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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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安倍改造内閣と増田さん
roberia.blog.jpg

今朝は雨模様だったが、今は夕方の明るい日差しが射してきた。今日も小1時間薪割りをやって汗をかいてきた。写真の薄紫の花はロべリアという名前で、最初は爪楊枝程度の1本の苗が、二月もすると、こんなにわさわさ元気に育ってくる。栴檀は双葉よりかんばし、1本の小さな苗でも、しゃんとしているのがやっぱり大きく育つ。

さて、安倍内閣の組閣はいかがなものか。昨夜の安倍総理の組閣会見、各大臣の記者会見を聞いてみて、皆さんは、この内閣が我が家のロベリアのように大きく育つとお思いでしょうか(勿論国民のために)。個々の批判や感想は、各メディアや評論家に任せておくとして、僕が最初に感じたのは、まあ、覇気の無い内閣だことでした。しゃべっている内容も、姿勢も、応答も、ま、今回はどたばたと仕方なくなってしまいました、てなものだからだろうか。とにかく一刻も早く安部さんには辞めてもらわなければ、内閣改造したしたからとて安部さんの人格が変わるわけではなし、問題は安部さんにあるのだから。

その中で、それなりにてきぱきしていたのは枡添さんでしょう。短期間で何が出来るのかわからないが、いずれにしてもはっきり意見を述べられるだけでもめっけものでしょう。アレだけTVで物を言っているのだから、言ったからにはやらなきゃ男じゃないよ。
僕も、ここのところ、公的な場で話をすることもあり、「僕は何て話が下手なのだ」と反省の日々なのだが、総理や閣僚たちの記者会見を聞いていると、なんだ僕のほうがけっこうしっかりしゃべっているじゃないのと安心してしまう。

あまりサプライズもなかったと批判されている今度の組閣だが、ただ1人の民間人起用、増田総務大臣がサプライズだったかもしれない。ただ、彼は民間人といっても、12年岩手県知事をやり、今も政府の地方分権何とか会議の副委員長をやっていて、どっちみち国会議員を狙っていたのだから、それほどのサプライズでもないが。
ただ、増田さんにとっては、今度の入閣は降って沸いた幸運なのか、災難か、それとも安倍政権の地方置き去りの尻拭い役なのか、僕は、増田さんにとっては将来的にはちょっと問題の入閣ではないかと考える。

増田さんは、もともと民主の小沢さんに後押しされて3期12年岩手県知事をやっていて、どちらかと言うと自民党政府に批判的な知事だった。その知事が、安倍内閣で入閣して、解散総選挙となった時に増田さんは自民党から衆議院にでることになるのだろう(知事時代小沢さんとも距離をおくようになっていたとか)。岩手選挙区で彼が出るとき、民主党のほうが有利ではないのか。選挙民は彼をどう評価するだろうか。

増田さんは、三重の北川知事や島根の片山知事などと、全国的にも若手革新知事の名を欲しいままにしていた知事であり、今度の組閣もそのことが評価されて入閣となったのだろう。さて、そんな増田知事とはどんな知事だったのだろう。
彼は、僕が岩手に越してきて直ぐに知事となったこともあり、若手革新派としてずっと注目していたし、実際に数回知事との懇談会で会話もしてきた。そんなことも顧みながら、これからの地方を支えるであろう増田さん評をしてみたい。

結論からいうと「バブル総仕上げの知事としては60点、将来に向けた持続社会知事としては?60点」である。
増田さんがまずやったことは数千万円かけて岩手キャンペン「いわて頑張らない宣言(椎名誠起用)」である。県の職員の名刺に椎名誠の写真があり「岩手県の職員はみんな椎名誠にか」と思ってしまった。これは、バブル経済のどんどん行け行けの反省からスローライフ、スローフードが流行ってきた矢先のことである。そこでは、なんだかこれまでと違うじゃないと言う期待感があった。
しかし、それもいつしか忘れられ(最後は自動車産業で頑張るんだと)、政策評価、行政改革、市民との協働、NPO、公共工事削減・・・、実にてきぱきと、時代を先取りした政策を打ち出して来たかに見えた。

