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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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匿名性を考える?選択は自由だ?
7月26日の市民ジャーナルにゼロテン氏から『情報の「信頼性」と「価値」?匿名性を考える』と言う意見が寄せられ、討論の呼びかけがあったので、私なりの意見を述べたい。
私自身は、匿名性を容認する考え方である。
その理由は次のような経験からである。
インターネットが始まる前のパソコン通信の時代、細川内閣から村山内閣の時代に、「長良川河口堰の是非をめぐる論争が、「ニフティー・サーブ」のネットフォーラム上でたたかわされた事があった。その論争には、建設反対運動の側、当時の建設省、複数の与野党国会議員個人、専門家、技術者、一般市民がネット上で参加した。
それが当時画期的だったのは、論争が一般市民の目に触れることになったことと、肩書きの無い市民や市井の専門家が国会議員や行政と対等に意見を戦わしたことであった。それまでは、肩書きを持たない一般市民と建設省が対等の議論をすることなど見たことも無かったし、専門家と言われる学者や技術者は体制に組み込まれて仕事をしているため、表立って政府や行政に反対する意見を述べることもほとんど無かった。
しかし、ネット上の匿名性が確保された中では、多くの市民や専門家が所属する組織を離れ『本音』で個人の意見を主張していた。議論は高いレベルで一年以上に渡って行なわれ、それがきっかけとなって、その後、全国で100以上のダム事業が中止するなど、国や建設省は公共事業の見直しへ舵を切ることになっていった。
こういった議論の中では、もちろん匿名性から生じる、嘘や欺瞞も多く見られ、国の役人が匿名で一般市民を装って投稿し議論を醸し出したこともあった。しかし、そういうマイナス面があってもなお、匿名性のメリットはけた違いに大きいように感じられた。
また、私は以前、組織の会員向の会報の編集に携わったことがあったが、意見投稿を求めても匿名を認めなかった時には、数ヶ月に一つか二つの投稿がせいぜいであったが、匿名OKとしたなら、以前の10倍、20倍の投稿があり活発な意見交換が行なわれた。
匿名性は組織・権力に対する個人・市民側の有力な武器であるとともに、市民がカミシモを脱いで本音を語る一つの有効な装置であると私は感じている。そしてまた、匿名を排除すことは、体制側、管理者側に好都合な状況を作り出すという現実もある。
しかし、私は匿名が望ましいと考えているわけではなく、匿名情報を他人に押し付けるつもりも毛頭無い。インターネットが爆発的に情報を生み出してきている現代においては匿名性を避けて情報を得ることも可能である。しかし私は「きっこの日記」も「ネット掲示板」も「2チャンネル」もその価値を認めている。要は情報の受け手に選択権があるのだから、自由に選択すればいいのだと思っている。
私自身は、匿名も実名もどちらも使い分けて情報発信し、受け手としても、匿名情報であっても、自分の責任で情報を選択し内容を判断するつもりである。
<疾風>

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山里便り? 「風がとおる。」 2006年7月30日
「街に行って、売ってこい!」と、言ってsunちゃんが何かを差し出さした。
梅雨の晴れ間、今年の草刈り第二弾の最中、
どんないいモノが見つかったのかと顔を上げると、
かえったばかりのオスのカブトムシだった。
触ってつついて遊んでいると、嫌がるように暴れる。力強い。
蟻に食べられないといいなあと思いながら、草むらに放した。

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我が家の草刈りは、5・7・8・10月の年4回。
草刈り鎌で、セッセと刈っていく。
草刈り機を使うほどの広さではないし、土手や傾斜地が多いので手刈りと決めている。
栗林の下から沢に移ると、かえったばかりのオニヤンマがいた。羽がまだ伸びていない。
持ってみたり、羽を触ったりと、また休憩。

ここに移り住んだ当初は、草を刈るということだけに一生懸命で、
手元ばかりを見て、まわりを見るということは思いつかなかったし、余裕もなかった。
それなのに、慣れないせいか時間ばかりかかった記憶がある。
隣のtoeさんの草刈りは、惚れ惚れするくらいみごとだ。
シャシャシャとリズミカルな鎌の音とともに、羊が食べた後のようにきれいに刈っていく。
ホタルブクロやノイチゴ、アケビ・桑の小さな苗は、見逃さないでちゃんと残す。
何日かして楚々とした白いホタルブクロが咲いて気がつく。
よく見分けがつくものだと感心していた。
数年前からは、定年退職したご主人が草刈り担当になったらしい。
月1回のペースで、草刈り機でシャーンシャーンと刈っていく。
草が伸びる間もなく、まわりはきれいになっていくが、ホタルブクロを見なくなった。
ちょっと山に入れば、ホタルブクロも桑もアケビも沢山あるから、「まあ、いいか・・。」と思っている。
うちのマーガレットも刈ってしまったことがあり、申し訳なさそうに謝りに来てくれたことがある。
言われて見れば、ない!
マーガレットは沢山あるし、少しでも面積が減ると助かっていたのだが、
それ以来、我が家のまわり1mは刈り残してくれている。

30年前までは、集落の多くの家で牛や馬を飼っていたから、
動物の食べ具合と天気を見ながら草刈りをしたそうだ。
まさに循環型生活だったわけで、今では、刈った草も必要がなく、宝の山というものでもなくなった。

草刈り初体験から14年、年はとったが、いくらか技術も向上し、まわりをよく見るということも知った。
飴玉をしゃぶっているような楽しさではないけれど、草を刈るという作業を楽しむことにした。
お台場・表参道・丸ビル・六本木ヒルズ・カレッタ汐留やディズニー・シーなど、
造られた空間や与えてもらう娯楽施設はないけれど、
よく見ると、ここには見るものが沢山ある。

刈った草を集め、堆肥に積み、「やれやれ。」と、たたずんでいると、サーっと風がとおった。
風はいつも吹いているはずなのに、草刈の後の風は、いつもと違う風に感じる。
なんて言うか・・『風の又三郎』の風っていう感じ・・なのだ。

今年の梅雨は長い。
それでもどうにか野菜は育っている。えらい!
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ムクゲが咲き始めた。さっと塩ゆでにして酢の物に。少しぬめりがあっておいしい。
yo

          




テーマ:いなかぐらし - ジャンル:ライフ

僕という人間―その15〈哲学4〉
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僕たち人間が社会的に生きていくのに一番大切なものは他者との関係ではないだろうか。他者、他者とは家族であり夫婦であり近隣であり仕事相手であり、ありとあらゆる他者との関係性の中で僕たちは暮らしている。「僕は別に誰の世話にもならない。一人で生きていける」とニヒルに構えても、他者と心ではつながってなくても、物や仕事を通して必ず他者とつながっている。そして、そういう他者との関係性は険悪、不快であるより、友好的な関係であったほうがいい。これから述べる「またぎの理論」とはここで見詰め合うこけしのような、そういう関係性についての考察である。

「またぎの理論」は繰り返すが他者(他者とは人間だけではなく、ある場合はものも他者と考える。これは主体となる人間が他者をどう捉えるかによる)との関係性の理論である。何故僕が「またぎの理論」を思いついたかは、前回「僕という人間?その13〈哲学3〉」で述べたが、かの国民的司会者みのもんた氏の朝のワイドショウの中の「8時またぎ(7時またぎもある)」によるところ大である。
そのことを簡単に概観しておく。「みのもんた」に対する好き嫌いは別にして、彼は広範な世代、広範なジャンル(バラエティ―の司会だけかと思いきや最近はニュースコメンテーターである)において人気を博している(このことはTVの出演頻度が証明している)。彼の人気は何処にあるのか。それは彼の他者に対する距離間、すなわち関係性にあると考えた。彼が程よく番組参加者、視聴者の心に触れてくる。ある時は軽妙に、ある時は重々しく、あまり深いりはしないがだからと冷たくならず。そんな彼を見ていて僕は彼の人との関係のとり方、すなわち自分と他者との「またぎ方」を彼から学んだのである。「またぎの理論」の源はそこにある。

では僕の考える「またぎの理論」を人と人の関係(一対一の関係)において捉えてみることとする。人生における人と人の関係といっても千差万別である。一人の人間でも相対する関係は、親子関係、恋人、夫婦関係、仕事仲間、遊び仲間、近状の関係・・・・・・、最低でも数十、多ければ数百、数千の関係をもつだろう。それを一括りにして論じるのは乱暴であるがとりあえず、誰でも経験し分かりやすい男と女の関係を事例に展開してみたい。
多くの方々は青春期何回かは恋に落ちたことだろう(最近はどうも恋もしない冷めた若者も多いようだが、青春とは恋するものと僕のような昔人間は思っている)。中には「そんなこと一度もない」という方もあろうが、そんな方でも心のどこかでは恋に恋はしたことぐらいあるだろうから想像してみて頂きたい。青春期、恋していたときの自分を客観的に見つめてみると(特に55歳のおじさんになって思い出すと)、全く冷や汗ものである。いま青春恋愛最中に方は考えられないだろうけれど・・・。

恋とはどっちの立場(惚れても惚れられても、相思相愛ならなおさら)でも全面的に相手の心を知りたがったり、全てを受け入れようとしたり、それが出来ないことで苦しんだり(中にはさめた恋もあろうがここではそれは恋とは呼ばない)、相手のちょっとした視線や一言で天国に登ったり、冷たい態度で地獄に落ちたりするものだ。そうゆう関係性は自分の全存在を相手の全存在に重ねようとするものであり、一体になろうとする。だから大体において青春期の真面目な恋は狂おしいものであり、恋に破れれば生きていけないと思ったりするものだ。そうゆう関係性は僕の考える「またぎの理論」になっていない。要するに、恋に落ちると自分や他者の存在を冷静に維持できなくなり、燃えたり冷めたり安定的な関係が保てなくなる。そこでは恋するゆえに憎さ百倍という逆接的なことが起こる。ま、それが恋というものなのだが。

しかし男女の関係も少し落ち着いてくると、自分と相手の関係を冷静に見られるようになる(もちろんどんな人間関係でも一時の喧嘩や不和はあるが)。そこには相手を単に恋する対象としてだけではなく、人間的な尊敬という感情が芽生えて来て、相手の存在を尊重する気持ちが備わってくる。これは相手に対して醒めてきたとか無関心になることとは異なる感情である。もちろん中には、仮面夫婦や家庭内別居などということもあるが、これは既に良好な関係性は破壊している。要するに、いい男女の関係とは相手を慈しみ(愛や恋でもいいだろう)、勝つ一個の人間としての尊厳を尊重し、また自分の尊厳や夢も見失わず共に歩んでいくということである。これが僕の言うところの「またぎの理論」の典型的事例である。
紙面の都合上、ここでは男女における「またぎの理論」だけを取り上げたが、この理論は、あらゆる関係(人と自然、国と国、親と子など)に適応すべきである。
実は「またぎの理論」を突き詰めていけばプロの哲学屋さんのJ・ハーバマスの「コミュニケーション行為(人間は、相手を尊重し自分も正義に立脚し、暴力や抑圧に支配されづ対話を交わすことで相互理解にいたる―筆者要約―)」に近いかも知れないが、僕は市井の哲学として、「またぎの理論」を検証していきたい。「またぎの理論」をどこかでご覧になったら、それは丸山暁の「またぎの理論」or「またぎ理論」or「またぐ理論」であることを記憶の何処かに留めておいて頂きたい(正式な名称はこれから)。
丸山 暁〈55歳・人間〉

脱 産直宣言!
 平成7年(1995年)7月8日、農家直売所ちいさな野菜畑は、地域を越えた17人の生産者によって、盛岡市の一角で産声を上げた。
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企画段階で岩手県の担当者に補助金の相談をしたところ、
「地域を越えた生産者が集まるところは、対象とならない。市町村の単位で有るならば、いくらでも出すが…。」と言われ
「だいたい街中に直売所など建てて、経営的に成り立つはずがない。近くに生協や八百屋。スーパーがある。消費者は、畑や田んぼを見ながら買うのが、好きなんだ」と、いらぬ指導まで受けた。
そのおかげで、一切補助金や、行政からの支援を受けない方向できた。
しかし、その担当者の言うとおり経営的には悪戦苦闘の11年間であった。

