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岩手県盛岡から発信、ローカルな足場からグローバルな普遍性を論じる
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ブログ新聞 『市民ジャーナル』
市民ジャーナルは、ローカルな現場の当事者の視点からグローバルな普遍性を論じようとするものです。皆さんの投稿をお待ちしています。 sj17417@yahoo.co.jp
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山里便り47「今年の桜は、どっち向き!?」2007年4月16日
そろそろ春の土用。
この春の土用を目安に春まき野菜のタネを蒔くらしい。
桜の花が咲いたら○○を、ツツジが咲いたら○○、田植え花が咲いたら田植えと、自然の法則があるそうだ。
数日前にはホケキョが鳴き、窓からはホオジロをしばしば見かけるようになった。
田んぼの上空をシラサギが飛んでいる。
先日、シラサギを見かけた時、「ツルだよ!すごい!ツルが飛んでいる!」とつれあいに報告した。彼は困ったような笑い顔で、「あれはシラサギだよ。」と教えてくれた。
14年前に台所の窓からカモシカを初めて見たときは、大型犬かと真面目に思った。呆れられるだろうが、東京では四足で歩く生き物はイヌかネコしか見かけない。私の経験則から判断すると「あれ何?イヌ?」ということになったのだった。「ああ、生き物の名前も少しずつ覚えたなあ。」と思う。

鳥のさえずり、雨音(雪は音がしないもの)、トラクターの機械音など、音が聴こえるようになり、生き物をよく見かけるようになってきた。ヒトの姿もちらちらと見かける。
気楽な趣味の家庭菜園と言いつつも、「ああ、今年もとうとう始まってしまう。」という、ちょっと面倒くさいような気分が頭をよぎる。鍬をサクッと土に入れれば、覚悟もつくというもの。
来週あたりから、我が家でもタネ蒔きを始めよう。
覚悟のひと鍬をサクッと入れて・・。

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原種のアネモネ。朝開き、夕方とじるを繰り返し、タネをつけて散っていく。
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福寿草のタネ。
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ヒアシンスの花芽。
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ワサビの花芽。ワサビは花が咲くと辛味が薄れると言うから、今が食べごろ。
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裏庭の桜もそろそろ咲くかなあと思いつつ、桜もち&桜まんじゅう。
『桜の花が上を向いていたら雨が少なく、横を向いていたら平年並み。下を向いて咲いたら雨や台風が多い年』になるそうだ。
県内でも、そろそろ桜の開花便りが聞こえてきた。今年の桜は、どっちを向いて咲くのやら。

『市民ジャーナル』は、一応、社会・経済ブログということになっていて、なんか分不相応だなあと思いつつ、頭をメチメチさせながら、なかば強引に食べものに持っていく。1年続けたらとりあえず1回〆ようと思いつつ、そろそろ1年。このところ毎回、文末に『おわり』の一文字を入れようと思いつつ、入れられない・・。
ああ、習慣って恐ろしい。ご飯の後に歯磨きすることが習慣みたいに、日曜の朝にはパソコンに向かっている。(丸山淑子)



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テーマ:田舎暮らし日記 - ジャンル:ライフ

山里便り46 「統一地方選挙と大豆のはなし。」 2007年4月8日
今日は、統一地方選挙の投票日。
母が二十歳の時には、女性に選挙権がなかった(女性だけではなく、階層や所得によっても選挙権がなかったわけだけど)。女性が選挙権を得たのが敗戦の翌年、1946年のことだったと思う。ゆえに、投票したくても出来なかった人たちがいた時代が長かったことを思い、「どうせ誰がなっても同じかも・・。」と思いつつも、投票場に足を運んでいた。
が、実は、ここ数年、投票には行っていない。特に支持したい候補者がいるわけでもなく、マニフェストなるものをチラッと見ても、どの候補者も何だか具体性に欠けていてピンとかなかったこともある。