そして、3期12年増田さんが知事をやり終えてみると、バブル期、バブル後計画された大型工事はほとんど実施(相当馬鹿馬鹿しい無駄なものがある)、市民の反対の多いダム工事も再評価を繰り返し計画推進、地元企業泣かせの中小公共工事削減でばたばた倒産、景気が低迷、経費削減で病院、学校統廃合・・・。彼が去るときは、地域から高校が消え、病院が縮小、医者が消え、県の負債は倍増1兆円(8千億か9千億か)近くなっていた。
そして、彼は改革知事の勲章を貰った。こうしてみると、増田さんこそ真の小泉チルドレンではなかったか。
これは多分に、地域が疲弊し暮らしにくくなった岩手県民僕個人のひがみ的批評かも知れないが、対外的には実に先進的だと評判の良かった知事である。
さて、そんな増田さんは、総務大臣としてどのような地方像を描くのだろうか、実は彼の12年間で岩手の地方像が見えてこなかった。地方は秋を迎えお寒い限りである。
丸山暁〈56歳・人間〉

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さよなら内弁慶内閣
sunset4.blog.jpg

8月も下旬に入り、残暑で昼間は30℃になるが、日が落ちるとさすがに涼しくなってくる。これが自然の大地のなせる業なのだろう。ここにはヒートアイランドがなく、そろそろ秋の気配がやって来る。
秋の気配がずっと続いているのに、なかなか冬が来ないのが安倍内閣である。本当は、政界も国民も寒々しているのだが、「さすがKY(KYとは空気が読めないの略号だそうです)」安部さん、来週には組閣だとか、さてさて、何日持つことやら。

それにしても、政治とは本当に馬鹿馬鹿しくなってしまった。せっかく民主党が参議院を奪回したのに、さっそくサクラパパとかが賭けゴルフだか浮気スキャンダルで叩かれ始めた。民主党の選対さんや勿論小沢さんも、ちゃんと人を見る目が無いのですね、誰が見たって、サクラパパが清く正しそうには見えないでしょう。ちょっと選挙前に調べれば分かること。というよりか、勿論誰が議員に立候補してもいいのだが、どこか「品」がやっぱり欲しいよね。

さて、安部さんも最後のお勤めで、外遊に出たが、インドで東京裁判のパール判事の遺族を訪問して「日本人はパール判事にこ好意を持っている」とわざわざ言い行ったようだ。これが彼の戦後レジームなのだろうか。こんな気づかいが出来るなら、日本人の悲願核廃絶、「インドの核兵器保有を日本としては認めない」、とちゃんと言えればいいのだが、そんなことには気づかないのだろうか。情けない。
彼は、国民の声には耳を傾けようとせず、外国では愛嬌を振りまく「内弁慶さん」でした。
それに、インドに感謝するなら、日本人の国民食となったカレーを日本に伝えた、インド人革命家チャンドラボースにこそ感謝すべきでしょう。

もう一つ、どうせもう終わる内閣だからどうでもいいが、小池百合子防衛大臣が「次はやらないといってるでしょう、イージス艦秘密漏洩の責任を誰も取らないじゃない。私が責任をとるわよ」と記者たちに啖呵を切っていた。まあ、日本の防衛問題をどの程度考えていたのかは別にした、最近の大臣の中では、潔くてあっぱれ?と言っておこう。いずれにしても、守屋事務次官問題で継続は無理と読んでの事だろうが。あっさりしたものよ。そんな政治で、この国は守られている。
丸山暁〈人間・56歳〉

防衛省人事騒動?シビリアンコントロールの危機?
ここ数日マスコミを賑わせた、小池防衛大臣と守屋事務次官の人事を巡る確執は“両者痛みわけ”で終結した、と報道が成された。しかし今回の騒動はそんな軽々しい問題と捉えていいのだろうか。