 よく「直売所に市場モノが並んでいるのはおかしい」という人がいる。
また「直売所は、地元の物しか売らないという哲学をもて!」という人もいる。
当店は、最初から仲卸を一社仲間に加えた。
岩手の旬は短い。野菜の品揃えが出来るのは、だいたい7月から?10月ぐらいまでの4ヶ月である。しかし、米・卵・牛乳は、一年を通して生産され販売できる。そして冬には、農家の智慧や技を表現できる漬け物がある。そこで、一年を通じ店に足を運んでもらい、四季の農産物を通して農家の暮らしぶりや、農業のあり方を知って貰おうと、品揃えを充実させるべく、市場流通を加えた。
 そして、経営責任である。「みんなで、やろう」と言う言葉が安易に使われる。“みんなでやる”と言うことは、“みんなで責任を取らない”と言うことであり、変化に素早い対応が、とれない組織体である。協同組合という組織が、今行き詰まりを見せているのがその証拠である。また会社組織は、長くて100年の歴史しかない。平均30年の寿命だという。
その中で農家は、代々続けてきた。8代目9代目等というのはざらであり、それは“家業”として綿々と受け継がれてきている。(1代が30年とすれば、200年・300年と続いている)

 家業としての家族経営、そして年間を通して安定的商品供給の中で、岩手の農業の旬を伝え、農業のあり方を消費者と共に考え、そして高齢化する地域の人達に青果物を届け、地域に貢献をする。
そんな店が「直売所」というくくりで、捉えられて良いのだろうか?
先日、県の農政部から「直売所アンケート」を調査しに来た。
その担当者に“直売所とは、何か?”を問うたところ
「農家が自主的に、地元の農産物を販売する組織体」という。
当店の考え方と違う。そこで「脱 産直宣言」をする。

 直売所より ちょっと市民に近く
 八百屋より ちょっと農家に近く
 量販店より ちょっと農業に近く
 百貨店より ちょっと身近で
そして、地域に無くてはならない存在

はたして、この店を縦割り行政は、どのようにくくるのであろうか?
ロマンチック経営で行こう!?触れてロマンチック ?
こんにちは。
手ぬぐいの素材のブックカバー
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用途開発
というコトバがあります。

ある素材を、通常の用途と違う用途に使う。
それにより、その素材の販路を開拓できる。

商品を売るときには、
新しい用途に着目すると、
意外な効果があります。

そういう素材の典型として
木炭
があげられます。

木炭は、
もともとは効率の良い燃料として作られました。

ところが、
木炭の効用が注目されて、
木炭は、健康商品の素材として活用される
用途が増えました。

たとえば、
木炭には細かい穴があり、
この孔が水分中の不純物を吸着するため、
水質を浄化するためのろ過材として役立つとか。

空気清浄効果がある、
遠赤外線効果がある、
電磁的な場を解消する、
湿気防止に役立つなどとして、
建築素材やインテリア素材になったりします。

商品を販売するときに、
この用途開発がヒントになります。

手ぬぐい
の用途開発として面白い事例が、
冒頭の写真です。

オシャレなインテリアグッズのお店で見つけました。
手ぬぐいの手触りのブックカバー、一度触れたら忘れられませんよ。

本を読まなくても、触ってみたくなります。(^^)
不思議です。

図柄もいろいろありました。
人の好みに応じていろいろな種類のものができます。

手ぬぐいの素材なので和風が合うようですが、
洋風のものも結構イケます。

ペットボトルを巻きつけられるオシャレなバンダナ風の手ぬぐい。
こんな商品もありました。
2.jpg


とにかく、
手ぬぐいが
手ぬぐいとしてではなく、
ブックカバーとか、
ペットボトルカバーという
別の用途に使われる。

それが、なんとも粋なんです。
こういう商品が私は好きです。

客に喜ばれる商品作りのヒントが
ここに隠されています。

つまり、

触れてロマンチック

使い方がロマンチック

そういうノリで
あなたの商品は、
別の姿を見せることができます。

その意外性に
客は、

あら、素敵?

と声を発します。

その声で

はい

お買い上げーーー

となります。(^^)

<服部尚樹>「ロマンチック経営で会社の売上を伸ばせ!」

情報の「信頼性」と「価値」?匿名性を考える
 記事・情報の匿名性ということがしばしば議論になります。メディアにとっては大きなテーマの一つですが、私は、この問題を考えるキーワードは、「信頼性」、「価値」ではないかと思っています。

 新聞にしろ、テレビにしろ、実は匿名情報があふれています。「○○筋によると」というのはその典型ですが、誰から得た情報なのかが明確ではないものがたくさんあります。それがメディアのフィルターを通したことで、「信頼性」のある情報として流されています。
 時に、それがガセだったり、あるいは「やらせ」だったりすることがよくありますが、マスメディアだということだけで、なんとなく信頼しているだけです。
 匿名情報であっても、提供者がはっきりしているのか、信頼がおけるものかどうかの判断は、メディアの倫理観に任せられていますが、これが少し危ういもので、官僚や政治家が意図的に流す「リーク」が氾濫しているのも事実だし、それをスクープとして大々的に報じて、世論操作に荷担してしまう例もたくさんあると思います。
 報道の「客観性」ということがよく言われます。マスのメディアのフィルターを通したことで、何となく客観性があるという印象を持ってしまいがちですが、そのフィルターは記者やディレクターの主観だと言っても過言ではないと思います。
 主観で報道するのが当たり前で、主観的な報道が悪いのではありません。最初からそれを含んで、記事や番組を読んだり、見たり、聞いたりして、それに共感できるかどうかなのだと思います。

 一方で、匿名情報だから、価値がないかというとそうではありません。国の省庁や大手企業の内部告発から、社会を揺るがすような事件に発展することがあります。
 このような場合には、「匿名だから」とその情報を非難する人は少ないのは、社会のためになっていると判断されるからでしょう。
 ただ、仮に告発したからといって、メディアがそれを報道してくれるか、正確に伝えてくれるかどうかは分からないことですし、多くの場合、自らの氏名や身分を取材者に明かさなければなりませんから、躊躇する人もあると思います。

 「匿名情報」は、現場でしか知り得ない貴重価値がある半面、意図的に流されたり、利用されたりする危険性をはらんでいるのです。

 もう一つ私が引っかかっているのは、「地産地消」や「顔の見える関係」という言葉です。食や商売で使っていますが、情報に当てはめて考えると、信頼性を感じるのは生産者の人柄、口コミ情報なのかもしれません。これも無視できないような気がしますが、まだ私の中できちんとした整理ができていません。

 マスのメディアにない味を出そうとする「市民ジャーナル」の特長は、「現場の情報を素人である第三者(記者やディレクターなど)の目、頭を通さずに直接発信でき、市民が受け取ることができる」ことだと考えています。
 従って、私は匿名(ペンネーム)での記事掲載を認めても良いと思いますが、当然、最低限の常識的なルール(匿名で他者の誹謗中傷はしない…etc.)は必要です。それを担保しながら、「信頼性」も「価値」も認められる媒体を目指すなら、情報発信者の自覚が欠かせません。
 最終的には、情報の受け手が診断すればいいことで、コミュニティやブログを見に来る人たちは、ある程度それが分かっているのではないかと思いますが、出版する場合には、管理者(編集責任者)の責任の度合いは大きく、最低限、情報発信者を確認できるようにしておくことが必要だと思います。

 皆さんはどうお考えでしょうか? こういうテーマはさまざまな意見がありそうですから、紙上(ネット上?)で討論してみたい気がします。(ゼロテン)

チョイ÷和尚のタイムラグ・ブルース?たかが骨!されど骨!?
和尚から見ればただの骨である。

が、残された者から見れば、ただの骨ではない。
それぞれのその骨は、その残された者に、何かを物語っている、ようにもおもえる。
むろんそれは、残された者の骨に対する、未練や無念さであるのかもしれない。

なぜ、そのような感情が沸いてくる、のであろうか?

人様の日々の暮らしは、他及び他者との相互行為によっている。内山節は、それを広義の労働と称している、がここでは相互行為と言い換えてみた。むろん協同でも恊働でもよいのであるが、
やはり、人様はそれぞれのそれぞれの場で、それぞれの相互行為によって、日々の暮らしを営んでいる。

そのような相互行為の密度によって、残された者の骨に対する感情が沸いてくるのである、と思われる。

例えば、人様は生まれる時、一人では生まれることはできない。いずれ、他者の力を借りなければ、生まれることもできない。また、一人で棺桶に入ることもできない。いずれ、日々の暮らしは相互行為によって成立している、といっても過言ではあるまい。

骨に対する感情が、色々沸いてきても致し方のない、ことなのかも知れない。

以前、納骨堂(墓ができるまで一時的に遺骨を置いている部屋)で、髪の長い美しい喪服の女性が、ある遺骨の前で淋しげに泣いているのを、なにげに見たことがある。その骨は、奥さんと子どもを残し、事故で亡くなった人であった。むろん奥さんが喪主で、葬儀をした後であった、その女性は奥さんではなかった。
これも相互行為の結果である。

いい意味でも、悪い意味でも、人様は決して一人では生きていない。日々の暮らしは、相互行為の賜物でもある。
そしてまた、それぞれの骨も、そのような相互行為の密度によって、それぞれにドラマがある。
<チョイ÷和尚>

欽ちゃん「ゴールデンゴールズの解散を撤回」?悪しき連帯責任論の鎖を断ち切れ?
 「欽ちゃん」ことタレントの萩本欽一さんが監督を務める「茨城ゴールデンゴールズ」が解散を撤回した。その冷静で勇気ある決断に賛意を示したい。
 この事件は、メンバーの一人が不祥事を起こしたことを理由にチームを解散すると発言したことから大きな波紋を呼んでいたものである。
 組織の関係者が不祥事を起こし連帯責任をとるという事は、高校野球の世界では度々見られ、その度に論議を呼びつつも昔から今でも実行されてきている。チームそのものの行動が不祥事の原因である場合はともかく、チームに所属する個人の行動が引き起こした不祥事によって、チーム全体が連帯して責任とるということが様々な議論を呼びながらも長く容認されてきていることは、実に不可解なことである。わが国の社会でも、教育の場においても連帯責任は否定されているはずなのにである。
 連帯責任は、何の責任も無い者に不当に責任を負わせると言う理不尽なことであることは異論の余地が無いことであるが、不祥事を起こした者に対しても、その犯した罪以上の大きな制裁が与えることになる。しかもその制裁は、どのようなことをもってしても償うことができないようなものとなる事が多い。例えば、高校野球で甲子園出場を辞退するような事態になれば、何十年も地域で語り継がれることになり、その原因を引き起こした者は、学校はおろかその地域に暮らしていくこともできなくなることもある。そういう過大な制裁を課す事は本来社会的に許されないことであるはずなのに、不祥事を犯したと言う弱みが有るため、そこに対する弁護が行き届かない状況になってしまう。 今回の、茨城ゴールデンゴールズがチームのメンバーの一人が引き起こした不祥事により連帯責任をとって解散と言うことになれば、有名芸能人が率いる人気球団であるため、社会的にも注目されて大きく報道されることにより、連帯責任論が社会に浸透していく恐れを懸念していた。
 しかし欽ちゃんは、熟慮の末解散を撤回した。さすが欽ちゃんである。たとえマスコミや世間に責められチームも自らもつらい立場になるかもしれないが、悪しき連帯責任論の蔓延を防ぐためにも、正しい決断をしたと思う。
 欽ちゃんよくぞ撤回した!
 悪しき連帯責任でチームを解散してはいけない!
<佐々 疾風>
山里便り? 「玄関の鐘が鳴ると・・。」 2006年7月23日
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カランカランと玄関の鐘がなった。
ドアを開けると、4年に1度訪ねてくる人がスーツ姿で立っている。
思わず「選挙ですか?」と聞き、一言余計だったかも・・と少しだけ反省した。
「ご主人さまは、○○委員になられたそうで・・」とか、
「奥さまは、××委員で・・」などと、にこやかに挨拶が始まった。
その××委員会で、お目にかかっても見ないふりをして通りすぎるじゃない・・と思う。
だいたい形骸化している委員会である場合が多いので、
そんな言葉を並べられても、こちらが恐縮してしまう。
この谷すじの一軒だけをとばすのは悪いと思っているのか、
新参者の我が家にまでご丁寧に挨拶に来てくれる。