昔の話と言えば、選挙もなかったであろう弥生時代。
すでに大豆は、西日本を中心に栽培されていた。野生のノマメ(ツルマメ)が分化し、長い年月をかけて今のダイズになったわけだけれど、最初は1種類のノマメが、今では豆腐・納豆・味噌・しょうゆ・食用油に食品添加用粉末などなど、加工用途により、マメの粒の大小・脂肪分の多少・硬さなど目的に合わせて品種改良が進んできた。そうそう、枝豆やモヤシもありました!
昔からタンパク質供給源、肥料のいらない作物、土地を肥やす作物、換金作物として重要な位置を占めていた。そして、日本の食文化において大きな役割を果たしてきた。
もともと中国から日本・アジアにかけては、品質の良い大豆が採れる大豆の文化圏で、ヨーロッパや新大陸はインゲン豆の文化圏。
そんな大豆を「ミラクル・クロップ(驚異の作物)」とか「土から生まれた黄金」などと呼び、アメリカが日本や中国で集めたダイズの種子を改良してトウモロコシと輪作栽培するようになり、大豆が世界に広がっていった。

本家本元の日本でダイズの生産が減ってしまい、輸入大豆で作られた加工食品があたりまえみたいに感じられ、気にもしないで過ごしていたが、ここ5?6年、豆腐や納豆のパッケージに、県内産○○大豆とか北海道産××大豆使用という文字を見かけるようになってきた。大豆の自給率は低いはずなのに、増えたなあと思いながら喜んで、農家を応援する気持ちもあり買っていた。
当時、遺伝子組み換え大豆が問題になっていた時期と重なったこともあり、国産大豆が再び見直された経緯もあると思うが、微増したのは、コメを減反した農家に補助金を出し、転作作物として大豆を作付けさせていたからで、農家は、その補助金を切られると作り続けることは難しいと言っている。大規模経営で集落営農の団体にしか補助金が出ないとなると、小規模農家の経営は厳しい。それに、集落営農の進んだ県には作付面積でも敵わない。
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岩手で品種改良された秘伝枝豆。山形に行って作付け面積を増やし、山形の豆として人気者になってしまった・・。でも、岩手生まれ!

まあ、今回は久しぶりに行ってみるかなあ。せっかく持っている権利だし。ちらっとでも農業のことを言っている候補者に投票しようと思っているが、「農業問題に取り組みます。」だけでは、どんな風に取り組んでくれるのか分からないし、さて、誰に投票したらいいものか・・。花でも見ながら考えようっと・・。

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  シラーの観察日記6。満開      
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 原種のアネモネは、蕾が土の中から出てくる。満開の花よりも蕾に心惹かれる。
(丸山淑子)
          



テーマ:食べ物 - ジャンル:ライフ

山里便り45「特別な日。」 2007年4月1日
今日は、私にとって特別な日だ。
結婚記念日も○○記念日も覚えていないが、4月1日に、ここへ引っ越してきたことは覚えている。
今日みたいに春の雨が降っている日で、家に荷物を運びこむのが結構大変だった。
何故、4月1日を選んだかと言えば、当時の日本の借家事情がある。1日過ぎれば1ヶ月分の家賃を払わねばならない。退職後は自由業の身、年度の変わり目を感じることもなく、昨日の続きは今日。今日の続きは明日みたいにメリハリなく過ごしていた。ここで、ひとつメリハリをつけたい。そんな訳で、3月31日の夜の新幹線に乗ってやってきた。
夕飯は新幹線の中で、見送りに来てくれた友人が、餞別がわりに持ってきてくれた五目おこわを食べたような気がする。
深夜の盛岡駅に着き、人がいない駅前通りを歩き、ホテルに泊まった。ホテルの名前は覚えていないが、コンビニで見た福田パンの大きさとボリュームには圧倒された。ケチケチしていなくてドカンと大きくて、小ぶりで、こじゃれたものを見慣れ目には新鮮で感動し、「こうゆうパンを売っている所でなら、楽しくやっていけそう。」と、思ったものだった。 

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シラーの観察日記5
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チベタヌス(上)          20070401084337.jpg
クリスマスローズと同じ属だけれど、中国生まれのチベタヌスとヨーロッパ生まれのクリスマスローズ。チベタヌスは深澤紅子さんがユキオコシの名で絵に描いている。岩手に古くからあったらしい。
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早生のチューリップ。雪が融けたと思ったら、また、たっぷりとした雪が降り、再び残雪。
家庭菜園の気楽さで、今年は、ゆっくりとやりなさいと自然が言っているのだと思うことにした。


