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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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理想社会になれるか日本
数日前が妻の誕生日だった。よくもまあ、ここまで来たものだ。来たと言うのは、僕と連れ添って24年、この山奥で暮らして15年。東京新橋生れの新橋育ち、銀座・六本木で青春を送り、銀座の大手企業に勤め、銀ブラが日課のような暮らしが、僕と一緒になったばっかりに、雪深い山奥の暮らしとなった。

望んできた田舎だが、僕でも嫌になること「なんでこんな所に」と思うことがある。人生、何かを選択したということは、何かを捨てたと言うこと。今でも有楽町の焼き鳥屋やしゃれたバー(安倍工房が通ったルパンやサンスーシー)が恋しくなることがある。それと、沢山稼げ、小遣い月10万円のたサラリーマン時代。
こんな雪の日に、ふと過去を振り返ることもある。しかし、ノスタルジア、しかも華やかな世界を思い出していては気がめいってくるので、話を社会に戻しましょう。

今日本は、結構大変な時期にある。自民党が結党以来の危機と騒いでいるが、自民党どころか日本の危機である。
アメリカのサブプライムローンに端を発し世界に広がった不良債権、株安、外国資本の引き上げなどなど、それに加えてのというより、相変わらずの内需低迷。しかも、ここに来て石油の値上がりによる物価上昇が本格化してきて、消費は益々冷え込みそうである。
昨日スーパーに行ったら、即席ラーメンの棚をじっと見つめていた若者(学生風)が、手になのも持たず足早に去っていった。先月まで一袋200円前後だった袋麺が500円前後、倍に跳ね上がった。この上昇は、1970年代の第2次オイルショック以上の値上がりではないか。即席ラーメンは貧乏学生の生命線であったし、今もそうだろう。

さて、これから日本は何処に向かうのか。
日本はこれまでのように、世界の物(食料や安価な外国製品や贅沢品)をかき集め、消費拡大するだけの国でいいのだろうか。もちろん、その裏づけとしては、何らかの経済成長(なんらかと言ったのは、大企業、輸出産業だけでなく日本全国で経済成長できる方策が見つからないから)が必要だが。
多分、今の政治や経済の中枢が考えていることは、環境環境といいながら相変わらず大量生産大量消費、そのようなシナリオなのだろう。

さて、そこに、この国のビジョン、生きる道が描けるのだろうか。

今年に入っての、世論調査では、ほぼ過半数かそれ以上の国民は、「少々不便になっても、新しいものが買えなくても」環境に負荷の掛からない生活を望んでいる、という結果がでていた(相当数の国民は自己防衛として経済的にそうせざる負えない人々も多いだろうが)。日本人は、社会性が無い公共性がないと批判する族(巷の有識者先生たち)も多いが、実は、多くの日本人(4割?5割?5割ちょいあたり?あたり)は、世界的に見ても理性的で公正な判断が出来る国民である。
特に子どもたちには、環境学習が行き届いて、物を大切にする心は随分養われたのではないだろうか。

また、どんなに消費が落ち込んだと言っても、衣料販売の現場に行くと、例えば最新の冬服(暖かいダウンやキルティングコートなど)が、去年の走りは12,000円のものが、暮れのバーゲンで9,000円になり今は5,000円まで下がってきた。それでも、消費者は、手に触れて品定めするだけで、買おうとしない。なぜなら、彼(女)等は既に新しい暖かそうなダウンを着ているのである。しかも、ここ数年以内に販売された新車に乗って。

今の日本の中流社会(いかに中流が減ったと言いながら、消費を支えているのは多くの中流家庭である)の消費構造の多くが、このような状況ではないだろうか。
TVとて大型薄型TVをどんなに宣伝しても、心ある、貧しい?家庭では、23インチのブラウン管で事足りているはずだ。それを平成11年には全て廃棄させる(3万円のチューナーを買い、何らかの手当てをすれば見られるようだが)ような政策(これは家電業界と政治、NHKが結託しての政策である)がただしいこれからの方向とは言い難い。

この国が経済発展を続け、消費を拡大し続けるシナリオなど、どうやったら描けるのだろうか。

個人も国も同じであろう。何かを選択する時には、何かを捨てなくてはならない(この国は、経済成長のためと福祉、医療、教育を切り捨てた)。今までのように、大量生産大量消費を促しながら経済成長を続けることは不可能である。このことは、ヨーロッパ、日本の歩んできた道、これからのアジアを見れば明らかだろう。

