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市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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民主党政権 期待はずれシリーズ その2
事業仕分け第二弾

国民の痛みを判っていない民主党

政策各論 1 ムダづかい
(民主党マニフェストから抜粋)


2.特別会計、独立行政法人、公益法人をゼロベースで見直す

【政策目的】○財政を透明にして、国民の政治に対する信頼を高める。

      ○税金のムダづかいを根絶する


【具体策】○特別会計をゼロベースで見直し、必要不可欠なもの以外は廃止する。
      ○独立行政法人の実施する事業について、不要な事業や民間で可能な事業は 廃止し、国が責任を負うべき事業は国が直接実施することとして、法人のあり方は全廃を含めて抜本的な見直しを進める。
      ○実質的に霞が関の天下り団体となっている公益法人は原則として廃止する。公益法人との契約関係を全面的に見直す。




昨年の事業仕分けに続いて、第二弾の事業仕分けが始まった。連日メディアも活気付いている。仕分けの対象が、官僚天下りの総本山と見られる独立行政法人が対象だからだ。

初日、二日目と報道を聞いて、仕分けのスタイルがおとなしくなったような気がしてみていたら、案の定、仕分けを聴講した中年女性が「厳しさが足りない」と発言していた。

前回、科学技術関係の予算を厳しく追求して、ノーベル賞受賞の科学者たちが事業仕分けを批判する会見をした影響だろうか。もしそうだったら、とんでもないと言いたい。

民意は科学者だけのものではない。国民全員である。マスコミ報道に振り回されるような仕分けをするのであれば、時間と金のムダだ。

税金の使われ方の是非を問うのであれば、政治家として国民の目線で行わなければ、国民に選ばれたという権威は無いと、自覚すべきだ。親が子どもを叱るような手加減を加えて、なけなしの税金の運用の是非が問えるわけがない。税金だけでは足りなくて、国民を担保にした借金までしている。

話を変えるが、民主党の仕分け人たちは現場の税金徴収の実態を知っているだろうか。

徴収側である税務署や自治体の徴収部署の厳しい態度は、1円たりとも集めるという使命感に溢れている。使命感と言えば、立派に聞こえるがいわば情け容赦なくとも言える。

滞納すると、根拠不明の延滞税が加算される。それも消費者金融すれすれの高額な率だ。延滞期間によって7.3?14.6%だが、これも馬鹿にならない金額になる。それでも払えず滞納になると、差し押さえをすると高飛車に出てくる。法で定められた義務であるけれども、納税者はこのような環境で税金を納めている。

それに引き換え、使う側(官僚)の態度は憤慨に堪えない。苦労して納める税金はどこにも及ばない金額がムダとか必要性が薄いなどと指摘されると、納税意欲も激しく萎んでいく。極論を言えば税金の不払い運動を起こしたい気になる。

納税者である国民は延滞税・差し押さえという罰則にさらされている。それでも支払えなければ刑務所に行かざるを得ない。

斯様な納税環境にある国民と、その対極にある官僚のムダづかいの責任はどのように問われるのか。どう見ても批判や事後注意程度で放免と見る。ほとんど無傷だ。

一般の企業で会社に損失を与えた社員は、弁償責任を負い免職になる。

この国は公僕といわれる官僚を何時までのさばらしている積りなんだ。

民主党政権を担う議員諸侯は真剣に、真剣に「血税」という重さを考えて貰いたい。

もし、それが出来なければ、民主党も「自民党と同じ道」を歩まなければならないことを、しっかりと肝に銘ずる必要がある。

国民の目は節穴ではない。


〈いかりのMBA〉






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民主党政権 期待はずれシリーズ その1
国民の絶大な期待を受けて政権についてから8ヶ月。期待はずれの連鎖が続いている。

民主党マニフェストは実行を伴わない目標の列記だったのか?


鳩山政権の政権構想(民主党マニフェストから)
5原則 
原則1 官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ。
原則2 政府と与党を使い分ける二元体制から、内閣の下の政策決定に一元化へ
原則3 各省の縦割りの省益から、官邸主導の国益へ。
原則4 タテ型の利権社会から、ヨコ型の絆(きずな)の社会へ。
原則5 中央集権から、地域主権へ。
5  策
第1策 政府に大臣、副大臣、政務官(以上、政務三役)、大臣補佐官などの国会議員約100人を配置し、政務三役を中心に政治主導で政策を立案、調整、決定する。
第2策 各大臣は、各省の長としての役割と同時に、内閣の一員としての役割を重視する。「閣僚委員会」の活用により、閣僚を先頭に政治家自ら困難な課題を調整する。事務次官会議は廃止し、意思決定は政治家が行う。
第3策 官邸機能を強化し、総理直属の「国家戦略局」を設置し、官民の優秀な人材を結集して、新時代の国家ビジョンを創り、政治主導で予算の骨格を策定する。
第4策 事務次官・局長などの幹部人事は、政治主導の下で業績の評価に基づく新たな幹部人事制度を確立する。政府の幹部職員の行動規範を定める。
第5策 天下り、渡りの斡旋を全面的に禁止する。国民的な観点から、行政全般を見直す「行政刷新会議」を設置し、全ての予算や制度の精査を行い、無駄や不正を排除する。官・民、中央・地方の役割分担の見直し、整理を行う。国家行政組織法を改正し、省庁編成を機動的に行える体制を構築する。