あれから14年。中学2年生と同じだけ、この地で過ごしたことになる。「どこから来たの?」とも「どうして来たの?」とも「馴染みました?」とも「帰りたくならない?」とも、もう誰も聞かなくなった。この手の質問には、何十回となく答えてきた。聞く方は1度でも、答える方は会う人ごとに答えなければならず、「なんか、もっと違うこと聞いてよ・・。」と思っていた。それが無くなって、実に嬉しい。
後で聞いた話では、集落の人たちは、「どうせきっと東京に帰るに違いない。何ヶ月もつんだか・・。」と話していたそうだ。このまちにも移住者は多い。多いけれど、諸般の事情で出入りも、結構、頻繁だ。
最初は、生活のリズムや会話のテンポの違いに戸惑ったものの、慣れてみると『ゆっくり』は、なかなか良いものだった。『ゆっくり』じゃないと、租借できずに飲み込む感じで、消化不良を起こしそうだ。それに、効率だけを考えていると視野が狭くなるような気がする。

まあ、とりあえず、住み続けることが出来てよかったと思いつつ、
新年度、また新しい出会いがあることを楽しみに、14回目の4月1日を迎えた。
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最後の白菜と豚肉で重ね蒸し煮。貯蔵しておいた冬野菜も、食べ終わりつつある・・。やっと・・。
(丸山淑子)


テーマ:スローライフ - ジャンル:ライフ

山里便り44「ゆっくり発酵パンみたいに。」 2007年3月26日
りんご農家のmiharuさんから、
「りんごの枝を集めておきましたよ。いつでも、どうぞ。」と、連絡がきた。毎年、ストーブの焚きつけ用に、剪定をしたりんごの枝をもらっている。
その声を聞いて、いよいよ春が来たと思った。
昨夜からの雨で家まわりも雪も融け、土が見え始めた。フキノトウも食したし、クロッカスも咲き始めた。南からは、桜の便りも聞こえてきたし、何だか心も弾んでくる。

近所からは、冬の間、畳んでおいたビニールハウスを組み立てる音が聞こえてくる。その音を聞くと、園芸初心者の頃は、何だか妙にソワソワして、「春だ!種まきや植え付けをしなくっちゃ!」と、せっかちに種まきやら花の株分けをして数々の失敗を重ねてきた。このウキウキ・ソワソワを通称『園芸熱』と言うそうで、園芸初心者が誰でも1度はかかる麻疹みたいなものだそうだ。
まわりの山を見渡せば、まだ残雪もある。山の雪があるうちは、どんなに陽射しが暖かくても風は冷たいから「まだ早い。待つのさ。」と、古老たちから教わった。なるほどね。
まわりの景色や風の匂いから、種子の蒔きどきも読めるようになってきた。何よりも分かったことは、急いで蒔いても、『その時』にならないと芽が出ないということ。結局、早蒔きしても、ゆっくりと『その時』に蒔いたものと成長は揃ってしまう。
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      シラーの観察日記4。雪の下になって少々傷んだものの花が咲いた。          20070325090128.jpg
   石の間からクロッカス!

最近、一晩かけて発酵させるパン作りに凝っている。眠りながら『待つ』のだけれど、これも待つことのひとつ。
イーストを通常の1/3に減らして作る。天然酵母のパンが人気だけれど、私はイースト派。イーストパンの皮・食感・風味が好き。レンジで発酵スピードパンが一世を風靡した時もあったけれど、やっぱりゆっくり発酵したパンの方がおいしい。どうせ手をかけるなら美味しい方がいい。そこそこの味のものならお店で買えばいいもの。家庭で作れば自分の好きな味に仕上げられるし、商売をしているわけじゃないから利益を出すことも考えなくていい。自分の食べたい物は、自分で作るという人が増えるといいなあと思っている。
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ベーグルの穴が、ちょっと小さかったかも。
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          ドライフルーツ入りバゲット。 