そんな珍しい訪問者が何人か来ると選挙の告示があり、選挙カーが走り始め、
うぐいす嬢の声がうるさいくらいに谷間にコダマする。
「一生懸命がんばっております。」と言われても、
何をどうがんばっているのか分からない。
「いつもお世話になっております。」と言われても、
世話した覚えもなく議員報酬のお礼を言っているのかと思ったりする。
じいちゃん・ばあちゃんが畑仕事をしていると、
「お仕事ご苦労さまです。」と車の中からニコニコと手を振りながら声をかける。
そう思うなら草取り30分手伝っていけ!と思う。
交差点に選挙カーを止めて演説するな。
追い越し出来ない山道で3台連なって徐行で走るな。
そのくらいの社会性は、身につけておいてもらいたい。

当選してもそれっきりだ。
選挙出馬にあたって挨拶まわりをした家々に、
自分の議員活動報告のミニニュースくらい配るべきだ。
それも、彼らの仕事のひとつではないかと思う。
婦人団体・JA・古参の顔役や若い世代、それぞれが支持する候補者がいて、それぞれの立場・利害関係やしがらみ、或は純粋な気持ちから応援し、決起集会に参加したり、裏方の手伝いをしている人たちもいる。
私は「この人こそ!」と思える人以外の選挙は、応援はしないと公言してある。
おかげで、選挙に伴う様々な煩わしさには無縁で過ごしている。
「農繁期の忙しい時に大変だね。」と言うと、
「はい。はい。って言っておけばいいのさ。書くのは我(われ)の手で書くんだもの。好きなように書けばいいのさ。あの人たちは、我(われ)のことしか考えていないような人たちだもの。」と、
元気に面白そうに話す集落の人たち。
大らかさとしたたかさを見たように思う。

そんなこんなで数ヶ月たち、今日は花巻市議会議員選挙の投票日。
ポスターにずらっと並んだ39の顔。定員は34名。
大きな期待はしていないが、少なくとも議会で眠るらず、自分たちの役割を果たしてもらいたい。
今日からまた、鳥の声と、たまに草刈り機やチェーンソーの音がする静かな集落にもどる。

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三陸産のマアジで山椒の酢醤油焼き。 マアジは小型が美味しい。
梅雨が明けると、山椒の葉も枯れ始める。

yo






テーマ:いなかぐらし - ジャンル:ライフ

僕という人間―その14〈哲学3〉
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 なんだこれはという写真であるが、これは僕が石を敷いた小道をまたいでいる姿である。何故〈哲学〉を語るのにこんな写真が出てくるかというと、僕がこれから展開する「またぎの理論」のためである。「またぎの理論」の「またぐ」がまさにこのように、ある場とある場に足をかけること、すなわち「またぐ」ことだからである。

 哲学というものを歴史的に概観すると、哲学は前者の哲学理論を疑うことから始まり、それを乗り越え新たな哲学理論を構築することであった。哲学は古代ギリシャの原理の探求「人は、この世界は何から出来たのか。水からだ土からだ火からだ」などと始まり、その後ソクラテスやプラトンが「自然がどうのこうのではなく人間の精神「真・善・美」の探究こそだいじなのだ」といいだした。その後それまでの哲学をアリストテレスが総括し、「人間がなんだかんだと言ったって、人間の知り得ない根源的な何かがある(形而上学)」となった。哲学には印哲や東洋、イスラム哲学もあるが、哲学の主流としてここでは西欧哲学を相手にしている。

 その後、人間やこの世を定義するのに認識論だ唯物論だ、いや人間には何も根本的なことはわからないのだと、いったい何を信じていいのかわからないというのが哲学の歩みだったのではないか。その内スコラ哲学がキリスト教こそ全てと、何がなんでもこの世、否あの世や地獄まで神に結びつけ、地球や人類の生成すら神(キリスト教でいうところの神)のなせる業にしてしまった。いつの日か権力と手を握ったキリスト教はヨーロッパを暗黒の中世に引きづり込み、魔女や悪魔をしたてせっせと異端裁判で、地域内では恐怖で人身を縛り、外部では異教徒という許されざる民を作りあげ侵略して金銀財宝をかき集めた。今、私たちが憧れたヨーロッパ文明とはそのようなものだった。またブッシュのイラク戦争も神の名においてなされた。

 その後哲学は現象学において「文字や言葉、いわゆる人間が表現している記号は、何の意味もなしていない。それをどう解釈するかによるのだ」などとそれまでの哲学を全否定してみたり、どんどん先に進んで近年のジャック・デリダの脱構築に至っては「これまでの形而上学や西欧文明が論理構築の中で排除してきたものをもう一度考え直すことこそ哲学だ」と、これまた西欧文明の再構築を促したり、というのが大まかな哲学の現在ではないだろうか。

 そんな哲学の歴史の中で僕がまあ哲学とはこんなものだろうと考えるのは、プラトンの「哲学は死に対する準備だ」と、カントの「人は哲学を学ぶことはできず、ただ哲学することを学びうるだけである」あたりである。

 さてそんな僕がこれから構築しようとしている哲学理論は「またぎの理論」である。なぜ「またぎ」すなわち「またぐ」なのか。「またぐ」とは岩波広辞苑によると「またがるようにする。両足を広げてたつ。」とある。僕が「またぎ(これからは「またぐ」を「またぎ」と表現する)」という言葉を意識したのは、何を隠そうかの有名な国民的司会者「みのもんた氏」が早朝のTV番組みで「8時またぎ」というコーナーを担当してからである。

 それまで「みのもんた(彼は有名人なのでみのもんたと呼ばせていただく)」は僕の感覚では失礼ながら、おばさん相手のあまり品の良くない、芸人的司会者程度にしか思っていなかった。しかし昨年の紅白歌合戦でNHKが司会者に抜擢した時に考えた「何故みのもんたなのか」と。そして彼が出る番組に少し注目をするようになり気がついた。とにかく彼の司会は人をひきつける。しかもおばさんだけかと思いきや、若者にもけっこう人気があるようだ。そして彼の朝番組での「8時またぎ」でその答えが見つかった。

 彼の人気の秘密は「またぐ」ことにあった。この「またぐ」にはいろんな意味がある。まずTVという媒体を通して、出演者の心をうまくつかんでいる、そしてその状況を上手くお茶の間に流している、すなわち「みのもんた」はTVを媒介として番組と視聴者をうまくまたいでいるのである。また彼の人気の秘密は、彼の何がしかを押し付けるのではなく、彼の思いを聴衆の心に響くように上手く噛み砕いている。

 細かい分析はまた後日として、昨日の朝のTV番組「8時またぎ」で、コメディアン山本何がしの少女への猥褻問題でキンちゃん(萩本金一)が野球チーム「茨城ゴールデンゴールズ」を解散する決意した時、みのもんたはキンちゃんの思いを深く理解したうえで共感し、そのうえでキンチャンの野球チームの意味を再構築して、そのことをキンチャンの心に語りかけ、キンチャンの決心を再考するよう促していた。結論はまだ分からないが、キンチャンの心に変化があったように思えた。
僕はこうゆう「みのもんた」の心をまたぐ論理展開こそ今社会に必要な論理展開だと考え、「またぎの理論」を市民の哲学として構築したいと考えている。
丸山 暁〈55歳・人間〉
 

有機認証のあり方
有機農業が、もてはやされている。
50年前までは、全て有機農業だった。
それが戦後、化学合成農薬が開発され、重労働を軽減する除草剤が使われるようになり、田植機稲作で密植栽培で病気が蔓延し、新たな殺菌剤がどんどん開発された。また果樹や野菜も糖度を高める品種改良で、虫が多発し、様々な殺虫剤が開発された。

 ところが、昭和49年に発表された有吉佐和子の「複合汚染」により、土壌汚染や健康被害などが問題提起され、第一次有機農業ブームが起きた。
そして最近、食の安全安心が叫ばれ、有機農業がまた再び脚光を浴びている。
 そして有機農産物という表示が、あまりにも氾濫し、消費者に混乱を与えるために、認証システムなるものが国によって定められた。
そもそも有機農業は、問題意識を持った人達が、以前の農業に戻そうと始めたものだったが、この認証システムから付加価値農業として一人歩き始めた。
有機認証には多大な費用がかかり、大規模栽培で経営的に成り立つ人達だけが表示できるようになり、以前から生き方として小規模でコツコツと土作りをしてきた有機栽培農家は、有機農業を名乗ることが出来なくなった。
ただそう言う人達は、消費者との提携という新たな道をつくり、周辺の人達へ口づてで、販売を行うようになった。

 日本の農業は高温多湿の中で、こまめに手間をかけ、管理することで成り立ってきたと言っても過言ではない。また山間地が多い地形から欧米のような大規模の耕作地はほとんど無く、小規模経営が殆どである。そのため、ちいさな圃場に人手をかけて農作物を管理し、多収すると言う日本型農業が出来てきた。
そこへ金のかかる有機認証システムを作っても、かえって妨げになるばかりであり、環境問題の解決には繋がらない。
また認証システムは、農産物を商品として安全な物であるという付加価値農業を追認することである。農業を産業として捉え、それに安全というお墨付きを与え、高価格で販売すると言うことは、本当に困っている人達(アトピーや化学物質過敏症など)の生活をないがしろにする行為であり、国民の健康を守るという国のあり方から言えば、おかしい。

 そもそも有機農業というのは民間の農法であり、農家の様々な創意工夫で成り立ってきた物である。それを国家としてその名称を取り上げ、厳しい認証制度をしき、結果として有機農業の推進を抑制するという形になることは、農家にとっても市民にとっても不幸な結末になるのではないだろうか。
 国として認証制度を施行し、ラベルを貼って流通させるよりも、地域でその農家の取り組みをみて納得するという手法で、農産物を流通させる仕組みを考えるべきだし、地域に農業が存在しない都市部に販売するときだけ制度を利用する事が望ましいのではないか?
合鴨水稲


チョイ÷和尚のtimelag・blues?たかが墓!されど墓!?
最近、墓の相談が多い。
例年6?7月頃になると結構多くなる。お寺のそばに、墓所の空きスペースがないか?から、子どもは娘だけで、すでに嫁にやり、残るのは老夫婦のみで、先祖代々等とはほど遠い話で、とはいえ自分たちの入る墓がないのも、いささか心もとなく、さてどうしよう?、というようなものとか、それなりに複雑な事情により、現在遺骨を抱えている、さてどうしよう?とか、色々である。

中には、よけいなものを抱えてしまい、それをどう処理したらいいのか?、露骨にわかるような言動の人も居る。
つまり、廃棄物処理(この表現の方が露骨かも・・・・・?)である。