やっぱり、この国には、今、新しいビジョンが必要である。経済成長を鈍らせてでも、医療、福祉、教育を充実した国を作っていく。もちろんそのためにはお金が掛かるが、医療福祉教育とて、十分産業として成長できる。
豊かさとは、大型TVや最新の車を買うことではなく、自分自身が人間として成長していくこと(アマルティア・センや国連の人間的発展の概念)を豊かさとできる社会がこなければ、日本という国は亡びるでしょう。多分、多くの日本人は今気づき、そのように成長しようとしているのではないだろうか。
しかし、どうも、政治が付いてこない。これは、やっぱり政治のせいか、それを選んでいる政治家のせいか、それとも、この国の方向を決めている東大を筆頭にした官僚のせいか。

多分、東大生と言う人種は、市場経済の中で経済成長を遂げている家庭のボンボンやお嬢さんが多いわけで、結局自分たちの立場を崩壊させる政策を選ぶことはありえないだろう。。
結論はここに来たか。やっぱり、教育。

何かを選択して、何かを捨てる。ドイツの経済成長の裏には、彼等が葛藤してきたここ20年の歴史があるのではないか。
丸山暁〈57歳・人間・田舎人〉

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再生紙偽装問題?嘘をつくよう経営者は退場させるべきだ?
年賀ハガキの古紙配合率から端を発した偽装問題は、ハガキに限らず全ての再生紙、全ての大手製紙会社が行なっていたことが判明した。
その言い訳は「今の技術力では対応できなかった」「消費者の白い紙を求めると言う要望に応えるため」云々。
おいおい、違うだろう・・・。もっと本音を言えよ!といいたくなった。
「ただ、ただ、売上を伸ばしたかったのです。再生紙と表示した方が売れるから。嘘をつこうとも、どんなことをしようとも会社が儲けるためなら・・・。これが組織の本質なのであって、私は組織と組織内の自分の地位を高めるためにこの偽装を指示しました。」 これが本当の本音ではないのかい。

この問題で日本製紙の社長は辞意を匂わせたが、他の王子製紙、大王製紙、三菱製紙、北越製紙では辞任するつもりはないようだ。全員がやっていれば自分の罪も薄まるように感じて、世論が沈静化するまでクビをすくめてじっとしてやり過ごす作戦のようだ。
辞めないことの理由は、「そもそも今回の偽装では、古紙の配合率を下げたため、品質が低下したものを売った訳ではなく、逆に良い物を売ったのだ。船場吉兆や比内鳥や赤福のように品質の悪いものを良く見せたものとは違う。被害者はいない」と。こういう論理はマスコミの間でもまかり通って、追及が手ぬるくなっている。

おいおい、そこでもちょっと待ってくれ!! と言いたい。
被害者はちゃんといるんだぞ!!
被害者は“地球”なんだ。
古紙をリサイクルせず、新しい森林を伐採して使用することは、地球環境を悪化させることなのだ。地球環境が被害を受ければ、地球上全世界の人々、地球上の全ての生き物が被害を受けることになるのだ。

船場吉兆は、そこで買い物をしたごく僅かの客に対する責任を負って社長が辞任し、会社は民事再生にかかることになった。
再生紙偽装は、日本国民全体を騙し、少々高くても少々品質が悪くても環境のために何かしようという善意を踏みにじり、環境活動に対する信頼性を傷つけ、地球に被害を及ぼしたもので、その罪は、船場吉兆の偽装などとは較べ物ならないくらい、極めて重いものだ。
当事者企業はそのことの重大性をしっかり認識すべきだし、社会もそういう視点で今回の事件を考える必要がある。
嘘は泥棒の始まり。
嘘をついて白を切るような経営者をのさばらせてはいけない。
<ハヤテ>

東京最後の饗宴
恒例の正月帰京から帰ってきて、久しぶりにみのもんたのアサズバを見ていたら、ショッキングなニュースが飛び込んできた。一つは「あゆこと平成の歌姫、浜崎あゆの左耳が聞こえない」ということと「新風舎民事再生手続き申請」とあった。

基本的にJazz狂の僕であるが、小さな体で凛として歌い上げるあゆの歌声には、たまに聞き入っていることがある。彼女の突発性難聴という病気はストレスから来るようで、発覚してすぐに治療休養に入れば50%は完治すると言うもので、あゆの左耳失聴は難聴発覚後も10年近く歌いつ続け休養をとらなかったことご原因のようである。僕も一時、ストレスで(田舎暮らしとて、様々な人間的ストレスはあるのです)、耳鳴りを感じたことがあり他人事ではない。

また、新風舎の問題は、何を隠そう(残念ながら、隠したいと言う気持ちもあることも確かだが)、僕自身が当事者であり、出版詐欺とは言えないまでも、本好きを相手にした放漫経営であったことは確かなようで、なんだか、せっかく出した僕の本までが、民事再生に掛かるようで、なんともやりきれない気持ちです。
例えば、親がハレンチな犯罪を起こし、例えば守屋夫妻のような汚職官僚など、子どもまでが肩身の狭い思いをするようなもの。僕以上に本がかわいそう。

