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歴史的建造物の保存を考える?岩手川の酒蔵?
今年3月に自己破産した盛岡市の酒蔵会社・岩手川が所有していた、「浜藤の酒蔵」(鉈屋町)と「浜藤私邸」(仙北町1丁目)が売却され取り壊される恐れがあり、市民団体などが保存を求めて声を上げている。
多くの草の根的市民団体や経済団体がこうした声を挙げることは素晴らしいことであり、そういう声を上げる人がいるようなまちに住んでいることに誇りを感じる。

さて、歴史的建造物の保存に対しては、最近では県公会堂の存続か否かが議論されたことが記憶に新しい。

では歴史的建造物の保存はなぜ必要なのだろうか?

様々言われているところを列挙すると、「伝統の文化の保存」「歴史的景観構成要素の保存」「観光資源としての活用」「原風景・懐かしさの保存」「快適さと潤いをもたらす構成要素の保存」・・・。

これらの表現は、抽象的であるため決め手に欠けるが、抽象的であるが故に底の浅い経済理論に押し切られることが無いと言う利点もある。

私は、都市における歴史的建造物の存在は、ある種の「癒し」であると思う。そういうものがあるだけでホッとする。忙しく動き回る都市の住民ほど歴史的建造物に対する思い込みが深く、田舎のではむしろ新しいものに対する期待が大きいと感じるのはそのためではないだろうか。
もう一つには、都市という集客装置が必要とする要素に「多面性」「重層性」がある。簡単に言うと「雑多」ということである。「雑多」の中には、 “新しいもの”“綺麗なもの”“整然としたもの”“便利なもの”、そして“古いもの”“懐かしいもの”“怪しいもの”“不思議なもの”が混在していて、そこに人は惹きつけられる。
歴史的建造物も、「雑多」の構成に必要不可欠な重要な要素である。

保存の目的に対しては、突き詰めれば多様な意見があると思うが、多くの市民が賛同するのであれば、税金を投入することも違和感の無いところであろう。

ただ、保存の後の活用はもっと難しい。
「公会堂」も保存されたが、活用に対しての熱意は市民から感じられない。

浜藤の建造物も、単なる文化財の陳列品として残すのではなく、岩手銀行や井弥商店跡の正食普及会のように使い込んでいければ、建物が呼吸して生き続け、一層その存在価値を増していけるだろう。
だが、そう言うのは簡単だが、実行するのはなかなか難しいところであり、市民の知恵の出し所かもしれない。
<疾風>
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この記事に対するコメント

面白く読ませていただきました。
いろいろな保存・活用方法を他の先例に学んでみるのもいいと思います。
【2006/08/18 12:42】 URL | maksim727 #- [ 編集]


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