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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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良いお年を
92冬 blog

極寒の中、けなげに花開こうとする、もしくは春を待つ薔薇の蕾。今年の僕は、このようであったかもしれない。
今年の政治は、民主主義の最後の姿のような、劇場というより、ウケを狙った芸人政治のようで、TVの馬鹿騒ぎが政治そのもののような日本になってしまった。このままでいいのだろうか。このままがいいのだろうか。これが日本という国なのだろうか。
さて、今年付き合って頂いてありがとうございました。来年は10日ぐらいから活動する予定です。今日これを見ていただいたあなただけに、良いお年を、来年はきっと、もっともっといい年になりますように。しばしのお別れです。
丸山暁〈56歳・田舎人〉

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TVの世界の現実とフィクション
sun.blog.jpg

寒々した日にこんな写真を見たくはないでしょうが、これが現実です。現実を受け止めなければ前に進めません。これではまるで、どこやらの人生相談の加藤タイゾウですね。

最近やたらと難病のヒーロー、ヒロインが出てくるTVドラマや映画が流行っている。この現象は、美男美女が難病に苦しみながらも、賢明に生きる姿、そして、家族や友人の祈りにもかかわらず死に至るその姿を見ながら、どこかで、「ああ、あんな美男美女でも苦しんでいるんだ。そして死んでいくんだ」と、涙しながら、自分の日常の苦悩、怠惰な日常生活の溜飲を下げているのではないだろうか。

勿論中には、そういうドラマに励まされ、生きる力を得ている方々も居なくは無いだろうし、ドラマの裏には現実に難病で苦しみ命を落としている方々が在ることを揶揄するものではない。
僕の経験では、そんなドラマの走りは、吉永小百合主演の「愛と死を見つめて」だったろう。子ども心に縛は辛くて見られなかった記憶がある。最近では沢尻エリカが太陽(紫外線)にあたると死に至る難病の役をやっていたと記憶している。

そういう、難病のドラマが流行ることを、視聴者が溜飲を下げていると少々皮肉ったが、そういうドラマはあまり知られていない難病を一般の世界に認識させる役割を果たしていることもある。それはTVの力でもある。

毎日のようにTVで死に至る恐怖と戦いながら、政府に訴えているC型肝炎患者にとって、TVやインターネットの世界は何らかの力になりうるのだろうか。視聴者はただ、それをドラマとしてみるのではなく、彼らの支援に何らかの力になりうるのだろうか。
病気の問題だけでなく、多くの社会問題がTVで提起されているが、それが、社会を動かすモチベーションになっているのだろうか。TVという画面で描かれる現実は、ひょっとしたら、TVドラマと同じようなフィクションとして、僕たちのは反応しているのではないだろうか。自問自答してみる必要がある。丸山暁〈57歳・人間・田舎人〉

ロシアプーチン経済帝国誕生で温暖化は止まらない
1212.blog.jpg

この風景を日本的で情緒ある風景と見るか、これからの日本世界の暗雲と見るか?
21世紀の始めにとうとうロシア大経済帝国が復活しそうである。ソビエトが崩壊して、資本主義に移行してからあっという間にプーチンの手でロシア経済帝国が出来上がった。ソビエト時代抑えられていた享楽的自由への渇望(思想的、精神的自由はソビエト時代より抑圧されているようだ、プーチンの非人道性はスターリンを超えたとか)、文明の利器、贅沢品への憧れとあいまって、もうロシアの経済発展は誰がなんと言おうと、何が起ころうと止められないだろう。プーチンが帝王として君臨する限り(国民もそのように支持し、指示するように誘導されるだろうし)。
そして当然エネルギー消費拡大は急激に上昇するだろう。その上、極寒の国ロシアにとって温暖化は、シベリア開発に拍車がかかり願ったり適ったりかもしれない。
アメリカにしろロシアにしろ、自国の経済後退を引き起こすような、環境対策はするはずもなく。当然中国、インドとて。日本も、それに負けじと頑張るしかない。

ヨーロッパでも特にドイツや北欧は、思想としての温暖化対策に移行しつつあるが、日本の温暖化対策は、「白熊さんが死んじゃう、ボツワナの人々がかわいそう」まだまだ感情論の域を出ないのではないだろうか。気温が2°程度上昇(多分20?30年後)すれば、東京の23区が水没(大型台風や地震も当然起こりだろうから)し、日本経済自体が崩壊しかねないにしても、その対策はほとんどとられていない。隅田川のスーパー堤防や血か貯水池、放流トンネルなどが作られているが、それとて、今の東京湾の水位が保たれての話であり、水面1m上昇して低気圧が来て洪水になれば一発でおじゃんであることは、ちょっとした水理、土木をかじらなくての、大人、子どもでも考え付くはずであろうに。