 まことにきらびやかな、ある意味では現実の厳しさを知らない、理想主義的な政治信条の列記に見える。

 国民は60年続いた自民党の馴れ合い政治から決別するには民主党だと期待して、怒涛のごとく投票所に足を運んだ。

 ところが、どうだろう。政権発足から8ヶ月。国民は失望の連続と言える展開になっている。政治資金・財政・年金・外交等々、マニフェストで公約した事項がことごとく空回りしている。

 先月3月末で活動を終えた地方分権改革推進委員会が自治体の裁量拡大するために 住民に最も近い市町村現場での仕事を法令で縛る「義務付け」などを廃止するよう求めた384条項の勧告に対して、勧告どおりに権限を移譲すると答えたのはわずか96条項だった。

農水省と環境省は、「ゼロ回答」。

 報告を受けた地域主権戦略会議議長を務める鳩山首相は「非常に不十分。これでは話にならない」と憤ったという。

 翌日の閣議でも鳩山首相は「踏み込みが足りない。抜本的に考えを改めるように」と各閣僚に指示したが、パフォーマンスに終わりかねない。閣僚の中には「何でも地方に下ろせばいいというのは間違い」(赤松農水相)と公然と反論する声が出ている。

 地方分権を推し進め、「地域主権は一丁目一番地」を旗印にする鳩山内閣だが、担当大臣ら政務三役は、数ヶ月で「省益優先」の官僚に取り込まれたようだ。

 政権交代前の民主党は、4千を超す「義務付け」条項の見直しを「最低目標」としていた。勧告に従った96条項も一部の県では既に条例で実施済み。

 現場が本当にほしいものは大半が見送られた。例えば、保育所設置の認可権限や農地転用許可を一般市へ移す条項は「専門知識を持つ職員がいない」などの理由で省庁側は反対した。

 だが、同戦略会議のメンバーからは「専門性に欠けるという理屈は正当性がない。恥ずかしい結果だ」と指摘した。

 大臣たちのていたらくぶりは噴飯ものだ。官僚の代弁者に陥っていることの意識が欠如している。国民目線、地域主権はどこへ行った。

 地域主権を推進する仙谷国家戦略相は「各省庁の権限を守ろうとする政務三役はクビにすればいい」と発言。

 真にそう思うなら鳩山首相自らが、官僚代弁の本人たちを呼び出し、糾した上で更迭するべきだ。その覚悟がなければ、日本の政治は変えられない。

 この地方分権改革推進委員会の結果と冒頭の政権構想を見比べて欲しい。現政権がいかにぶれているか一目瞭然である。


<うわさのMBA>


鳩山

ブックレビュー 木村秋則著 「リンゴが教えてくれたこと」
『奇跡のリンゴ』で知られる、青森のリンゴ自然農法の木村秋則さんの『リンゴが教えてくれたこと』を読んだ。久しぶりに読みごたえのある“本物”に出会ったような感じで、何と言うか、うーん!と唸ってしまって、この人の生き様に脱帽させられた。
 農薬と化学肥料が絶対必要と言われるりんご栽培を、無農薬、無肥料で栽培することに成功させるまでの10年余に及ぶ研究は、我々技術者の原点として大いに学ぶべきことがあった。
 私は土木の世界に長く身を置いてきたが、できるだけ「現場」に足を運び地形、地質や周囲の環境を念頭に置くことが大事だと思うとともに、周囲にもそのことを言い続けてきたつもりであった。しかし、この本の中の木村さんに較べれば、車の中から手をかざして眺めたにすぎなかったのではないかと反省するしかない。
 自然農法と聞くと、品質は悪いが安全だけが取り柄で、無理して作っているという偏見があるが、木村さんの自然農法は、自然の摂理に適った科学的・合理的農法であるということが理解できる。木村さんのやり方は、問題解決のためにまずじっくり観察して現象を捉え、仮説を立てて実行し、その結果を分析し考え、再び仮説を立てて実行する。いわゆるPDCAサイクル(Plan→Do→Check→Action)そのものである。
 たとえば、「夏の暑さは木を弱める。だから病気にかかる。それならば、下草を刈らないと地温が下がり木が元気になる。」という仮説を立てて下草を伸ばす。すると「ミミズが増え、ミミズの糞で土が耕され土が小さな団粒状になり、フカフカの土ができる。樹勢が強くなる」
このような自然界のバランスが出来上がってゆくことを細かに観察して分析してゆく。
 このことは、まちづくり・域づくりについても同じかもしれない。我々は道路や建物をつくった後に起こる変化についてしっかり観察分析しているだろうか。つくりっ放しにしていないだろうか。
 また、この本は、りんごや稲の栽培の中で、土や気候や生物など自然の営みの素晴らしさ、すごさを教えてくれているが、社会の在り方に対しても次のように述べている。
―「日本の経済を樹木になぞらえると、中央に幹(首都)があってそこから枝(地方)が伸びているという構造と考えるでしょうが、私は違うと思います。本当は小枝についている葉っぱ(町や村)がデンプンをつくり、幹を支えているのです。」―こういう考え方も、自分の手で土を握って直に匂いを嗅いでいる人が言うと実感として伝わってくる。
 結局はこの本のなかで木村は、自然のバランスがいいリンゴを作るのだということだ。農薬や化学肥料に頼る力ずくの農業は自然のバランスを崩し、アンバランスの上に立っている農業は大きなひずみが隠されているということを伝えようとしている。
この本を読んでいて、毎日の目先のことに追われて、本質を見失っていたことを知らされた。また明日から出直そうとっころを新たにさせられる一冊である。




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