で、何が問題なのか?
相談に来る人の心情を代弁すると、不安である、というのが一番多い。自分の死んだ後の所在である。その所在のなさが、不安になる、ようでもある。
ちょっと前までは、まがりなりにも先祖代々云々で、おのずとその所在(あまりそのようなことで頭を悩ますことがなかった)がハッキリしていた。ところが、今は核家族で、しかも少子化である。身内(血縁)といっても、どこか遠くに居るのが現状である。
一生懸命仕事をし、それぞれの地域に家を建て、そして定年を迎え、気がついてみると、子どもたちも、それぞれに同じように自立している。これといって、何不自由のない生活であるとも、思われる。が、生まれ故郷を離れ、気がついてみると、墓がない。さあ?どうしようである。

和尚としては、それなりに対応はするし、しているつもりでもある。

ただ、所在の有る無しに、気がつくかつかないかは、それぞれの人の、それぞれの暮らし方の問題でもあり、難しい。
ただ、不安とか安心とかの問題は、その所在の有る無しの問題と、かかわる話ではないのだろうか?。

所在とは、自分の生きている場所がハッキリしている、ということである。ところが、今までの例でいえば、企業戦士(いささか古いが)といわれるような人は、その所在が、会社であったりそのポジションであったり、である。退職すれば、その所在が無くなるのは、当たり前といえば、当たり前であるのだが?。
結構そのような人は多い。

ある意味で、墓はその所在の象徴でもある。自分がどこで生き、どこで死んで行くのか?、の場所の決定でもある。これは一昔前のように、簡単なことではない。
だから、余計に自分自身で、その所在を考えなければならない。
<チョイ÷和尚>


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家電メーカーの陰謀??5年後にはゴミと化すテレビ
 「私たちデジアナに」とアナウンサーがズラリと並んだCMが流れている。5年後の2011年7月にテレビのアナログ放送が打ち切られ、デジタル放送に切り替わることを知らせるものだ。
 「デジアナ」という言葉だけが耳に残って、5年後には今見ているテレビが映らなくなるということが伝わってこない。

 朝起きて、いつものようにテレビのスイッチを入れたら、映らない。電気屋に修理を頼むと、「きょうから、そのテレビは使えませんよ。買い換えるしかありません」。電話口で「だれだ、そんなことを決めたのは」と怒鳴っても、「そんなこと私に言われても…」といった光景があるのかもしれない。

 発端は2001年の電波法「改正」。国会では一部の野党を除く賛成で成立した。「だれが」と言えば、「あなたが投票した国会議員達ですよ」ということになろうか。

 量販店のチラシを見ると、デジタル対応のテレビは15インチのものでも7万7500円、20インチ以上だと10万円を超えている。5年後までにはもっと値段が下がってはいると思うが、それでも数万円はするだろう。
 日本全国にはテレビが1億台以上あると言われているが、これが全部買い換えとなると、1台5万円としても5兆円という莫大な金額になる。家電メーカーにすればバブルみたいなものだが、金がないと、テレビも見られなくなる時代がくる。

 一方、今見ているテレビはすべてリサイクル(リユース?)不能の廃棄処分。これはこれで深刻な問題となるだろう。ゴミ減量に逆行した重大な環境問題を人為的に引き起こすことになる。
 埋め立てるとしたら、最終処分場がパンク状態になりかねない。部品など、どんな金属が使われているのか分からないから、埋め立てて大丈夫なのかとも思う。家電リサイクル法で廃棄には金が掛かるから、不法投棄も心配だ。

 もう一つ、民放の地方局では「デジタル化に対応した設備投資が大変だ」という話を聞いたことがある。地方のテレビ局が倒産なんてことはないと思うが、これも深刻な問題のようだ。

 他にも問題がありそうだが、いずれにしろ大混乱が予想される。なぜ、一気に切り替えなければならないのか。まさか、家電メーカーの陰謀? あり得そうだが、真偽のほどは分からない。少なくとも、アナログとデジタルの併用ができそうな気もするのだが、技術的なこともよく分からない。

 何か納得がいかない。NHKの受信料を払いたくないどころの騒ぎでない。5年後、わが家にちゃんと映るテレビがあるかなあ。5年もあれば、テレビのない生活に慣れるには十分だ。そっちのほうが現実的な対応だろうか。(ゼロテン)

もりおか「男の隠れ家」:“GRAND SONS”?懐メロ・ロックとあの頃の僕たち?
盛岡中央郵便局裏、路地の突き当たりのビル2階。ぽつんとオレンジ色の看板“GRAND SONS”。
70年代・80年代のビルボード、キャッシュボックスのヒットチャートをにぎわせたロックが、心地よくリズムを刻む♪♪♪・・・、セピア色のスポットライトが漂うウッディな空間。

☆乾杯はデンマークのビール。ライトなのどごしは60年代ポップスのような素直な味わい・・・。
疾風「ここは音楽が聴ける“ショットバー”。オフィス街の路地裏の洒落た大人の隠れ家ですね」
服部「いいですね。シンプルで洗練された音楽とお酒。ぐっと抑えたセピア色の優しいライトが居心地の良い。雰囲気が気に入りました」
マスター「ツマミは後ろの瓶から適当にとって食べてくださいね」
☆お店の背後のカウンターには、ナッツやバナナチップスのおつまみが詰まった小瓶が並んでいる。昔の駄菓子屋さんみたい。
服部「“GRAND SONS”って?」
マスター「お孫さん、って意味かな。東京の渋谷にある店のパクリでねぇ・・・その店の名が“GRAND FATHERS”オジイサン達。僕はそこに十年通いつめたんですよ。この今月号の“大人のロック”って雑誌にその渋谷の店が紹介されていますよ。」
服部「へ?“大人のロック”?こんな雑誌があるんですか。40代以上のおじさんロックンローラー向けですね。」
マスター「リクエストがあればかけますよ」
服部「それでは、高校時代に聴いた曲なんですが。“あなただけを”。オリジナルの題名は何だっけ・・・“サムバディ何とか・・”」
マスター「グループは?」
服部「ジェファーソン・エアプレーン」
マスター「あ?これね。“サムバディ・トゥ・ラブ”」
☆ バックバーに並ぶ70年代のレコードやCD。マスターはミニ懐中電灯を照らしながら曲を探します。“サムバディ・トゥ・ラブ”訳すと「愛すべき誰かさん・・・」
Somebody to Love__Jefferson Airplane
♪?don't you want somebody to love?
♪?don't you need somebody to love?
♪?wouldn't you love somebody to love?
♪?you better find somebody to love?
服部「30年振りに聴きました。涙が出るほど懐かしかった♪♪。」
疾風「ビルボードやキャッシュボックスのヒットチャートは、我々おやじ達の“懐メロ”だよ。」
服部「こういう洋楽を聴くと、忘れていた思い出が、浮かんできそうですね。」
疾風「そう。こういうバーでロックを聴きながら、ちびっと飲んでいると、懐かしい昔に出会える。これが、隠れ家の良さだね。」
☆ カウンターの正面の壁にはコンクリート枠のレコードジャケットのケース。“Chicago”のアルバムジャケットが載りました。
マスター「うちは、お客さんの世代に合わせて、オールデイズも流すんです。」
☆すると、夢のカリフォルニア:ママス&パパス が流れてきました♪♪。
California Dreamin'__Mamas and Papas

♪?All the leaves are brown?
♪?And the sky is grey?
♪?I've been for a walk on a winter's day?
♪?I'd be safe and warm If I was in L.A.?
♪?California Dreamin'?
♪?On such a winter's day?

疾風「しみてくるなあ。懐メロ・ロックだねーー」
☆ここでバーボンのオンザロックを注文。銘柄は懐かしのI・W・ハーパー。
疾風「そういえば、このあいだ映画会があって、何十年か振りで公会堂の二階の席に座ったら思い出したんだ。60年代の前半、アマチュアバンドコンテストってのが公会堂であったんだよ。エレキ全盛の時代。あの頃はびっしり満員だった。“アストロノウツ”とかが流行っていた時代だよ。」
服部「青春時代を思い出しましたね。“スプートニクス”なんてスウェーデンのグループもありました。」
疾風「“霧のカレリア”。透明なエレキギターの音が今でも耳に残っているなぁ・・・。ベンチャーズの“十番街も殺人”は発売日に買いに行きましたね。その後はフォークの原点P・P・Mの時代へ。私は開運橋を渡って東京に。そのときは、もう二度と帰ってくるもんか、って思って出て行った。開運橋よ、さよーなら、って(笑)・・・・そして3畳間の下宿から予備校通い・・・・。」
服部「疾風さんは東京の予備校ですか。私は札幌の予備校でした。」
疾風「毎朝6時半に昼食代の110円をポケットに入れて市ヶ谷の予備校通い。なぜって、それ以上のお金を持って出ると、パチンコに屋に寄ってしまうから、定食代の110円しか持たなかったんだよ。意志が弱かったからなぁ。乗り換えは新宿駅。あの頃の新宿は、地下通路ではフォークゲリラの高石友也が“自衛隊に入ろう”なんて反戦ソングでアジテーション。地上ではヘルメット姿の学生と機動隊の衝突。催涙ガスが目に沁みた時代でしたね。いろいろ思い出すなぁ・・・。」
服部「“ホテルカリフォルニア”がかかりましたよ。これを聴くと、カシスソーダを注文したくなりました。」
疾風「この曲はギターがいいよね?イントロのアコースティックな音色・・・そして最後の方はエレキをじっくり聞かせてくれる・・・僕はジンライムが飲みたくなったなぁ」

HOTEL CALIFORNIA:THE EAGLES
♪?On a dark desert highway, cool wind in my hair ?
♪?Warm smell of colitas, rising up through the air?
♪?Up ahead in the distance, I saw a shimmering light?
♪?My head grew heavy and my sight grew dim ?
♪?I had to stop for the night?
 ・・・・・・・・・・・・・・

ロイ・オービソン「オー・プリティーウーマン」
ゾンビーズ 「シーズ・ノット・ゼア」
CCR「コットンフィールズ」
アストロノーツ「ホワット・アイ・セイ」
ローリング・ストーンズ「サティスファクション」
ビートルズ「ゲットバック」
スウィンギング・ブルージーンズ「ヒッピー・ヒッピー・シェイク」
デイブ・クラーク・ファイブ「Because」
ジャンとディーン「パサディナのおばあちゃん」
ビーチボーイズ「サーフィン・U.S.A.」
ピーターとゴードン「愛なき世界」
オーティス・レディング 「ドッグ・オブ・ベイ」
ショッキング・ブルー 「ヴィーナス」
レーン&ザ・リー・キングス「ストップ・ザ・ミュージック」

☆ 次から次と、60年代オールディズがかかります。
マスターが気を遣ってくれているのでしょう。

疾風「トイレにしゃれた張り紙があったよ。“吐く時は大便器でおねがいします”だって。(笑)」
マスター「いつもこんな感じでやってますんで。これに、懲りずにまた。」

☆ 坊主頭に無精ひげが決まっている、かっこいいマスターの素朴な笑顔が、あの頃に戻った僕らを雨の夜道に送リ出してくれました。

山里便り? 「トーンが下がると、草取り。」 2006年7月16日
いつも元気でいたいと思う。
が、そうもいかず、『カラ元気も元気のうち!』と、つぶやいてみる。
いつしかカラ元気が、本当の元気になっていることも多い。

それでも、何だかうまくいかない時もある。
そんな時、『寝る、ナベを洗う、買い物をする、カラオケで気がすむまで歌う』などなど、
人それぞれ、いろいろな方法があるらしい。
私の場合、トーンが下がると草取りをする。

迷った時、困った時、気持ちが沈んだ時、
アタマに綿が詰まったようで何も考えられない時、
ピック(草取りと中耕が同時に出来る。私の愛用品!)を持ち、ぷらぷらと歩く。
とりあえず、台所の前や玄関先など、最初に目についた所から始める。
ウツウツしたり、ブチブチ言いたかったことが、だんだん消えていく。

花屋で買った紫色のバラ。
挿し木で苗を作り、窓辺に植えた。雨に打たれながらも、今、満開!
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杏ジャム。甘すっぱさと色に惹かれて、毎年、作ってしまう。