政治家は多分そういう危機的未来には気がつかないのでしょうね。なぜなら、消えた年金5,000万件問題で、前安倍首相は選挙で「最後の1人、一円まで責任を持って照合する」と絶叫し、福田首相や枡添大臣もこの間まで「来年3月までに全ての照合を終え、最後の1人まで救済する」と勢い込んでいたが、案の定、今になって、年金名寄せ1,100万件どまり、1,975万件は困難と言う結末になった。
この件も、誰が考えても、あんな状態のデーターが照合できるはずも無いということは、やってみるまでも無く分かるはずなのに、できると信じているふりをして、できると言ってのける。それが政治家の姿であり、評論家や大学の先生は知ってか知らぬかだんまりを決め込んでいる。

温暖化問題も、多分、その程度の政治判断で対策が立てられていくのだろうから。もう個人的には自らのサバイバルゲームに入るしかない。

ちなみに、ヨーロッパでもドイツ、北欧で温暖化問題に敏感なのはルター派キリスト教の影響があるようだ。人類はやっぱり思想と言う問題を手放したらおしまいでしょうに。
温暖化対策は、経済問題少し大きい文字では解決しないだろう。それは思想の問題である。ノーベル平和賞のゴアは経済発展をしながら技術革新によって温暖化を防げるとのたまっているが、それはきっと、一部超経済大国の一部高所得層だけが反自然(自然排除的)高度文明の中で生き長らえるための方便であろう。
丸山暁〈57歳・人間・田舎人〉

学歴格差社会
basu.jpg

今日久々にバスに乗った。この路線(我が谷筋から街まで)には、ここに来て14年で2?3度しか乗っていない。今日は、上さんの車がエンストしたので、車屋に持っていったら、上さんの車の点検ついでに、僕の車も点検をしてもらったら、なんと、僕に方が重症でいま整備中。上さんも仕事で居ないので、バスに乗った次第。
そのバスの中はこのとうり、客は僕1人、いわゆる山間地の典型的な赤字路線である。日本中このような路線があり、車社会の中、廃止問題がいつも起こっている。いつもは無くていいものだが、無くなったら困るものの典型である。
都市をより巨大化して、過疎地は崩壊させよ、それが効率的な国家運営だ、という考え方も、一理あるが・・・・。
さて、TVニュースで渡辺行革担当大臣が、省庁を回って独立行政法人の廃止統合に向け駆けずり回っている?風景を放映していたが、渡辺大臣のポーズにはやる気もあるように見えるが、どうも、戦略無く動き泡っているのは、ただ、動き回っているだけにも見えて危機感が無い。まあ、一つでも二つでも廃止すべきは廃止して欲しいものだ。
ただ、必要な組織は残すべきで、文部科学省の日本学生支援機構を廃止して奨学金も廃止するという。とんでもない話である。

日本の今の格差社会の拡大は、教育格差につながり、貧困層を固定しかねない(既に東大あたりは完全に教育格差は存在する)。
最近の経済紙などの、学歴と賃金の関係を見ると、少々のでっこみ引っ込みはあるが、国立の場合は東京を中心とした中央が優位で入試偏差値とほぼリニアーな関係にある。私立においても早慶を頂点として概ね偏差値順である。ただ女子大はかなり特異な傾向があるようだが、どうもお嬢さん学校には疎いので。当然のことで、高卒中卒となると格段に収入は低くなる。
勿論、この関係は一般的な傾向であり、高卒の億万長者もあり、名も無き大学の社長もあり東大出の貧乏人もあるが、いわゆる一般的な企業に勤めた場合の傾向である。

ちなみに東大の平均年収が831万円で僕の出た埼玉大は728万円でほぼ100万円の開きがある。ちなみに九大748、千葉大709、徳島676てなグワイである。私大は慶応824万円白百合822、早稲田785明治753大妻747・・・大東文化606手名ぐあいである。(プレジデント参照)
結局収入に大学ランクが出ると言うことは、大学によって就職先が決まってくると言うことである。大体大学の偏差値順に企業ランクも決まってきる構造になっている。一時、企業も学閥は廃止などと言っていたが、また元の木阿弥のようである。
ちなみに建設業で見ると、僕のいた竹中工務店は平均年収967万円だとかで、・・・・え、そんなにもらえたの、と空を見上げたりして。嘘ですよ。でも少しこんちくしょうですが。
大学が違っても、大手に入ればそれなりに、高所得にはなる。