否である。

小池大臣の資質や人事案が良いとか悪いとかの問題ではない。
ことの所在地は防衛省である。わかり易く言えば、日本軍部の指揮権を巡る問題である。
文民統制の長である防衛大臣に対して、軍部のトップの事務次官が公然と反旗を翻したのである。
事務次官という公務員が、国民から負託を受けた大臣に反抗できるのは、バックに自衛隊という軍隊が控えているという無言の圧力があるからである。
こういう問題が起れば直ちに事務次官を更迭し、シビリアンコントロールを明確にしなくてはならないが、首相官邸筋は事務次官に肩入れをするという、とんでもない対応をとったのだ。
その結果、“両者痛み分け”と報道されているが、実際は、文民大臣の人事案が軍部(事務次官)の圧力により変更されたという重大な事実が生じたのである。
しかし、当事者の守屋次官は、そういう軍部の圧力と言われることは心外であろう。そういう意識は無いからだ。そして、小池防衛大臣や塩崎官房長官、安部総理もシビリアンコントロールの問題だとは認識していないだろう。
しかし、こういうことは個々の人間が無意識のうちに、組織の意思が形成され行くものなのである。
共同体組織の意思が知らず知らずのうちに形成されてゆき、気が付いた時には、個々人の意思ではどうしようもなくなるものなのだ。
それは戦前の日本軍部、ソビエト共産党体制などの歴史が教訓として示している。

事は松岡・赤木両農水大臣の事務所費問題や柳沢厚生労働大臣の失言などとは較べるべくも無く、桁違いに重大である。

芽が小さいうちに摘み取らねば、取り返しがつかなくなる。

こういう重大な問題を認識できず、トンチンカンな対応の指示を出す者が総理大臣や官房長官の職にあることは、国民にとって非常に危険であり重大問題である。
<はやて>

続々この国をだめにする・・・
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前回のこの欄で「この国をだめにする女性政治家」を書いたら、「?何故女性に限って批判するのか、?女性に嫉妬しているのでは??貴方がやれば清く正しく出来るのか??貴方が立候補したら」旨の批判的なコメントを頂いた。まず、記事にお怒りでも、感心を寄せていただいたことに感謝いたします。
さてコメントにお答えしておきます。?ですが、僕は女性政治家に限って批判しているわけではありません。以前「この国をだめにする政治家」として、平沼勝栄、松岡元農水大臣、同赤城・・安倍首相、山本一太あたりをとり上げたことがあります。?ですが、女性に嫉妬しているのではなく、女性に期待しているから批判的にも見るのです。ぼくは女性の女性性を否定してはいません。ジェンダーによる性差を全て否定するものでもありません。かえって、女性であるが故の政治を期待するあまり、より権力志向の女性に少々反発するのです。?以前若い頃、村長になりたかったこともありましたが・・けっこう清く正しく生きている方だと思います。?政治を含め権力を批判したからと言って、「なら、貴方がやってみたら」と言われたのでは、何もいえなくなります。悪しからず。

先の女性政治家批判で自民党だけでなく、社会党の土井たか子さん、社民の福島瑞穂さんを批判したのは、土井さんが党首になった当初はけっこう社会党も人気があって、日本の政治に変化が現れるかとも思われたが、結局彼女も、辻本清美の事務所費問題あたりで、結局自民党と同じような組織論でうやむやにして、辻本清美を追い込んだ。アレにはがっかりさせられた。土井たか子が政治的に社会主義路線(社会主義国家ではなく社会主義的政策)の勇であれば、女であれ、お化粧が濃くなっても応援したのだが。僕は、20で選挙権を持って以来東京ではほとんど共産党か社会党に投票していました(以前都市部では社共はけっこう人気があったのです)。

現在の社民党首福島瑞穂さんを批判するのは、今この国にも、世界的にも必要な政治勢力は、グローバリズム、市場経済、民営化すすめるサッチャーリズムでもレーガノミックスでもなく、ヨーロッパ型の社会主義的政治勢力なのだが、現社民党は、自民党反対だけの論陣で、環境、社会福祉、世界平和を論理的に探求し、政治の場に提示する姿勢が見えない。
僕は、本当は社民にも期待したいのです。要は、彼女たちを批判するのは、アンビバレントな思いからかもしれません。

今度又、男女混合で、この国をダメにする政治家か、この国を良くする政治家を書いてみたいと思います。今一番この国をダメにしている露出度の高い政治家は、安倍首相と枡添要一かな。公明党はほとんどダメだが、記憶に残らないから名前が浮かばない。