土をいじっていると気持ちがいい。
草を抜くとフトミミズが出てくる。
ダーウィンが、『大地の鋤(すき)』と讃えたという。
腐植土を食べて土を柔らかく、ふかふかにしてくれる。
排泄物が、また土となる。
ああ見えて、すごいヤツなのだ。
土壌の侵食が進んでいるニュージーランドやオーストラリアでは、
このミミズが注目を浴びているという。
酸素が入って土も「いい気持ち。」って、言っているような気がしてくる。
一息ついて、あたりを見回すと、まわりはスッキリ。私も元気になっている。

友人にトーンが下がった時には、草取りをするといいよと教えてあげた。
彼女は試したらしく、
「ほんと。すっきりとした!何でかな?きれいになるから?達成感があるからかな?」と、
言っていた。
すっきりしてきれいになって、達成感があったことも事実だろうが、
それは、土や自然の持っている力のおかげではないかと思う。

近年、土に親しむようなプログラムが盛んに行われている。
子供の教育には、『チルドレン・ガーデン・プログラム』、
作業療法のひとつとしての『ホーティカルチュラル・セラピー(園芸療法)』、
地域社会形成のための『コミュニティー・ガーデン』、
社会的弱者をサポートしようという試みの『ホームレス・ガーデン・プログラム』などが挙げられる。
これは、植物や自然と対話をすることにより、人との対話や関係性を取り戻そうという試みのひとつだ。
また、園芸を通じて心身のバランスがよくなり、健康に効果があるとも言われている。

どうやら、ヒトは、本来、自然を愛する遺伝子を持っていて、
土をいじり、畑や庭を耕し、植物を育てることにより、自分の心も耕しているようだ。
文化(culture)の語源は、『耕す・栽培する』からきている。
土に親しみながら生活している田舎暮らしは、実は、とても文化的な暮らしだったらしい。
今年は、例年より少し本格的に園芸に親しんでみませんか?
yo

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僕という人間―その12〈哲学2〉
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この写真のコップの中に僕の哲学の原点がある。僕にとっての哲学の始まりはたぶん小学生の頃「僕は目の前のコップを見てコップと思っている、しかしこのコップは他の誰かが見たコップと同じ色と形をしたコップなのだろうか。ひょっとしたら他の誰かには別の物に見えているのかもしれない。僕がそこにあるコップをコップと思っていなければ、コップはそこにあってもコップはないのではないか。また、コップを見てそれをコップと思っている僕とは何なのか。」僕の哲学はその頃、哲学とは知らずにそんなことから始まっていたのだと思う。一般的には哲学というと哲学屋さんにしかわからない難解な世界だが、実はこんな多くの子供がどこかで感じていた、子供らしい探求が哲学の本質なのではないだろうか。

自我が目覚めた頃、多くの子供が感じるであろう「僕(わたし)とは何だ」という単純だが、どんなに考えても解からない問いかけ、そして謎解き、これが哲学そのものである。僕の場合、「僕は何故僕のことを僕と呼んでいるのだろうか。僕が生まれてきて僕が僕を僕として認識するまでは僕は存在しなかった。今僕と認識する僕が僕の生れる前には存在しなかったのに今僕が存在するということは、今の僕が死んでもきっとまたどこかに僕という僕が生まれるのではないか。だから僕は永遠に僕なのだ。」こんなことを考えていた。

また中学生の頃、無限という概念を習った時だった。「この世に無限大、無限小というものがあるなら、今目に見えている世界とて、それらを全て包み込む何かがあるはずだ。例えば地球だって宇宙の一部なら、無限大を考えれば、その宇宙とて何かに包まれているはずだ(その頃はまだビッグバン宇宙論、これとて仮設だが、を知らなかった)。その逆を考えれば、目の前にあるコップとてコップの分子は最小ではなく原子電子があり、それとて無限小でない何かを取り込み、その何かもまた何かを取り込んでいて、そして無限小までそれが繰り返されれば、その何処かに宇宙があってもおかしくはない。そうすれば当然地球もコップの中にあり、そしてコップの中に僕がいても不思議ではない。」そんなことをそれこそ堂堂巡りしながら飽きることなく何度の何度も、それこそ何年も、ひょっとして今も考え続けている、全く脳天気な僕である。
また、母にピアノを習っている時、音のない音まで空想して意識が拡散(さてどうゆう状況かは想像してください)し、気が狂いそうになる時があった。ピアノの鍵盤の音はどんな高い音でもキーたたけば耳に聞こえ認識できる。しかし鍵盤にないそれ以上に高い音を心で「ドレミファソラシドドレミファソラシドドレミファソラシド・・・ドレミファソラシド・・・」と想像すると音のない音で頭の中がキンキンして来る。それも無限大に対する不思議、そして恐怖でもあった。実はこの恐怖は今もラッパの音として感じることがある(今の僕は山に向かってラッパを吹く)。

哲学というと、どうも哲学屋さんにしかわからない言葉の羅列のようだが、子供の頃からの単純な不思議からはじまる思索こそが、本当の哲学なのではないだろうか。哲学屋さんにしか解からない哲学は本物の哲学ではない。僕はそう考える。

 哲学というものは元々古代ギリシャで始まったとされている。哲学の歴史を紐解いてみると、タレスの「水がそれである」が哲学のはじまりだとアリストテレスは言う。タレスは世界の全ての原理は水だと考えたようだ。「自然にあるもの、植物も動物も人間も水分を得て成長し死ぬと水分を放出して枯れていく。この世のものは水の循環の中で生まれ死んでいく。だから世界の原理は水である。」とタレスは考えた。またそこには、命の繰り返し、すなわち輪廻の概念があり、その中に無限をみていたようである。哲学の始まりは子供の頃の僕の問いと同じように始まったようだ。要は「人間は何処から来て何処へ行くのか。」これが哲学の始まりであり、今だそのことが解からず、そして永遠に問い続ける。

それなのに哲学の世界は、いまだに形而上学だの唯物論だの認識論だの・・・現象学だの構造主義だのポストモダンだの分けの解からない哲学用語を並べて、普通の人には難解なものにしているようだ。大体哲学なんて、哲学の本をかいつまんで読んでも「誰々の何処何処の何々の解釈はあれと比較してどう違っている。」ということが哲学屋さんの仕事のようで、どうも哲学は人間の本質を解明しようとする学問ではなく、哲学の解釈ごっこ、権威付けのようでもある。哲学という学問は過去の思索を批判し比較することを仕事としていて、どうも世界に平和とか、人間の幸せとか、今の混沌とした人類の不幸を乗り越えようとするエネルギー、意気込みが感じられない。哲学も市場経済の消費物の一つ成り下がっている(頭脳明晰な哲学屋さんごめんなさい)。

哲学はきっと人間が意識、意思をもった途端に生まれたのではないだろうか、まるで哲学という言葉も知らない少年が「僕とは何だ」と思ったように。哲学よもう一度哲学し、科学や文明を乗り越えろ、またげ(この〈またげ〉が僕のこれからのキーワードである)。

丸山暁〈人間・55歳〉

誰が青果物の供給に責任を持つのか?
市場が、赤字に悩んでいるという。
「取扱数量は変わらないが、売上金額が減少している。」らしい。
青果物流通における卸売市場は、当初(昭和40年代前半)、地域の八百屋を対象に考えられてきたが、その後、中央資本の大手量販店・地元量販店など小売業の多岐の変化によって、その取引内容も大きく変化している。
特に、量の確保や、質の安定を求める大規模量販店の影響で相対取引や、市場外流通が増え、その市場の取引は形骸化している。
また、農家が直接消費者に売る郊外型直売所などが近年特に増え、規格外品が格安に流通するために、それに引きづられて市場も値段が低下し、売上金額の減少に繋がっているものと思われる。
その対策として農林省は、8.5%の手数料率の規制緩和などの手を打っているが、どこまで有効か?不明である。

本来、青果物は、日々利用する物であり、それが途切れることは市民生活に大きな影響を及ぼす。中央大規模量販店が地方に進出し、中央から青果物が運び込まれているが、結局採算が合わなければ、また競争に敗れれば撤去せざるを得ない。また、その競争の狭間で地方量販店も、大きな打撃を受け、閉店においこまれている店舗も数多く見受けられる。
と言って、ある時だけ商品を並べる郊外型直売所が、市民への青果物供給に責任を持って行うような取り組みをしているところは無いに等しい。
 市民への青果物の安定供給を、いったい誰が責任を持って行うのか?
海外では「青果物は歩いて買い物に行けるところに」と言う取り決めがある国が有ると聞く。これからの高齢化社会に、お年寄りなどの生活弱者でも、歩いて買いものに行けるところに販売されていなければ、いくら年金制度が充実していても、命の糧である食糧を手に入れることは難しい。
 また農産物を生産する農家でも、生産された物を全てお金に換えることが出来る市場は優れたシステムである。少しでも高くということで量販店と契約栽培をしている農家もあるが、その商品率は50%いくだろうか?腐れや虫食いは当然のことのようにはねられ、規格外のサイズは引き取りが断られる。
また直売所でも、どんなサイズでも出荷できるとはいえ、天候で客数が少ない、客数より量が多いなど販売できなければ、全て商品ロスとなる、
青果物は、収穫したときから劣化が始まる。流通は劣化との競争である。

結局、農産物は自然の恵みと言うが、その恩恵をすべて集め安定して配分すると言う機能の中心は、地域の市場でしかない。
そして、その市場から流れる八百屋・魚屋の零細小売業が、地域の人々の暮らしを守るのではないだろうか?
 むかし、関西の衛星都市に住んだことがある。そこには中心部に“いちば“があり、野菜・魚・肉何でも揃っていた。そこで客は、店主と話をしながら、また隣り合わせた客と分け合いながら、食材を調達していた。
そして、その周辺にある量販店には、食品売場が設置されていなかった。
もう一度、近所の八百屋・魚屋を、単なる商売ではなく、コミュニケーションの場としても考えて見ることが必要であろう。
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卵かけご飯は大丈夫??きちんとした情報が欲しい
 11日付朝日新聞の社会面に「サルモネラ菌小4女児死亡?大阪、生卵で感染か」という見出しの記事が載った。いわゆるベタ記事だったから、気が付かない人も多かったかもしれない。
 要約すると、4月7日に冷蔵庫にあった生卵をご飯にかけて食べたら、翌朝下痢や腹痛を訴え、その夜に容態が急変して入院。児童の便からサルモネラ・エンテリティディス菌を検出。治療を続けてきたが、7月9日に脳症で死亡。生卵からの感染の疑いが強いと市の担当者が発表。同じく卵かけご飯を食べた妹からも菌を検出したが、軽症だったというもの。生卵をかけてご飯を食べることが好きなので、ちょっとショックだった。

 ただ、この記事を読んでいくつもの疑問がわいた。
 ?卵からサルモネラ菌に感染することはよくあることなのか。
 ?卵は買ってから、あるいは生まれてから何日ぐらい経ったものなのか。
 ?どこが出荷し、どんな育て方をした卵なのか。

 同紙の記事だけではよく分からないので、他紙でどう扱われているのか、ネットで検索してみた。
 読売新聞では、卵を買ったのは7日朝であること、サルモネラ菌での子どもの死亡は2002年8月横浜市での事例以来であると書いてあるが、これが卵からの感染かどうかまでは書いていない。
 産経新聞では、残っていた6個の卵からは菌が検出されなかったことや生産者側の調査でも同様の症状が出たという報告は確認できていないとし、「生卵が疑わしいが、断定はできない」と少しニュアンスが違う。
 疑問が払しょくされないばかりか、産経新聞の記事を読むと、「本当に生卵が原因なのか」という疑惑さえ感じる。