そんなことを言いたいのではなく、奨学金廃止の件でした。
この国は、日本だけではないでしょうが、学歴社会がいつも問題になりながら、一般的には学歴で人生が変わってしまうのです。
残念ながら、いい大学に入っていい会社に入って高収入を得て、というのが一般市民の生き方であるとしたら、やはり、政治は、全ての国民に平等なチャンスを与えるべきでしょう。
本来なら、高校までは無償にして、国立大学は以前のように入学金1万円授業料月1千円に戻すべきでしょう(40年前)。少なくとも、物価スライド程度の増額で。その頃でも、奨学金があったから大学にいけた強調文若者が多かったのです。
今の経済格差が拡大する社会では、奨学金を倍増してでもおかしくないのに、廃止するなどとんでもない話です。
今もこれからもこの国が自由主義競争社会を目指すなら、全ての国民がスタート地点やターニングポイントで平等な土俵に乗れるようでなければフェアーな社会とはいえません。
この国には既にフェアーなんて言葉はありませんか?何事も力ずく金任せですか。

丸山暁〈57歳・人間・田舎人〉

出版詐欺が話題になっていますが
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今朝TVを見ていたら、60歳から65歳の3人組の窃盗グループが、盗みを繰り返しながら、全国の観光地めぐりをしながら遊興にふけっていたという。盗みに入られたほうはたまったものではないが、現代という時代、豊かになり、食べるためではなく、高齢者が遊興三昧に窃盗を働くとは、まさに享楽的社会になったことの証だろうか。

さて、少し前に「市民ジャーナル」だったか「僕の考えるブログ」だったか、小生の『西欧「偶景」今昔話』(新風舎)の宣伝をしたところ、「あなたも出版詐欺に会いましたね」旨のコメントを頂いた。今、巷では、出版詐欺が話題になっているようです。新風舎もこの夏に、著者から「60万円返せ」と訴えられているようだし、先日はNHKTVのクローズアップ現代で「出版詐欺」の特集があり、たしか、今共同出版や個人出版で大々的に宣伝している文芸社が取り上げられていたようです。

では、僕の『西欧「偶景」今昔話』(新風舎)は出版詐欺だったのでしょうか。参考までに、僕の経緯をお話しましょう。
僕自身、いくつか本にしたい原稿(5つ6つ絵本や画文集)を十数年前から持っていて、大手から中小の出版社を訪ねたり、コンペ(いくつか賞は頂いたのだが)にだしたりで、画策していたのですが、なかなか。
そこで、新風舎の共同出版がひっかっかってきたわけです。共同出版とは、簡単には出版費用(印刷とか編集、経費など)は著者が負担して、その後の販売戦略は出版社が担うというものでしょう。

本を出したいと考えている多くの人は、ただ本にすることだけではなく、出版コードが付いて、普通に本屋さんに並ぶことを夢見ているわけです。だから、単なる自費出版では、本屋の流通に乗らないので、何処かの出版社から出したいと考えるわけです。

僕の体験上、新風舎からの出版は、出版詐欺なのでしょうか。僕の評価は、美味く載せて出版費用を出させる、という面は多少詐欺の手口が入っているが、一応ちゃんと編集して本が出来て(800冊刷って、手元に300冊)、新風舎企画のブックフェアーや宣伝媒体には乗って、一般誌でも広告をだし、インターネット関連はあちこちに宣伝を出している。問題はいわゆる本屋さんに足を運んで、もしくは通信を介してでも、本を置く努力をしているか、ということです。
多分、このような出版形態に不信感を覚えている方は「〈本が本屋に並びます〉といっていたのに、僕の、私の本が本屋に並んでないではないか」ということではないでしょうか。

では、新風舎の共同出版の本は本屋に並んでないかと言えば、そんなことは無く、けっこう並んでいます。ベストセラーになったものもあり、増刷をして印税が入る人もあるわけで、これは、本、出版というものはある意味、文化的ギャンブルと言える一面があるのではないでしょうか。
世界のカフカや宮沢賢治とて、生きている時には、全くと言っていいほど本は売れなかったのだし・・・、いい本だから本が売れるわけではない、くだらない本でも宣伝次第ではベストセラーにもなりうる、ということも多くの著者は知っているのではないでしょうか。

ただ、新風舎にも問題がないわけではない。問題は、このような出版社の体制が、本を売ることより、文化心をくすぐって素人に本を作らせることに力が入っていることです。ただ、多くの著者はそれをある程度しっていて、のっかているのではないでしょうか。
本が出せてよかった、というのが一般的で、あわよくば、それで一儲け、そう簡単にはいかないでしょう。それこそ、バクチでしょう。また、どんどん売れる本なら、まあ、何処かの本屋が頼みに来るでしょう。
さて、このような出版方法、”guilty or not guilty”、判断の分かれるところでしょう。これは、多分、政治家の公約のようなもの、うまくいったらうまく行くし、駄目だからといって犯罪として裁くわけには行かない。