今日は言い分け的ブログになってしまいました。
今一番気になること、北極海の氷の融解が加速化していること(予想より30?40年早い)と、千葉県の連続地震。あのあたりの海底には地震の巣があり、活動期に入ってくる。そういう地震が連続すると、東京直下型地震を誘発する。
僕は、東京からこの山奥にやってきたが、東京も嫌いな訳ではない。東京も僕にとってはアンビバレントな世界かもしれない。だから、東京も乱開発ではなく、着実な防災体制、首都移転などを真剣に考えて欲しいのだが。どうも、政治は事が起こるまで動かない。やっぱりいつか、東京を壊滅させる政治家たちを書かねばなるまい。
まず第一に、石原慎太郎。
丸山暁〈56歳・人間〉


「この国をだめにする女政治家(2)」?僕の考える
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ちょうどこの田んぼのあたり(岩手県大迫町(現花巻市)外川目24)が、岩手県で最も夏場に高温になる地帯だそうだ。多分今36℃ぐらいあるのではないか。このことを数年前に今は無き地元のマッチャンが教えてくれた。マッチャンは、名杜氏で全国引っ張りだこで、天皇が「美味い」と言ったというお酒を造ったと自慢していた。生前、冬場の杜氏の出稼ぎを終えて、春先、美味しい新酒を何本も持ってきてくれた。僕は、天皇と同じお酒を飲んでいた。だから何だってんだって?
地球温暖化で、日本も関東以南は熱帯化して、まともに暮らせるのは北東北ぐらいだろうなどと考えていたら、とんでもない、ここのところ、北東北が関西や東京よりも熱いときた。何たることか。とんでもないことだが、どうしようもない。

そんな糞暑い時に、これまた暑苦しいオバサンがTVに出ていた。それは防衛大臣小池百合子です。九間防衛大臣が「原爆仕方が無い発言」で辞任して、小池百合子がなって面白かったのが、就任当日三回御召しかえをしたことで、どうせ短命内閣の見世物大臣だから得意げに、ニコニコ笑って去っていって欲しいと思っていたら、さすが負けん気が強いおばさん、さっそくアメリカに行って「テロ特措法継続」や「ライスさんと私はジャパニーズライスと姉妹宣言」するやらあげくの果てに人事で空騒ぎしてみたり、よくも短期間にはしゃいで見せてくれたことか。

どうも最近の政治家は、政治が目的ではなく、大臣になってはしゃいで見せるか、一寸どじをやって目立つか、TVに出てお笑い芸人にもて遊ばれることを快感とする、幼稚な族が多いようである。なにか、国民が期待していた以上の、政治的仕事をするものは皆無である。特に、最近、女性政治家が表舞台に出てくると、どうも政治ではなく女を売り物にしているようで気に入らない。小池百合子、野田聖子、片山さつき、丸川珠代、福島瑞穂しかり。
やっぱり、政治家はオバサンであっても政治的なセンスを持っていて欲しい。嘘でもいいから。それが涙かおしゃれかお飾りかで、どれもこれも信頼できない。
小池百合子が日本の女性首相第一号などと、もてはやしている族もあるが、とんでもない話で、今度の防衛大臣での浮かれようで馬脚が見えたでしょう。これで、彼女が総理大臣の器ではないことがはっきりしてよかったです。彼女が総理大臣になったらきっと「私は日本のサッチャー」といいながら非常な政治を行うことでしょう。
レーガンとサッチャーの推し進めた市場経済、なんでも民営化策は、世界経済のために本当に貢献したのでしょうか。その検証はできているのでしょうか。

僕は決して、男尊女卑ではありませんが、男でも女での、政治家が大臣になったりTVに出たりで軽率に芸人並にはしゃいでいる姿を見たくないのです。どうも、この国は芸人の国になりそうです。
女性政治かも市川房江さんあたりがやっぱりいいですね、どうも土井たか子さんの化粧が濃くなってきた辺りからこの国も女政治家が女々しくなっていたようだ。安部さんような女々しい男政治家は早く止めてもらわなくてはならないが、女々しい女性政治家に、貴女は女らしいからやめてくださいといえないとこが女性政治家は厄介である。そんなこと言えばセクシャルハラスメントとやらになってしまうのでしょうか。

もう夕方6:00なのにまだ部屋が35℃あり、どうも暑くて頭も回らないので今日は終わりにします。
僕の考えるブログも同じにします。悪しからず。
丸山暁〈56歳・人間〉〈田舎人〉

