のようなことはまずないでしょうから、皆さんのお目にはなかなかとまらないと思いますので、本屋さんに注文していただくか、amazon.co.jpなどを通して御購入下さい。

さて、8月は、僕にとってだけでなく日本にとって6日、8日、15日と暑くてボートしていても忘れてはならない日々がある。
僕は1950年生まれである。だから現実体験としての1945年の8月6日、8日の原爆も8月15日の敗戦の日(終戦の日ともいう)を知らない。だから、当然体験としても記憶にもない原爆や戦争を忘れるどころか知らなくたっていいのだ、とはいっていられない。なぜなら、僕は日本という国の今を生きているからである。

今を生きるという事は、今だけを生きているわけではない。今というのは?tというほんのチョッと前の時間が移動した今であり、今という今とてあっという間に?tの先へ進んでしまう。すなわち固定的な今という今は存在しないのである。このことは微小の時間(?t)でも起こっていることであるが、実は僕たちの人生、歴史というものも、そういう時間の中に存在する。すなわち、今という時代は今だけで存在するのではなく、今とは過去を受け継ぎ未来へつながるための今でである。だから今を生きる僕たちには、今の日本の繁栄と共に過去の大日本帝国の戦争、広島、長崎の原爆も受け継ぎ、未来へつなげる責任がある。

では僕が、日本という国の歴史としての戦争を受け継ぐと共に、僕個人として受け継ぐ戦争とは何なのだろうか。
一つは父母の戦争体験、特に敗戦直前から終戦にかけての満州からの逃避行、引き上げの惨禍、苦労である。ソ連軍の戦車の砲撃、銃撃にさらされながら、逃げ遅れた者たちが戦車にひき殺されるのを目の当たりにしながらの逃避行。母はその時身ごもっており、川を渡れずオヤジが刀を抜いて心中しようとした時、親しくしていた中国人が舟を出してくれてかろうじて助かったこと。その途中兄のお産の産湯を汲みに井戸まで行った父が持ち帰ったバケツには銃弾で穴が開き、何度も水を汲みに行ったこと。引き揚げ船での惨状、日本に帰ってからの苦労。これら父母から聞いた戦争の話を僕は記憶に留め忘れてはならない。父母が戦争を生きぬいたから、今の僕がある。

もう一つ、僕が直接体験した広島の原爆である。もちろん体験と言っても僕が広島市に暮らしたのは1960年頃のことであり、原爆投下時の体験ではない。しかし、原爆投下後10数年経った広島には多くの原爆の傷跡が残っていた。
街で行き交う多くの人々の顔や手足にケロイド(焼けど)で引きつった傷あとがあること。原爆スラムに暮らす友人(彼は転校生の僕にしばらく家を教えてくれなかった)。母親の被爆により髪が抜け落ち、真夏でも黒い毛糸の帽子を被っていたクラスメートの色白の美少女。夏、市内の元安川(きっと数万人の人々が焼け爛れた肉体を冷やし、きっと川とて灼熱地獄だったろうが、水を求め川に身をなげ死んでいった川)で水底に潜ると、貝殻に混じって多くの骨があった。
これらの広島の体験は戦後の体験であるが、僕の非核、非武装、反原発の思想につながっている。僕が今、岩手の山奥で畑を耕しながら暮らしているのも、広島の原爆体験が少なからず影響していると思う。

そして僕の生きる時代にもに戦争がある。ベトナム、湾岸、中東戦争、ソマリア、ニカラグア、アフガン、・・そして今まさに戦場のイラク戦争、イスラエル・パレスチナ。これらの戦争は日本が直接戦場となっていないのが、戦争は毎日のようにTVや新聞を通して、僕たちの心、感性に訴えかけてくる。これらは同時代の戦争として記憶に留めておかなくてはならない。そして、今を生きる僕たちは戦争を止める方向を少しでも模索しなければならない。しかし、日本は戦争のできる国に近づきつつある。日本が戦場となる戦争も、決して夢物語ではない。なぜなら、既に戦争の道具は十二分にそろっている(日本は世界4位の軍事大国である)。何処かに戦争の引き金を引く馬鹿がいないとも限らない。だいたい戦争に突入するのは、国家の責任を背負っている馬鹿な戦争好きな政治家の気まぐれや勘違いからである。これから8月15日は非核反戦の日と『西欧「偶景」今昔話』出版記念日である。
丸山暁〈55歳・人間〉
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