 ネットで見る限り、食中毒の原因の第一位がサルモネラ菌だという。サルモネラ菌は約2300種類で、「エンテリティディス」というタイプは、89年以降最も多く検出され、鶏の腸から血液には入り、卵管、卵巣を経て卵の中に潜り込み、「生卵を食べる日本人には怖い」と書いてある。
 鶏の飼い方、衛生管理に注意した新鮮な卵を選ぶ、パックのまま冷蔵庫に保存し、一週間を目安に食べきることなどの注意事項も記されている。

 これらの情報から考えたのは、マスコミの情報の不十分さと安全な食品をどうやって手に入れるかということだった。
 マスコミ情報のあいまいさが読者をミスリードすることはよくある。それが時として風評被害となる場合もある。かつてニュースステーションの報道で所沢のホウレンソウが大変な事態となり、訴訟に発展したことは記憶に新しい。
 新聞の限られた紙面でどこまで正確に伝えられるかということはあると思うが、少なくとも新鮮な卵だったのか、卵からの感染事例などは取材すれば分かるはずで、その努力を怠っていなかったのかどうか。食の安全に関することは重大な関心事であり、「ベタ記事だから…」と軽く扱われたのでは困る。
 安全な食品は、大量生産、流通の複雑化、たびたび報道される表示の偽装などを考えると、できるだけ顔の見える関係で手に入れる以外にはないのではないか。
 卵なら、どんな場所(ゲージ飼い、放し飼い…)で、どんな飼料を与えて、殻を何を使って洗っているか、そんな情報をきちんと提供している生産者から買いたい。
 しかも、新鮮さを考えれば、地産地消。手間が掛かっているから、少々高くなったとしてもだ。それが地元の生産者を勇気づけ、商売として成り立たせることにつながる。
 そんな産直が身近にあるわれわれは、実は大変豊かなのかもしれない。(ゼロテン)

舌を研ぎ澄ませ?口うるさい消費者となって農業を守ろう?
鉄鋼業界が空前の好景気に沸いている。
東レ経営研究所の永井知美氏のレポート(2006.2.16)によれば、「内需不振・輸出の頭打ち・市況低迷の三重苦にあえいで斜陽産業と揶揄されてきた鉄鋼業界が、劇的に復活してきた。その要因の一つに、『国内の口うるさいユーザーに鍛えられた技術力の高さ』がある。例えば、『加工するときは柔らかく塗装後の焼付け処理で硬くなる鋼板』『自動車が衝突した際、衝撃を吸収しながらつぶれるので乗員への衝撃を和らげることができるような、エネルギー吸収性に優れる鋼材』の開発など、ユーザーの代表格である自動車産業と対話を重ねながら、高い要求に応える技術開発を進めてきた結果である。」と述べている。

さて、長期低迷斜陽産業といわれる代表格に農業がある。産業という言い方が適当でないかもしれないが、鉄鋼業界と同様に、中国や東南アジアの野菜やアメリカ牛肉などの、大量生産の低価格品に押されて、衰退の一途を辿ってきている。
海外の大量生産低価格品に席巻され国内の農業が衰退していく現状に対する危惧は、食糧安保論を待つまでも無く、もっと身近な食品安全の面からも指摘されて来ているが、有効な対応策を見出せないでいるのが現状である。

ところで私は、昨年地方の町に転勤して自炊生活を行ったが、ニンジンの味の違いが素材から来ることを初めて知った。ニンジンは赤い色をしていれば、どこで作られようと差異は無く、味の違いは調理の味付けで決まるものだと思っていた。しかし自分の手で店の棚から買ってきて、産直の収穫したての土つきニンジンと、スーパーの綺麗にラッピングされているニンジンを食べ較べてみて初めて味の違いが実感できたのである。取れたての地場のニンジンは味が濃くて美味しいのだ。
私は不覚にも本物の味を忘れていたのか、あるいは最初から本物の味を知らなかったのかもしれない。
本物の味がわからない消費者を相手にしている生産者は不幸である。いくら良いものを生産してもそれを評価してくれる人がいないのだから。
日本の農業の衰退に対して、農政の失敗だとか、外圧に負けて輸入自由化に踏み切った政策を非難する声は多いが、実はもっと根本的なところで、我々市民・消費者が本物を見分ける舌をお持ち合わせていなかったことが大きいのではないだろうか。そういう消費者のもとには大量生産の安物が広がっていっても不思議は無い。そしてそれが、身近で本物を作ってきた農業を衰退に追いやってきたという可能性は大きい。

世界一厳しい排ガス基準と低燃費への要求が世界有数の自動車産業を育て、自動車メーカーの厳しい要求が鉄鋼業界の技術力を高め斜陽産業を復活させたと言われる。それでは、我々消費者は農業に対しても高い要求を出してそれをしっかり評価してきたのだろうか。
命を育み日常活動の源となる食料に対して、我々はもっと口うるさく高いレベルの要求を出すべきだったのかもしれない。日本の農業はそれに応えられる“奥深い技”を持っているはずなのだから。
その隠れた農業の“技”を引き出させるような舌の肥えた我儘な消費者こそが日本の農業を鍛え、海外の安物が追随できないような安全で高品質な農作物を生産する技術力を高めていくことができる。
そのためには、口うるさい消費者と、対話をしながらその要求に応える“技”を磨く生産者との、好循環を作り出すことが必要である。

舌を研ぎ澄まし、口うるさい消費者となって日本の農業を守ろう!
<疾風>

テーマ:経済・食 - ジャンル:政治・経済

山里便り? 「野菜たちの声が、聞こえる!?」 2006年7月9日
画面いっぱいに、大写しになったニンニクたちが、
泥だらけのまま、雨に打たれて
「忘れているよ!忘れているよ!」と叫んでいる。
「ああ、ごめん!忘れていた。」と、答えながら、これは夢だと分かった。
「明日、起きたらニンニク集めをしなくっちゃ・・。」と、これまた夢の中で思っていた。

昨日、帰宅してフト畑を見ると、ニンニクの茎が枯れて倒れていた。
ニンニクも玉ネギも、茎が枯れ始め、『へ』の字に折れると、収穫時期になったという合図だ。
いつの間にか、みんな、『へ』の字になっている。
梅雨時は、そのままにしておくと腐ってしまうこともある。
「今夜は、大雨に注意してください。」と、気象予報士のお姉さんが言っていた。
急いで、次々と引っこ抜き、とりあえず、畑の畝に置いた。
ササゲに大根、カブにレタスと、夕食のおかずになりそうなものを収穫しているうちに、
ニンニクのことは、すっかり忘れてしまった。
そして、夢を見た。

雨上がりの朝、畑に出てみると、泥だらけのまま情けない様子で、ニンニクたちが転がっていた。
雨で泥が流れているかと思ったが、そうはいかなかった。
茎を抜いて一皮むくと、まっ白なニンニクが現れる。
今年の出来は、なかなか良い。

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大きさも、いろいろ。それが、自然。

我が家のニンニクは、不揃いだが、包丁の腹で潰すと、コリッと気持ちよく、きれいに潰れる。
煮るとホクッと柔らかい。
強烈なにおいもない。実に、上品な香り!
大きいものは、鶏肉や青魚と中国風の煮物に、
小さいものは、鰹のたたきやドレッシングに使うと、丁度いい大きさ。
不揃いというのは、使い勝手がよく、便利なものだ。
料理によって、好みの大きさのものを選べる。
秋になると芽が出始めるので、収穫した半分は、醤油漬けにして保存する。

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鰹が安くなってきた。小型だったが半身で298円。
今晩は、鰹のたたきと鰹の血合いのショウガ煮。
食べきれない分は、ニンニクとオリーブオイルでマリネして
明日は、鰹をイタリアンで食べよう。
掘りたてのニンニクが大活躍!


野菜たちの声が聞こえると言うと、多くの人たちは、興味なさそうに、
「へええ・・そうですか。」と、言う。
例えば、「キュウリが、ネット欲しいって言っていたよ。」と、夫に言うと、
「それ、オイラに、やれってことでしょ?」と、にやっと笑う。
そうではないんだけれどなあ。私は、野菜の代弁をしているだけ。
よく見ると、野菜たちは合図を送ってくる。
それは、料理も同じ。ナベの中から、音や色で「今だよ。」と教えてくれる。
対話をしていると、おいしい野菜が育ち、おいしい料理ができる。
人との付き合いも、同じことだと思う。
野菜たちの声ばかりでなく、まわりの人たちの声も、ちゃんと聞かなくちゃ!
yo

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僕という人間―その11
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僕たち人間は何故生まれ何のために生きているのか。そして何処へ行くのか。そんなことを考えることがある。しかし、そんなことを考える前にとにかく僕たちは生き続けなければならない。
彼、マッチャンは、晴れた日も雨の日も雪の日もどんな日でもほぼ同じ時刻に同じ道を歩いている。毎日歩くのは健康のためなのかもしれない。そして何年も何年も、何十年も同じように草を刈り続けている。もちろん鎌から電動草刈り機に持ち替えてだろうが。彼に「なぜあなたはいつも同じように歩き、草を刈って暮らしているのですか」と問うてみれば彼は「ナニワガネコトキクダ、歩カネバワガネ草刈ラネバ草ガノビテシマウ」と答えるだろう。きっと彼の言葉に人間が生きる意味、哲学があるのかもしれない。

 だいたい哲学(いわゆる哲学を人間が思考すること)なんてものがこの世のあるから人間がおかしくなってしまった。人間もただ、朝起きて飯食って元気に働いてまた寝て起きて・・そして何も考えないで死んでいけばすっきりしていたものを。「人は何処からきて何処へ行くのか」などと、どんなに考えても分からない(ワガネ)ことに答えを見言い出そうとするから精神分裂(この表現はいわゆる精神病でいう統合失調症の精神分裂病ではなく、何がなんだかわからなくなるという意味で気楽につかう精神分裂であり差別用語ではありません)を起こすのである。

 そんな人間の一生の中でただ一つ確かなことが「人間は生まれていつか死んでいく」ということだけで、そのただ一つの確かなことが人間を不安にさせる元である。キルケゴールは『死に至る病』で「人間においてはっきりしているのは死でしかなく、そのことが人間の精神を不安にさせる(筆者要約)」と言っている。しかも、その人生の到達点である死なるものがいったい何なのかも人間には、一生かかっても分からない。それは頭の良し悪し、ノーベル賞を取っていようがただボーット生きていようが関係ない。誰だって死んでみないと解からないのだが、死んでみたとて人間は死んでしまえば死を認識できない。全く厄介である。そんな死だけを人間は確かなものとして生きていかなくてはならない。そこに人間の悩みの元凶がある。

 それだからこそ世の中には「あなた地獄に落ちるわよ」などとノタマッテ人気を博し(TVのお遊びの世界だけかと思いきや彼女の本が本屋に山積みになっているところを見るとけっこう巷でも人気があるようだ)ぼろ儲けしている御仁(検索エンジンに引っかかるかもしれないので実名を入れておこう、それは細木数子である。)もあるが、もしも地獄が本当にあるのなら、「お前こそ地獄に落ちろ」と言ってやりたい。ま、他人の商売に口を出すのは辞めておこう、そうでないと僕が地獄に落ちるかもしれない。

 細木数子の脅し商売をやっかみから批難しようと、宗教的、哲学的に批判しようと、洋の東西に係わらず人間社会はそういう恐怖や恨みつらみを煽り立てながら成り立っているようだ。ニーチェはそうゆう人間の意識を、奴隷根性のルサンチマンといい、キリスト教の原罪や怨念を根源的意識にした西欧文明を負け犬、弱者の文化と切って捨てた。
今ここでは、この件には深入りしないが、多かれ少なかれ、人間はどんなに幸せな時でも、どこかでそれを失うことへの恐れをいだきながら、また苦しい時は不幸を呪い、そこから抜け出すことを願い、今を生きる生を必死で駆り立てているのかもしれない。