対話のしかた「コンセンサス会議」
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あまり奇麗な写真ではないが、我が家自慢のハーブの一つバジルです。我が家には数十種のハーブがあるが、バジルだけでも5種類ある。毎年種を蒔き、苗を育て、ハーブティーで飲んで(これがまた甘い香りがして滑らかないい味がするのです)、ここまで大きくなると、そろそろ刈り取ってピイストゥー(ニンニクや松の実を混ぜた保存食)にしたり、乾燥してハーブティーとして保存するのです

当所14年前、この地に来た頃は、まあ、畑に時間がかかったこと、ある時期は毎日朝から夕方までやっても、なんだか、進まず、かなりしんどかったのだが、しばらくして、特にここ数年は、畑の労働が、数分の1に減ったような気がする。
それは、畑の作業に慣れてきたこともあるが、僕と我が菜園の園長である上さんとのコンセンサスが得やすくなったことである。最近はツウカーでほとんど、もめることなく作業が進んでいくが、以前は、どれを何処に植える、いつ植える、今何をするで、一々意見が食い違ったり、反論したり、あげくに喧嘩になって作業が中断したりで、無駄な時間が多かったようです。

それが今は、様々な経験や、情報を共有したり、相手を信頼することで、ほとんどもめることなく事が進んでいきます。やはり、ここまで来るには、幾つもの意見の対立や、失敗や、協調や、すなわち「対話」を重ねてきた結果です。それでようやく、畑に関してのコンセンサス(意見の一致)がえやすくなったのです。たとえ、その関係が社会の最小単位2人でも、けっこう時間がかかるのものです。

数日前の新聞に「長野県の公共工事評価委員会のダム反対派(田中前知事が推薦した)の委員、金子勝(慶大教授)と保母武彦(島根大教授)を長野県の土木部長が丁重に辞めさせた」という小さな記事がでていた。
ここ数回の市民ジャーナルに、柏崎刈羽原発の震災事故を契機に、この国の大規模建設事業のあり方を批判的に書いてきたが、僕は、単に大技術や大規模公共工事、原発を否定するのではない。僕が問題にしているのは、事業の意思決定、疑問、問題が起こった時の判断の仕組みを問題にしているのである。
要は、先の記事に象徴されるように、国や県の重要課題、特に巨大公共事業や電力など国家プロジェクトが、事業者(国や行政、国策会社)に都合がいいように、技術的、科学的にではなく、政治的(経済的)判断によってに決められていくことである。

その構造を簡単にまとめれは、経済団体が政治家を動かし、もしくは官僚が政治的に、大規模公共事業を発意し、それを官民が一体となってっ推進、研究開発し、その裏づけに東大に代表される御用学者(巨大都市の乱開発は早稲田も尾島教授だったり、制度的なものは国士舘や国学院や右翼的な大学であるが)がお墨付きを与える。
そこには端から、中立な立場で、そのプロジェクトを政策的にも技術的にも評価できるものが介在していない。国がやると決めたらやるのである。この構造が今の日本を作ってきたのであり、その構造が国の隅々末端部の県市町村レベルまで行きわたっているのである。

国の政策、予算配分を地方がそのまま受け取り、省庁よりは小規模の公共事業を地方議会や民間企業が画策し、それ裏づけを地方国立大学先生方が受け持つ。皆さんの、それぞれの地域の何々委員会(最近流行っている政策評価や公共工事評価など)のメンバーの発言を注意していれば、彼等は評論家的批評はするが、面と向かって批判したり反対意見を述べる委員はほとんどいないはずです。

また、近年盛んに言われる「市民参加(最近は参画と言葉遊びが流行っているが)」だが、広く市民の意見を聞くという形はまあまあ整ってきたのだが、市民の反対意見で政策、特に決定した事業を中止したり、修正することはまずありえない。通常市民には、どんな正しい判断でも、それを裏付けるだけの調査能力も資金も無い。結局、国や行政が雇った「お抱えコンサルのデーター」を駆逐するだけの論陣を張ることは不可能である。それは当たり前のことである。

これではいつまで経っても、この国に、市民参加、もしくは国民の声を聞いて政策を進めたり、事業の可否を決定する仕組みが出来上がらず、結局お上のいうとうりになってしまう。市民が原発建設の危険性、疑問をいくら提示しても、それを、データーとしては提示できないのである。まちろん高木仁三郎さんのような研究者はいたが、それでも資金的にもスタッフも微弱であった。