新風舎の問題は詐欺とまでは行かないまでも、最近の何が何でも急成長、業績拡大という裏にひそんでいる犯罪、ごまかしと同じ穴のムジナなのでしょう。以前、「あなたも出版詐欺に会いましたね」というコメントを頂きましたが、まあ、なんともはやというところですか。
それでも、『西欧「偶景」今昔話』はいい本です。この子にはなんの責任もありません。温かい目で見ていてください。

浜崎あゆみの悲劇も、稼げる時に稼げ稼げ、働けるだけ使い切れ、という音楽業界のなせる業なのでしょうか。それとも一途な歌姫の悲劇なのでしょうか。みんな真面目に一生懸命に働いているのに、何かが狂ってきた。働いても働いても食えない、働いて働いて自分を見失う・・・・・。
今年も恒例の帰京をしてきました。東京の巨大開発から足を洗い、田舎暮らしを求めてこの地にやってきたとはいえ、決して東京という世界、銀座での生活に魅力が無かったわけではないのです。東京は多分、世界で最も面白いところだろう。それこそいつもどこかが劇的に変化して、何でもありのオモチャ箱。外国文化人や観光客など傍目には、これほど面白い所は無いでしょう。
この日本の片田舎に移り住んで15年たち、東京はどこかアンビバレントな思いでいつも忘れたことは無い。たまには、「なんであの豊かな暮らしを捨てたのか」と頭をよぎることもあった。しかし、今僕は、ここでの北上山系の小さな谷間でくらしている。

東京は、確かに魅力的な街である。しかし、その魅力とはなんなのか、ここ数年帰京する度に思うにだが、段々その魅力が薄らいでくる。

以前は、批判的な視点だが、たまに帰京すると、街の変化(巨大再開発)を確認しながらも楽しんでいた帰来がある。僕とて今だに建築屋。僕がこっちに来てから、都庁やNTTビルなど新宿の後期の開発、恵比寿ガーデンプレイス、浜松町あたりのウォーターフロントあたりの開発までは面白かった。
しかし、六本木ヒルズあたりからのバブル崩壊以降の再バブルの巨大開発は、急速に魅力を失って行った。どこも、ガラスカーテンウォールの高層ビルとなり、小金を持った女の子たちをブランドと甘いもので釣る巨大消費空間と、IT、金融成金企業のオフィスと化して行った。
そんな、巨大な消費装置を、そこで高額な買い物もできない中間階級がぞろぞろテーマパークに訪れるが如く集まってくる。それが、巨大開発の実体である。

この傾向はその後の、表参道ヒルズ、東京駅の新丸ビル、東京ビッグサイトへと拡大していく。そして、昨年末オープンした有楽町もマルイによって、確かに銀座の人の流れが変わった。銀座は以前の4丁目から8丁目から、有楽町から日本橋東京へと人が流れるようになった。
なぜ、人が流れるのか、それは、都市構造の魅力ではなく、ただ新しい享楽的消費空間が出来たからである。東京の開発とは、発展とは、そのようなものでしかない。

これまでの帰京の僕の大きな楽しみは、CD漁りと本屋巡りなのだが、これも段々東京である魅力が消滅してきた。確かに、巨大CD屋や本屋は東京に集中しているが、程よい大きさの魅力的なCD屋(バーゲンや面白いCDを仕入れている)が縮小し、以前は文化の匂いのしていた本屋がなんだか雑然としてきたきた。特に本屋は、経費節減なのか、人員整理を図っているようだった。
銀座から前衛的な画廊が消えて久しい。面白い個性的な画廊が消えて、当たり前の売り絵画廊だけが生き残った。

東京はそんな街になってしまった。東京が、段々魅力を失っていく。ただ、そういう東京だからこそ、これからも崩壊するまで拡大し続けるのかも知れない。
今年も、そんな、都市と田舎を田舎人として描いていこう。そして、僕と言う人間を。
今年はやめようと思っていたのだが、僕の考えるブログのついでに入れておきましょう。
丸山暁〈57歳・人間・田舎人〉

謹賀新年
年初に思い浮かんだ言葉

『陽が極まれば陰にその場を譲る』易経

『バイオマスは再生可能な資源だが、それを育む土壌は再生可能ではない。われわれは確かに作物を含むバイオマスからかなりのアルコール生産を期待できよう。しかし、現在の需要を維持するために考案される大規模なアルコール燃料計画は、現在、われわれが石油や石炭をその他天然資源を枯渇させているのと同じ速度で土壌を枯渇されことになるだろう』F・カプラ

『人は信念とともに若く 疑惑と共に老いる
 人は自信と共に若く 恐怖と共に老いる
 希望ある限り若く 失望と共に朽ちる』S・ウルマン

『組織は創造的破壊のためにある』P・F・ドラッガー

『カオスの縁こそ創発の場』M・M・ワールドロッブ

<ハヤテ>



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