 実は、僕は死の入り口まで行って帰ってきたことがある。あれは幼稚園の頃、家族で渓谷でスケッチ(お絵かき)をしていて、退屈になり一人で渓流に足を浸した途端、激流に流されてしまった。小さな子供にとって渓流は魔物であった。僕はそれから岩の間をぬって流され滝壷に沈んだ。しばらくたってからオヤジに助け上げられた。そのとき既に相当時間が経って(僕には数十分に思えたが、それなら脳死していたか少なくとも障害が残るだろうから、数分だったのかもしれない)呼吸はなかったが、すぐに息を吹き返したそうだ。そのとき開口一番「こんな川は埋めてし合え」と言ったという逸話が残っている。そのせいで僕は土木の世界に足を踏み入れたのだと我が家の笑い話である。

 その時僕は、いわゆる黄泉の国の入り口を見た。川に流されながらしばらくは空と水の中を回転していたようだが、いつしか深いプロッシアンブルーの世界に引き込まれていった。そこは滝壷の中だったのだろうが、苦しくも苦痛もなくただ「もうこれでお母さんや家族に会えなくなる、寂しいな・・・・」と思っていたことが最後の記憶である。
そのままだったなら、僕はその記憶を胸に死んでしまったのだろうし、今生きているからその記憶が今も残っている。これを臨死体験というのか、たんなる意識不明からの回復というのかはわからないが、僕にとっての死、少なくとも死の入り口はそのようなものだと考えている。
 
 「人間はいつか死ななければならない、だからこそ生きていこう。」そんな気持ちで生きていく僕の哲学を見出してみたい。人生半分過ぎた今だからこそ。
丸山暁〈人間・55歳〉

産地とはなにか?
先日、岩手日報に、「盛り返せ老舗産地?伸び悩み八幡平市のホウレンソウ?」と言う記事が掲載された。
全国有数のホウレンソウの産地と位置づけられていたが、価格低迷・高齢化による生産者数の減少で販売金額が伸び悩み、技術力とシステム確立による安定生産を目指すという内容の記事だった。
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 そもそも産地とは、何だろう?
まず産地ありきで、議論が進められてきているが、まず前提をもう一度考えることが必要ではないか?
昭和36年に農業基本法が制定され、「他産業並みの所得を」を合い言葉に農業も複合経営から効率的な単作型経営に変わっていった。
そして、機械化による農業の余剰人員が地方から、経済成長の激しい都市への移動が起こった結果、人工集中が進んだ。同時に貨車運送からトラック運送へと物流システムが変化し、容易に畑から直接運送が可能になった。
そのことにより、昭和40年代初めに野菜生産出荷安定法が施行され、指定産地が制度化された。『野菜農業の健全な発展と国民消費生活の安定のため』と言う目的で制度化された指定産地は、リレー出荷となり、全国各地で同じ作物が一年中、生産される体制を作り上げた。

このシステムによる問題は、大きい。
まず都市住民が農と切り離されたことによって食べ物を単なる商品となった。農が命の糧の生産から、商品となり単なる金儲けの産業となったこと。
年中同じ野菜が出回ることにより、季節感を奪ったこと。
売れる農産物を作るために、地場野菜などの食文化を失ったこと。
 そして一番の問題は、農業に競争原理を持ち込んだことである。
産地間競争などといい、農産物の規格が厳しくなり、曲がったきうりや、過熟のトマト、二股の人参・大根など捨てられる野菜が多くなった。
単作経営により輪作で対処してきた土作りができず、連作障害で土が壊れる事態が頻発するようになった。大規模機械化がすすみ、きめ細やかな管理が出来ず、農薬や化学肥料を多投せざるを得なくなった。
農業の基本である土を破壊し、食の安全性を脅かし、自然の恵みと言いながら、大量の廃棄処分を出していく。それが競争原理を持ち込んだ結果である。

農業に競争原理を持ち込むことが良いことだったのだろうか?
そして産地をつくることは何のためだったのだろうか?
それを十分に議論しなければ、産地化を推進していくことに疑念を感じる。(入道殿)

儲けている会社は静かにしている
最近テレビで「もやし」のCMを見ました。
お笑いタレントの「はなわ」が歌っていました。

雪国もやしは?
メチャメチャ高いから?
ゼッタイ買うなよ?

「高い」「買うなよ」というメッセージ
にもかかわらず、
視聴者に人気があるそうです。
その「もやし」は
売上を伸ばしているとか。

何が売れるか分からない、ケッタイな時代ですね。
さて、最近よく聞くコトバ、

「格差社会」。

でも昔から、
金持ちも貧乏もあって、格差社会でした。
昭和30年代からの高度経済成長期も、
長者番付の上位を大企業の実業家さんが占めていました。
長者になる道のりはいろいろになりましたが、
格差社会はずっと続いてきました。
なのに今ごろ「格差社会」というコトバの流行。なぜ?

もしや・・・・。
昔は、
国民を豊かにするために身を粉にして働いた人が
お金持ち
になったのに、

今のお金持ちは、
働かないで私利私欲からカネでカネを稼いでいる、
って思っていませんか?

でもね、
モノが売れない時代は、
モノを作ってもカネを稼ぐことができません。
だから今、
モノを作って稼がないで、
カネを作って稼ごうとする会社が増えたんです。

カネでカネを作る方法に、
みんなで寄ってタカって、
庶民まで、ナケナシのカネを
インターネット株に注ぎ込んだりしています。
近ごろ話題のある総裁は、
1千万円をファンドに預けていましたね。

ところが、「モノが売れない」って言われていますが、
売れるものは売れています。
たとえば、木造建築は不況でも、
鉄骨建設は好況です。
高級ブランド品を、若い人まで買っています。
少し前のことですが、
製品の品質を確保するための国際基準
「ISO」を取得させるコンサルタントさんが
正直にも言いました。

「宝の山に当たったように、忙しい。」

格差社会はあります。
飛行機に乗ると分かります。
モクモクと雲がわいたり雨が降ったりしているのは、
下界
だけです。
上層

いつも
マッ晴れ。

それでも、
下界は
上層をウラヤんだりしません。
下界は
下界で
モクモクと進みます。

飛行機で上空にいると乗客の血圧は上がるそうです。
上層社会の人は、それはそれで大変なんです。
カネのことで毎日、気が気でありません。

ところで、東京秋葉原のクレバリーという会社、
年商40億円のこの会社は
ときどき商品の処分セールをしています。

バージョンが古くなったコンピューターソフトや通信機器
などを段ボール箱に入れて販売します。
価格は3千円。
たいていは使い道に困る商品ばかりです。
それでも、昨年は、600個を準備して5分で完売しました。

商品名は

「不幸箱」

です。

福袋を逆手に取ったこの商法に
若者の人気が集まりました。
キャッチコピーは

「本当の不幸を見せてやる!」

です。

不幸も
商品になります。

格差社会の下界は
下界で、
雨が降ったりしますけど、

花が咲いたり
「不幸箱」が実ったりします。

<服部尚樹>

私の考える愛国心?ストーカー「愛」は嫌だ
 大船渡管内の小学校で愛国心を評価する通知表が使われていたことが問題となり、県議会でもこの問題が取り上げられている。同じ事例は全国各地であったようだが、教育基本法の「改正」論議とも相まって表面化してきたものだ。
 この問題は、国会でも取り上げられ、小泉首相は「率直に言って評価するのは難しい」、「こういう項目は持たなくても良い」と答弁。小坂文科相も「ABCをつけるなんてとんでもない」と愛国心を評価項目とすることには否定的な考えを示している。
 国を愛することは個々の内心の問題であり、それを教育現場で評価するというのはおかしな話で、小泉首相、小坂文科相の答弁の通りだと思う。
 ただ、愛国心が学習指導要領に明記され、さらに教育基本法では法律に明記しようとしていることを看過していると、将来、この答弁が覆されてしまうのではないかという懸念はある。

 私自身は「愛国心」という言葉は好きになれない。そもそも「愛」という言葉には抵抗がある。
 「愛」というと、真っ先に思い浮かぶのは異性に対しての感情を表現する言葉だが、これがどうも恥ずかしくてうまく使えない。「好き」という言葉にはあまり抵抗はないのだが、「愛している」とはなかなか言えないで50代を迎えた。
 厳密に言えば、「好き」と「愛している」という言葉には微妙なニュアンスの違いはあるのだろうが、私の中では同義語だと思っているが、それが異性に伝わっていたかは分からない。

 「愛国心」という言葉に抵抗があるもう一つの理由は、かつて強制された歴史を持ち、それが戦争につながったことからくる、漠然とした不安である。
 「国」という言葉と「政府」が混同され、国を「愛する」ということが、政府を「愛する」ことにすり替えられ、政府の進める政策への賛同を強要される危険性をはらんでいるような気がしてならない。
 勝手な思い込みで「愛」を伝えようとすると、今はやりのストーカーになりかねない。異性同士でもそうなのだから、国を愛するということでも強制はごめん被りたい。

 日本という国を「好きか」と問われれば、「好き」だと答える。かなり漠然とした理由だが、私の中では先に述べたように「好き」=「愛する」だから、日本という国を「愛している」ということになる。ただ、政府が「好きか」と問われれば、現状では「否」と答える。国と政府への評価は違うのである。

 教育現場で必要なのは、とらえどころのない「愛国心」より前に、日本という国の歴史、地理、文化などをきちんと教えることではないか。
 特に歴史には、「明」の部分もあれば、「暗」の部分もある。いわゆる現代史は、私が小中学校や高校の時にはほとんど教えられた記憶がない。「試験に出ないから」と言われたような気もするが、扱うことが何かタブー視されていたようにも思う。
 たとえ不幸な歴史があったとしても、きちんと知ることで、次代を担う子どもたちが物事を正しく判断する目を養うことができるし、それによって過ちを繰り返すことを防ぐこともできるだろう。

 もう一つ思うのは、国よりも住んでいる自分の地域の歴史や文化を時間を割いてきちんと教えることではないか。
 「郷土」という言葉も少し硬くて好きではないが、まずは郷土を「好き」になることから始めないと、日本を「愛する」ところまではなかなか行き着けないような気がする。(ゼロテン)

工事費増額は悪いこと??北山トンネル工事費増額を側面から見る?
盛岡の郊外の団地と中心部を結ぶ北山トンネルの工事費が増額となり議論を呼んでいる。
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北山トンネルは約1kmのトンネルで、一昨年平成16年3月に51億円で工事契約がなされ工事が進められてきた。
これまでに、昨年10月に17億5千万円の増額変更し、今年さらに18億円の増額変更が必要になったという。工事が始まって2年間で35億円、7割の増額が必要になった。
事業を行なう県の担当者は、「地質が当初の予想以上に脆弱であるため、地盤を固めるボルトを打ち込むなどの補助工法が必要となった」と説明しているが、市民やマスコミの間からは、「調査不足や見通しの甘さ」を指摘する声があがっている。

7割も増額すると聞けば、世間一般の常識から見れば異常なことであり、非難の声を挙げる事が一見当然のように見える。しかし、この問題はもう少し違った側面から深く考えないと本質が見えないし、単純な非難は今後に悪影響を及ぼす可能性がある。

結論から言うと「“細かく増額していく進め方”が税金の支出を最小限にする手法」であり、「増額を否定すると、もっと不経済になる」可能性があるというのが私の主張である。