固いパンになったり発酵過多でアルコール臭が出てしまったり、数々の失敗を繰り返したけれど、チャレンジ精神と実験や失敗が大切なコトだと思っている。それって、人生とか仕事や結婚と似ているなあと思う。
年度末、何となくドタバタとあれこれ、気持ちばかりが慌てるけれど、ゆっくりと落ち着いて、私もゆっくり発酵させようっと。(丸山淑子)
  


テーマ:食べ物 - ジャンル:ライフ

山里便り43 「メタボリックな苺たち。」 2007年3月18日
暑さ寒さも彼岸までというが、ここ数日は寒い。
今朝の気温もマイナス9℃だった。先日の大雪で、あたり一面雪景色に変わり、土も見えない。覚悟のできている冬の寒さより、春先の寒さの方が、身にも心にもこたえる。
「あーあ。冬みたい・・。」と思いつつ、朝食を食べていたら、テレビにつやつやと真っ赤な大きいイチゴが登場した。丈は7?8センチ、腹回りは、ヒトで言うならばメタボリックシンドロームっていうかんじのイチゴたち。
「おっきい・・。」とあっけにとられて見ていたら、イチゴのブランド化が過熱しているという番組だった。美味しそうというよりは、何だか不気味というかビョーキのイチゴたちに見えてしまった。
ヒトは本能的に酸っぱい食べものには、拒否反応を示す生き物なのだそうだ。酸っぱいイコール腐っているという構図ができているらしい。それにしても、ベリーと名が付くからには、酸味もなくてはイチゴじゃない!

酸味の少ない果物が増え、果物売り場に糖度表示がされることが、あたりまえみたいになってきた。なんだか、つまらない。工業製品ではあるまいし、1パック・1袋の中に甘いものや酸っぱいものが混ざっていた方がドキドキする。酸っぱいやつの後に、今度は甘いかなあと期待して食べたりして。味も形も口当たりよく、姿良く揃えていくのは、今の日本の社会みたいだ。

その番組によると、全国で168品種のイチゴが栽培されているそうだ。消費者がイチゴを選ぶ基準は、甘さが一位。以下、品質・価格と続くと説明していた。ゆえに、甘くて大きなイチゴが、次々に誕生するらしい。
今の時代、農薬のことなど気にしていたら何も食べられないということなのか、それとも安全だと信じているのか、生産過程については、何ら気にしていないようだった。
私の母は、イチゴを食べない。生食で皮をむかずに食すものは、避けたいと言っている。彼女は、はなから表示を信じていないようだ。
フツーより大きくて甘いイチゴをつくろうとしたら、より長い期間、病害虫がつかないように育てるわけだから、やっぱり農薬散布の回数が増えるのではないかと思うのは素人考えなのだろうか。先日も、栃木県産イチゴの一部から、規定の8倍の残留農薬が見つかったばかりだ。

お宝野菜(伝統野菜)復活ブームや競争の激しいフルーツ市場の中で、果物や野菜のブランド化が益々過熱し、登場しては消えていくものも多い。どうにか生き残ろうと、しのぎを削っていく。これでは、農家が落ち着いて土つくりも農業もできないのじゃないかな。日本の農業は、やっぱり、あやういなあ。
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イチゴクリームに、イチゴをトッピング。大迫でも数年前から、観光イチゴ園がオープンした。産直に定番の『とちおとめ』や『さちのか』が並んでいる。栽培技術が向上したのか、めっきり粒が揃ってきた。
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シラーの観察日記3。蕾がふくらんできたのに、今週は雪の下。多分、このあたりだと思う。
(丸山淑子)

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山里便り42 「いり卵とスクランブルエッグは、違うのに・・。」 2007年3月11日
『御馳走帖』という書名に引かれて、内田百を読んだ。
今どきの言葉と違い、言葉に慣れるまでは読みにくかったが、昔の人の言葉には色気があったなあと思いつつ巻末を見ると、
「本書の文章の文中で、今日の歴史的・人権意識に照らして不適切と思われる表現が見られますが、時代的背景と作品の価値を鑑み、そのままとしました。当時の政治的・社会的状況を充分にお考えいただき、ご賢読いただきますようお願い致します。」と、編集部からの断り書きがあった。
「どこどこ?どの部分?」と、不適切な言葉が分からないまま、最後まで読み終えてしまった。『女中』だろうか・・。