ということで、僕の『西欧「偶景」今昔話』(新風舎)1,200円は出版詐欺に合って出来た本だとは考えていません。
10数人の方々から、「今年であった1番の本・・40代TVデュレクター」「人生の節目に読みたくなる本・・・公務員50代」「旅ばかりしていたが、そろそろこれからの人生を考えたい・・・30代女性」など・・感想が寄せられていますが、けっこう、現代的にいい本ですよ。

どんな、状況で出来たにせよ、生まれた子どもは可愛いもので、誰になんと言われようと愛情をもって大切に育てていかなければなりません。『西欧「偶景」今昔話』(新風舎)1,200円、ぜひ、読んでみてください。丸山暁〈57歳・人間・田舎人〉

お粗末な科学立国大日本
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昨日白菜を収穫して、室にしまって、今年の我が家の畑仕事は終わりました。感慨無量。春、耕し、種を蒔き、苗を植え、様々な野菜たちを、数ヶ月から半年経って収穫し、冬を迎える。その間、大体30種類ぐらいに野菜たちを育て食べている。こんなことを14年やってきた。何のために?さあ?やりたくなったから。

今日の夜は、「花巻市まちづくり基本条例」シンポジュームがあり、僕はパネルディスカッションのコーディネーターとして、参加してきた。なかなか立派な(面白い)コーディネ-ターぶりで、我ながら会場も巻き込んだ面白いシンポジュームでした。主催者の花巻市も「シナリヲなしでこんなにできるとは」と、喜んでいたようだ。どうも、行政というものは、出来上がったシナリオを面白くも無く忠実に実行することには長けているが、創造的変革行為は、いつまでたっても苦手のようです。

さて、数日前の同じ日の新聞に「高放射性廃棄物固化装置が故障、六ヶ所村再処理工場、製造直後の固化体は近くに20秒いれば100%死亡」「プルサーマル再開準備、高浜原発、感電地元了解なら」「科学技術立国への道は、前門の米後門の中印とどう戦う、日本の科学技術予算は先進国で最低水準」という、3つの記事が出ていた。

これらの記事から読み取れる、この国の科学技術政策とは、「基礎的科学技術研究には金をださず、どの程度危険か先が見えなくても、儲かるなら巨費を投じて推し進める」ということなのだろう。しかも、そのような、国家存亡に係わる技術の可否、推進方針を、民間に委ねている。

あきれ返ったのが、フェブリノゲンによるC型肝炎感染の問題で、厚生省の見解は「フェブリノゲン投与の状況を把握していたが、それを告知するのは医者の役割で、厚生省の責任ではない」と、いけしゃあしゃあと言ってのけた。
それは、「厚生省は、ある条件下の数百人の国民が明解な理由により、死んでいくのを知っていたが、彼らを死に至らしめる直接的原因を作ったのは、厚生省ではないから、知らん振りをしてもいいのだ」と言ったのと同じである。このことに知らん振りの枡添大臣も、結局ただいきがったポーズだけの役人任せの大臣だったようだ。

ついでに言えば,増田総務大臣は、改革派知事の経歴を生かして地方のためにといいながら、なんら、改革案も出来ずに、これも若手元気印のポーズだけだったようだ。このことは、実は、県知事時代から分かっていたことで、何か新しいことをやっている風には見えるのだが、実体は古い体質のものの見せ方を、少々変えただけの知事だった。

話が飛んでしまったが、この国に、今、将来、何が大事なのかという議論が、政治や社会の中枢の何処にも無い。特に、将来の危険や障害に目をつぶって、産業構造と融合した科学技術しか育てられない国は、間違いなく、早晩落ちぶれていくだろう。
子どもの教育費も先進国では最下位だし、これで学校や子どもを締め付けて、勉強しろ学力を上げろといってみても、それではまるで安上がりの機械的産業労働者を生産するための、奴隷社会ではないか。
政治は世界最低で、国民の忍耐力と勤勉さはいまだ世界最高。しかし、そんな社会への不満、疑念、不安がいろんな場面、人間の心に表出してきているのではないだろうか。そんな国民を横目で見ながら、稼ぎまくってきた大企業や政治家たちを、誰がいつ糾弾するのだろうか。グローバル市場経済社会というものは、それをより1層推し進めているが。

今日は疑問だけで終わります。今何が大切かを、個人も家族も地域も国も社会も真剣にじっくり考えてみないと〈大変なことになりますよ〉。
丸山暁〈57歳・人間・田舎人〉



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