このようなトンネル工事を行なう場合は、事前に地質調査が行なわれ、その調査結果を基に設計と工事費の積算が行なわれる。そして工事が始まると、掘り進みながら内部の地質状況の観察と、切羽からの先進ボーリングによる詳細調査を行ないながら、さらに掘り進めていく。すなわち“詳細調査と工事を同時並行的に行ないながら掘り進める”のがトンネル工事の特徴なのである。
事前の調査は、地表踏査、弾性波探査、ボーリング調査の組み合わせで行なうのが一般的であるが、限られた点や面のデータから、見えない内部の地質状況を立体的に推定するためおのずと限界があり、掘り進めないと分からないところは必ず残される。掘り進めるほどに調査精度が上がり、それに連れて新たに断層や破砕帯が見つかってくる。すなわち、精度が上がるほどに悪いものが見つかってきて地質状況は悪くなるのが通例である。病気の検査で、触診やレントゲンで見つからなかった病巣がMRIや内視鏡検査などの精密検査により新たに見つかってくるようなものである。
断層などの地質の悪いところが見つかれば、それに対応するため地盤を固めたり支保工を増やすなどの補強工法が必要になり工事費は増加する。すなわちトンネル工事などの見えないところを相手にする工事では、工事費は増額される方向に向かうのが一般的なのである。

さて、もしもこういう状況で増額が認められず、関係者が責められるようなことになればどういうことが起こるのだろうか。
事業担当者として考えられる方法は、増額をあらかじめ見込んだ工事費を見積っておくことになる。これは一見正しいことのように思えるかもしれないが、言葉を変えれば、「はっきり必要かどうか分からないものに適当に金額を付加しておく」ということである。そして、一旦こういうことを始めると、歯止めが効かなくなる可能性がある。50億円かかると積算しながら、「何が起こるか分からないから、増額を見込んで70億円にしておこうか、いや100億円にしておこうか」ということになってしまいかねないのだ。
設計者側はどうするかというと、より安全側を見込むことになる。安全側とは、“確認されている”調査結果では地盤の補強は必要ないかもしれないが、 “念のため”補強工法を設計に盛り込んでおくようにすることである。
こうしておけば、予想よりも地盤が悪くなっても大丈夫ということになる。
それでは、そういう安全側を見込んだり、事業費を付加したりして掘り進んでも、当初の調査により確認されていた以上に地質状況が悪くなかった場合はどうなるのだろうか。
それは当然 “付加して高く見積もった”分は減額して予算を返し、“念のため安全側に盛り込んだ”補強工法は削除すべきであるが、その当然の削減が行なわれ難いのが現実である。
一般的に役所の予算には “獲得する”という概念がある。獲得した予算を使うことに対しては抵抗感が無い。一般家庭でもそうであるように、お金が無いと切り詰める方向に動くが、余っていると切り詰める力が弱くなって散財してしまう。
設計面でも、最初に必要だとして盛り込んである補強工法を、現場の担当者が不要であると削除するのはかなりのエネルギーと勇気が要る。補強工法はトンネル内では人命にかかわることなので、現場では無いよりも有った方が良いと考えるのは当然である。工事の途中でこれを削除して工事費を減額し予算を返還したとしても、担当者に報奨金が出るわけではなく、万が一事故が起きれば、重大な責任を問われる可能性があるのだ。下手をすると刑事責任を問われるようなリスクを犯してまで、当初設計に見込んである補助工法を削減するより、安全性が高まるのならばそのままにしておく方を選択しがちになることは自然である。
このように、“念のため”とか “とりあえず”と言っても、一旦設計に盛り込まれたものを後から削減することは、余程のことが無ければ難しいのである。

そういう状況を理解したうえで、一般論的に事業というものを考えると、途中で事業費の増加も無く順調に無事に完成した事業というものは、実は余分な予算を無駄使いし、過大な安全性を持ったものであった可能性があり、逆に、事業費を徐々に増加して「見通しが甘い!反省しろ!」などと非難を浴びながらやっと仕上がったものが、予算的にも安全率的にも最もの効率的なものであった可能性があるのだ。

今回話題となっている、岩手県の北山トンネルについては、事前の調査が的確で十分であったのか、7割の増額が適正であるのかは、詳しいデータを見なければ判断できないが、一般的にはこういうことも有り得るということである。このことを理解した上で、市民やマスコミの「見通しが甘い!」とか、関係者の「増額が必要になったことに反省し、今後設計・積算などをより慎重にやっていきたい」という発言は、どちらも本当に当を得たものであるかどうか、斜に構えて考えてみる必要がある。
<疾風>

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山里便り? 「ここが、好き?」 2006年7月2日
玄関を出るとパセリがいる。
「よいしょ。」とまたぎ、外へ出る。
タネがこぼれたのか、飛んできたのか、去年の春からここで、元気に育っている。
この場所が好きで出てきたのか、たまたま出てきたらここだったのか・・。
日当たりが悪く、肥料もない石の間だから、育たないだろうと放っておいた。
通常、パセリは肥沃で日当たりの良い場所に植えろ、ということになっている。
ところが、元気にすくすく育ち、越冬した。
園芸書に書いてあることが、必ずしも正しいとは限らない。
実際に、やってみないとわからないことが多い。
扉を開けると、すぐに、パセリがあるというのは、なかなか便利だった。
どしゃ降りの日や雪の日に、畑まで歩かなくてもいい。

パセリに限らず、植えたつもりのないものが、アチコチから生えてくる。
そこが住みやすい場所なのだと思い、そのまま、そこで育てている。
二代・三代と続くうちに、環境に順応して遺伝子が変わるのか、
霜に弱かったハーブや花たちが、2度・3度と霜が降りても
すくっと立っている姿には、感動してしまう。
実生で育ち、14年目。年々、丈夫になっている。

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玄関前のパセリ
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パセリ二代目

パセリは二年草、花を咲かせ、タネをつけ、子孫を残し、枯れていく。
「ご苦労さん!」と声をかけて、フト横を見たら、その横で二代目が育ちつつあった。
大きく育つのか楽しみ。「おいしく食べるからね!」と、声をかけた。
あなたたちも、ここが好きなんだ。
駅もない小さな山あいのまちだけれど、私もここが好き。
『不便なところ・田舎まち』と、言う人は多い。確かにそうだ。
でも、自分で言うぶんには構わないが、人様に言われると気分が悪い。
「やれやれ、いい年をして大人気ない」と、我ながら思う。

小さなまちが、今年の1月にチョー有名な花巻市と合併し、
晴れて(?)花巻市民を名乗ることになった。
東京にいる家族や友人は、
「大きくなって良かったね!有名だし・・。みんな知っている名前だもの。」と喜んでいた。
そういうものかなあ。花巻市が良ければ、最初から花巻市に移り住んでいる。
私は、「ここが好きで、来たのだもの。」と心の中でつぶやいた。

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6月は、ラッキョウ漬けの月。今年は、宮崎産のラッキョウで漬けてみた。
泥つきでコロコロと太って、スーパーに並んでいたから、思わず買ってしまった。
国内産のエシャロットは、早採りラッキョウを軟白したものだそうだ。
このあたりでは、ラッキョウは見たことがないが、エシャロットは作り始めている。
来年は、岩手のエシャロットと野田塩で、ラッキョウを漬けてみよう。
Yo

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僕と言う人間ーその10
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このクソ暑い時に、なんと涼しそうな(冬に見れば寒そうなのだが、今見るとまるでカキ氷のように涼しげではないか)風景だろう。この写真は僕の家の外灯である。その外灯には1993と書いてある。この数字は僕が東京から岩手の山奥に越してきた年である。全くなんですき好んでこんな雪深い不便な地に来てしまったのだろうか。これもきっと僕という人間が生きてきた軌跡、すなわち「歴史」の結果なのだろう。

 「歴史」とは世界や国家の書かれた「歴史」だけが「歴史」ではなく、個人の「歴史」もあることを前回述べた。
 僕の「歴史」など皆さんにとっては何の役にもたたないだろうが、それでもこの「歴史」は世界にただひとつの「歴史」でありとても貴重なものである。そのことはもちろんこの世に生きている、否死んだ人も、この世に生を受けたもの全てがそれぞれに唯一の貴重な「歴史」をもつということでもある。

 僕の「歴史」の中では広島での少年青年期が僕のこれまでの人生に大きく影響している。
少々横路にそれるが僕は大学時代数人の仲間とSM研究会を名乗っていた。ま、それはいわゆるサド・マゾのことであるが、それを実践するというのではなく、せいぜいその手のエロ映画を仲間と見に行き、その出来具合を批評するという程度のかわいいものであったが。
 
では何故そんな傾向に走ったのか、それは僕が広島で思春期を暮らしたことに起因していると考えている。広島の原爆の惨禍、残虐さ、老いも若きもそして乙女も、思春期の少年にとっては原爆の地獄の火に焼かれ、放射能で身体を蝕まれた少女たちの姿は悲惨であった。その姿は深く少年の心に焼きついた。そして彼女たちを地獄に落としたアメリカへの復讐心が僕のSM志向の起点であった。それは原爆を落としたアメリカ、そしてアメリカ国民への復讐、原爆の地獄をアメリカ国民にも、それは当然広島の少女・乙女と引替えにアメリカの女性たちへも・・と転化し、SM趣味が僕の中で発生したと考えている。少々この件に関してはいい訳がましいが、幼少期の体験が深層的に大きな影響を与えていることは確かだろう。原爆とSMをつなげるなど不遜であるとお怒りの方々にはお許しいただきたい。僕の幼稚な心理分析である。そして僕は強い反核論者である。
アメリカのスミソニアン博物館にエノラゲイ(広島に原爆を落としたB29)が展示してある。そして今も多くのアメリカ人は、広島に原爆を落としたのは大日本帝国主義の戦争を早く終わらせ、アメリカ兵士の戦死者を最小限に食い止めるためには仕方がなかったと解釈している。これはこれでアメリカとしては当然の歴史認識であろう。特に当時原爆の脅威は一部科学者や軍関係者だけが知りえたことでありアメリカ国民は知る由もなかったろう。

しかし、アメリカは今なお世界最大の原爆保有国であり、原爆の開発を加速化し世界の軍事帝国者になろうとしている。そういうアメリカは原爆の惨禍を歴史的遺産として受け継いでいるのだろうか。2次大戦での原爆使用は過去の「歴史」であるが、今アメリカが保有する、またより破壊力(破壊力とは人間の身体を切り刻む残虐性、非人道性に他ならない)を増した核兵器の将来をアメリカは未来の「歴史」にどう刻もうとしているのだろうか。「歴史」とは単に過去のものではなく未来を形づくるための遺産でもある。アメリカは2次大戦戦勝者としての遺産を引き継ぐと共に原爆の惨禍、原爆投下の責任も引き受けなければならない。

またこのことは日本における戦争責任にも言えることである。確かに僕たちは2次大戦を生きてはいなかった。あの戦争は、当事の政府と天皇によって引き起こされ拡大した。そして不本意ながらも、他国に侵略したのは当事の軍隊であり僕たちではない。だから僕たちには戦争責任はない。
果たしてそう言い切れるのだろうか。僕たちは今豊かな平和な社会を生きている(いくら格差が拡大したといっても日本は平和で豊かな国である)。これは過去の日本の「歴史」から受け継いだ遺産である(もちろん「歴史」は今も未来へ繋がっている)。そういう遺産とは正の遺産だけでなく負の遺産をも受け継ぐべきではないのか。例えば、従軍慰安婦の問題、朝鮮人強制連行の問題、海外への侵略の問題・・など過去の「歴史」として僕たちは忘れ去っていいのだろうか。そうではないだろう。僕たちは、それらも日本の歴史遺産として受け継ぐべきだと考えている。
「靖国参拝は個人の自由」と言ってのける小泉さんは一国民としても首相としても日本の歴史遺産を受け継ぐ資格はない。

僕のオヤジは、戦後満州から引き揚げて東京で農林省の役人をやっていたが、組織が嫌になり、広島の山奥の農場長になった。オヤジも今で言うところの「脱都会田舎暮らし」であった。僕は決してオヤジのようになろうと思っていた分けではないが、東京で会社を辞め今畑を耕している。僕もなんだかオヤジと同じような道を歩んでいるようだ。これも僕の「歴史」であり、オヤジから受け継いだ遺産かもしれない。
丸山暁〈55歳・人間〉



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