しかし、世の中には、そういう国家主導プロジェクトを改変する素晴らしい制度、仕組みがある。それが、デンマーク(多分デンマークだったと思うが北欧だったと記憶している)あたりで始まった「コンセンサス会議」である・・「またまた欧米か」。
「コンセンサス会議」とは、国家的プロジェクトに対して、市民を交えた会議体をつくり、事業者が出した計画に市民から疑問が投げかけられた場合、事業者は、中立な研究機関、技術者を通してその疑問に答える義務があるのである。そこでは、当然事業者に不利な発言、データーが出てくることもある。事業者がそれを覆せなければ、その事業は進められないのである。市民もただ感情論を押し通すのではなく、理論的に納得すれば了解のうえ推進するのである。
日本でも、2,3年前農水省が「コンセンサス会議」を導入するといっていたが、今どうなっていることやら。

今この国に必要なのは、全ての政治(国から地方まで)の場で、正にこのような対話の仕組みでが生まれることである。そのためには、国も市民もかしこくならなければならないが、「私の進める改革路線が否定されたわけではないので、改革を進めるために辞めません」と言ってのけるような総理大臣が早く辞めなければ、そんな体制も無理でしょう。民意により、保革逆転した参院、そういう政治状況が対話の政治が生むのだろうか。
丸山 暁〈人間・56歳〉


原発再考
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今日は特別な写真もないので、一昨日の暑かった池袋の風景を載せておきます。とにかく暑かったこと。そんな暑い中何故池袋まで出かけたかというと(行った場所は練馬)、池袋のタワーレコードでは、10枚入り1,780円(ついこの間までは1,450円だったのに、人気が出てきたので値が上がってしまった。この間など、丸の内のブックセンターでも山積になっていた)のJazzCDと4枚入り990円(これまたこないだまでは1,450円が、人気がないせいか値下がりしていたが、まあまあのディスコグラフィーもあり(たまに間違っているが)歴史的な録音)を買いに行ったのである。今の僕の東京の必要性は、安くて面白いJazzのCDを探すことぐらいか、以前はかならず本屋巡りをしていたのだが、最近盛岡にも、ジュンク堂ができて、これがなかなかの本屋サンなのです、本屋も地元で片付くようになってきた。僕の本『西欧「偶景」今昔話』も置いてくれているし。

さて、参院選挙は久々に面白かったですね。清き1票がここまで、政治家をあたふたさせるとは。以前、吉本隆明とボードリアールの対談で、吉本が「日本の政治は民主主義のいい状態にある、政治家は選挙が気になって仕方ないから民意が反映されやすい(だいたいそんなこと)」と言っていたが、まさに、今度の選挙がそれである。自民党ボロ負けでも安部さん続投でビックリしたが、その代わり「被爆者救済の被爆者認定を緩和の方向」や、こないだ決めたばかりの「政治資金規正法の領収書を1円以上」などと突然言い出して、まあ、分かりやすい連中だこと。日本の選挙は衆議院4年や参議院6年ごとではなく、毎年やったら、ひょっとして民意が反映したいい国になるかもしれない。
ただ、長い間の民意が、今の自民党を作ってきたのであり、それも愚集政治となるかもしれませんね。その国の政治の責任は国民の総意にあり。

さて、先のblogでは、関西空港と原発のことを書きますと予告しておきましたが、一昨日の新聞に恐ろしい記事が出ていた「中越沖地震「貴重な実験」座長の教授が実験」(原発の安全管理の座長の宮健三法大大学院客員教授が、中越地震で被災した柏崎刈羽原発の事故を「貴重な実験だった」と発言して、辞任したという。
この発言は、技術者(科学者or御用学者)としては本音だろうが、原子力政策を考える中枢にいる人間としては、言ってはならないことだろう。以前から書いているように、原子力施設は単なる、建設事業の延長線上の施設ではないのである。一端事故が起これば、多くの死者、被爆者を出し、周辺数十キロの土地では人間が暮らせなくなるのである。

確かに、科学技術や建設技術は、安全を図りながらも常に危険や事故を伴ってきた。石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」でも、ダム現場での悲惨な事故がテーマにもなっていた。大きなダムやトンネルが完成するには多くの人命が失われてきた。
僕が土木系の学生の頃はトンネル屋は「2?3人現場で人を殺さなければ一人前の技術者にはなれない」という風潮にあった。