誰でもが抵抗なく使える名前に改めるべきということで、魚介類や昆虫の名前も改名が進んでいる。掃除婦・用務員・ジプシーなどもタブーの言葉になった。清掃作業員とか学校補助職員などと表現するらしい。
やたらと長い。分かりやすい表現が求められている時代に、人間関係を重視してか、ぼかして、間接的で、やんわりとした表現が増えている。人間関係を重視している割には、逆に、関係そのものは希薄になっている。
差別用語と呼ばれる言葉が問題なのではなく、その言葉に対する偏見と蔑視が問題なのだと思う。時と場合によっては、美しく正しい言葉使いだけでは、到底、間に合わないこともある。

「今どきの若い者の言葉使いは、なっていない。敬語を知らない。」と、私も言われて育った。今どきの若い者は云々ということは、いつの時代にも言われ続けてきたことだ。試しに祖母に聞いたことがある。祖母も、今どきの若いもの云々を言われて育ったという。若いうちから敬語を流暢に使える人間の方が、妙ではないか。間違った言葉使いは、その度に、まわりの大人が直して教えてくれれば、それでいい。
尊敬していない相手に尊敬語を使うのも妙な感じだし、企業のトップのお詫び会見などは、いくら丁寧語や謙譲語を並べられても慇懃無礼な印象しか残らない。
形式だけ整えてみたところで、心が伝わらない言葉・届かない言葉は、言葉の意味がない。

『ら』抜き言葉が認知され、古語から現代語に長い年月をかけて変化したように、
明治維新で新しい造語が一気に増えたように、
言葉は、時代の移り変わりや社会の必然性によって変わっていくものなのだろう。
ただ、身体(しんたい)を使った表現が差し障りがあり、料理の手ばかり・目ばかりが忘れられていくのは、ちょっと寂しい。
それに、いつの間にかスクランブルド・エッグといり卵が、同じものということになってしまっている。
スクランブルド・エッグは油を使う料理だし、いり卵は油を使わず作る、ほのぼのとした日本のおかあさんの料理なのに・・。
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けなげ!シラーの蕾が膨らんできた。20070311081645.jpg
ローリエの新芽が発芽!
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薪ストーブを一日中焚くこともなくなってきた。ことことふっくらの煮豆つくりも、そろそろ終わり。   20070311081737.jpg

(丸山淑子)

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山里便り41「春3月に、つらつらと思うこと。」 2007年3月4日
風なし。トラック通らず。通勤の車少なし。絶好の野焼き日和。
晴れて暖かな土曜日の夕方、表の土手の野焼きをしようと思って見たら、すでに草が青々と育っている。今年は、野焼きのタイミングを逃したようだ。
その上、鐘を鳴らし、消防団が「乾燥しています。火災に注意をしましょう。」というテープを流しながら、うちの前を通り過ぎた。ああ、もう完全にあきらめなくては・・。
楽しみを奪われて、仕方がない市民ジャーナルの原稿でも書くかとパソコンの前に座った。

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クリスマスローズ・早生咲きのシラーが出てきた! 20070304084459.jpg

このところ気になっていることがある。私が書いているこのブログの中で、アメリカがしばしば登場する。しかも、あまり好い場面で登場していない。特に、アメリカ人にうらみや悪い感情を持っているわけではなのだが、ただ、アメリカという国家となると話は別になる。
アメリカが再三登場するのは、いかに私たちの生活の中にアメリカという国が入り込んでいるかということだ。テレビ番組で○○評論家・○○学者の皆さんの話は、先進的な例として「アメリカでは・・。」という枕詞から始まる場合が多い。「また、アメリカの話か・・。」と思いながら見ている。ニュース番組でも毎日のようにアメリカが登場する。岩手県が出てこなくても、アメリカが出てこない日は殆どない。

30年近くアメリカに住んでいる友人が、「アメリカに住んでいると、アメリカのこと以外知らないの。そういう国なのよ。」と、憂鬱そうに話していた。
フランスに20年近く住む友人は、「日本のニュースは、アメリカよりだからねえ。」と、嘲笑的に言っていた。
私たちはアメリカ人のようにアメリカを通して世界を見ているのだと思う。
アメリカに圧力をかけられてもイラクに軍隊を送らず、医療福祉の充実した犯罪の少ないカナダの事情や同じアジアの国々の報道は少ない。そして、アメリカの不都合な報道も少ない。

