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市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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農業に人件費は必要か?
 水耕でトマトを栽培している新規就農者のところへ、見学に行った。
その水耕栽培の農家は、パートを使用し、化石燃料を利用し、建物や機械などの設備投資をして生産を行っている。
彼は、新しい発想で、農産物の販売に取り組んでいた。
その発想とは、販売先ごとにブランドや包装を変え、値段設定を変えていくというモノだった。
以前、彼の水耕栽培を見学したある農家は、当店に来て「学ぶべきところがある」と感心して言った。
従来農家は、農協から種や肥料を買い、野菜を生産して農協の規格ごとに選別し、農協から資材を購入し、梱包して農協に届けるまでが仕事だった。
そこには値段を付けるという、作業はなかった。
自分が生産したものは、市場が勝手に値段を付けて、さまざまな農協の経費を引かれ、入金されてきた。
ところが、昨今にぎわいを見せている産直で、初めて値段を付けるという作業が加わったが、だれも自分の値段がいくらなのか、分からない。
そのため、市場価格や、最初につけた人の値段を参考にしてつける。
DSCF1492.jpg

彼は「農産物を産直に並べるとき、その値段の中に人件費というモノが入っていない。」と言う。
人件費という概念は、機械が導入され、人々が機械に使用されて、「時間を売る」と言う発想に基づいた明治以降の思考ではなかったでは無かろうか。
機械が導入される以前は、人の手作業でモノが産みだされてきた。
そこには、人の熟練した技が生かされ、その商品に対する想いがあった。
熟練しない若者は、満足するモノを作り出すために大量の時間を消費した。
そして、だんだん熟練するに従い、短時間で作り出す技を習得したが、出来たモノが自分が満足するか?と言う課題が残った。
結局モノを作り出すという行為は、自分の技を高め、モノを生む喜びをもたらす行為だった。そこには時間の効率や金銭は関係がなかった。
それが現在残っているのは、職人技と言われる手工芸品と「農業」ではないか?

農業は、機械化されたとは言え、自分の土地の履歴や土質、そして気象を予測し、野菜の生長を観察し、適切な対処をしながら安定した量のモノを生み出す、職人技である。同じ地域でも条件が微妙に違い、その中でモノを生み出す技は、隣の農家でもそれぞれに違う。
そういう農業の世界に、「人件費」という概念を導入する事は、“技を時間で計る”という熟練さだけを評価し、個々の様々な条件下で作ったモノに満足するという達成感をないがしろにするものである。

農家は、その達成感を求めながら、市民はその技を認める。
そのような関係が作られることが、経済優先社会のなかで、今必要とされているのだが…。
それには、市民のモノを見る目が養われなければ、ならない。
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