これは、一般的にはあってはならない傲慢で、不遜な考え方と批判もあろうが、現実問題として、建設技術、特に大規模な未知の世界に挑戦する建設技術は、何が起こるか分からないのも事実なのです。どんなに、周到に調査をして計画しても、予測不能なことが起きるものなのです。
地球の表面は、数m程度ならわかっているが、数十メートルの深さになると、どういう状況か正確には分からないのです。全ての大規模建設物(原発とて特別ではない)そういう状況にあるのです。実は、難しそうな宇宙の方が数万キロまで良く分かっているのです。もう宇宙の果てまで研究対象になっています。

先の座長宮健三法政大客員教授(きっと東大か京大を退官して数年経っているだろうから)は当たり前の古いタイプの研究者なのではないだろうか。多分、原発であっても、同じような感覚で「大きな建設事業は実践における失敗(実験)」を繰り返しながら完成する」ということを言ってしまったのだろう。

安全に見える多くの大規模建設構造物は、完成された技術の裏づけの上に成り立っているわけではない。研究者の日夜続く努力と技術者の身を呈した仕事によって支えられているが、それを、判断する視点は、多分に経済的、政治的なものなのである。

数日前に関西新空港の第2滑走路が完成したが、1.5兆円の赤字であると出ていた。そんなに赤字なのに何故、2本目をとお思いだろうが、本来この規模の空港は2本に滑走路が必要なのだが、当所2本で2兆円の建設費が、1本目で2兆円近く掛かってしまい、1本でオープンしたが、地盤沈下が予想どうり進んでいるのだろう。
関西空港は、改定20メートルのヘドロ層20?30メートルを埋め立てて作っているので、そろそろ地盤沈下が進んで、滑走路の改修が必要になってきたのだろう。これは、羽田空港も同じことで、両空港とも沈下分を嵩上げしたりジャックアップしたり破壊との戦いなかでやっと運用しているのである。これも技術である。関西空港は浮体構造(大きな船)で作る案もあったが、今にすれば、その方が良かったのかもしれない。ただその時も、ゼネコンの力が強く、実績主義強かった。

今日言いたかったことは、建設技術、特に多くの巨大技術はほとんどのものが完成されているとは言い難く、破損したり事故が起こったら、修理して、技術を駆使して運用している。それが技術というものである。
しかし果たして、原子力発電所もそれでいいのか。建設技術は、原発とは、そのようなものなのでと言うことを、国民、市民の目でもう一度考え直して、本当に必要なら、消費地の近傍東京湾の海上に浮かべ、低レベル放射能廃棄物は皇居のお堀に沈めればいい(勿論それなりの対処をして)。
昨日は広島原爆の日であった。僕の少年期の広島体験を思い出す。このことは『西欧「偶景」今昔話』にも書いておいた。
丸山暁〈56歳・人間〉

今一番書きたいこと
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今日は半日、隣の牧草地から草を集め、仕事を少々して、明日早くに一番の新幹線で東京に行くので、土曜日の「市民ジャーナル」「僕の考えるブログ」今日書こうと思ったにだが、32℃のなごりで、さすがの北国もまだ暑く、今日はもう辞めにします。

ただ、今一番書きたいことは、職業柄、やっぱりこの国の建設業のあり方です。今朝のNHKTVで「関西空港の赤字が1.2兆円なのに、第二滑走路を作ろうとしている」と報じていた。関西空港の話は、ぜひ書いておきたいことがあるし、勿論原発も。要するに、この国の将来は、大規模国家プロジェクトに現れている、ということ。

関西空港の仕事に最初からかかわった男がゼネコン辞めて、何故、今日糞暑い中、汗糞たらして草をかき集めて、堆肥にするのか。
そのあたりをちゃんと書いておかないと、これじゃ、たんなる、露出狂になってしまうので、帰ってきたら、ちゃんと書きます。
とにかく今日は暑い。書き忘れたが、僕の左手の草の山が、僕の右手ぐらいの堆肥になる。自然と生きるとは、そのようなもの。
丸山暁〈56歳・人間〉S Sun Maruyama 田舎人



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