アメリカの農業はと言えば、国際化・大規模化・高収量化・企業化を目指し、農作業を極限まで単純化し、労働を可能な限り減らして作業効率を高めたが、結局、ほとんどの農家の収入は上がらず、利益を得ているのは1%強の農家にすぎない。日本以上に労働力不足・後継者不足の状態で、有機・自然農業に活路を求める中小家族経営者が増加しているという。
アメリカ得意のひとり勝ち・格差社会です!
日本の農業も、そんな結果に終わったアメリカの農業を追いかけている、と思う。

自称民主的で自由の国のアメリカに対し、ミュンヘンで開催された安全保障国際会議でプーチン大統領が、「世界を危険に陥れ、民主主義を破壊している。」と発言した。時代も変わったものだと思う。

高レベル放射性廃棄物を受け入れる受け入れないで、東洋町が騒動になっているが、岩手県だって人ごとではない。隣町の遠野に埋められたら困るけれど、かと言って他所に持っていけとも言えないし、フランスにだけお願いし続けるわけにもいかない。すでにあるものは、どうかしなくていけないし・・。
世界で唯一原爆を落とした国アメリカが、世界で唯一原爆を落とされた国日本の高レベル核廃棄物を引き取ってくれるといいのにと、真面目に思っている。あんなに広い国土も持っていることだし。

どんなに慕ったところで、食べるものや石油がなくなっても、アメリカがどうにかしてくれわけがないし、とりあえず、自分たちの食べるものは自分たちで作ろうと、今年も、そろそろ菜園計画を始めようと思う春、3月。
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棒寿司といちご大福。不揃いなイチゴは便利。小粒なものを選び、あんで包み生クリームをのせて、レンジでつくった求肥皮で包む。いくつになっても、ひな祭りは祝っている!  
(丸山淑子)

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山里便り40 「忠誠心と藤野真紀子さん!」 2007年2月25日
今、宮本常一が若い世代に人気(今更、人気があるなどと言うのは、あまりにも失礼な方なのだが)があるそうだ。先日立ち寄った本屋では、特別にコーナーが設けられていた。そういえば、たまに聴く永六輔の長寿ラジオ番組でも、しばしば彼の話題が登場するし、藤原正彦も大学の読書会で『忘れられた日本人』をテキストに使っているそうだ。
へーえ、そうなんだ。と思い、改めて読み直してみた。
そして、ひとつ気がついた。なんて日本の昔(1940年代)は民主的だったのだろう。
一見(でも事実)、長々と続く寄りあい。話し合いが煮詰まると、どうでもいい雑談をして一休み。そして、また本題に戻る。みんなが納得するまで話し合う。実に民主的に物事を決めていく。
まだ、民主主義という概念が入ってこない時代に、アメリカから教わらなくても日本の庶民は、生活と仕事を楽しみ、大らかに性を享受しながら、それぞれの地域や場で元気に生きていた。

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   今朝の気温はマイナス7℃。寒かった!12月から咲いているエリカ。福寿草も咲き始め、2ヶ月早くチューリップの芽が出てきた。

で、今は?と考えれば、
数年前には斉藤孝の『会議革命』が売れ、コミュニケーション術の本が所狭しと陳列しているが、実際は、何の変化もなく、国会を眺めても、お互いの対話が成り立っていない。相手の言っている意味が分かっていないんじゃないの?と思うほど、自分の言いたいことだけを繰り返す。
そのうち「忠誠心」だ「鈍感力」だと言い出した。忠誠心は安倍さんに対してではなく国民に対して持つものなんじゃないの。それに、中川幹事長はじめ、みなさん、すでに十分に鈍感のように見えますが・・。うやむやにしたり、はぐらかすのではなく、いろいろな意見が出て話し合える社会が正常な社会なのではないかな。
そんな国会で、今頃、藤野真紀子さんは、どうしているのだろうかと思った。
小泉チルドレンとして当選し、頭に花輪を載せてもらって笑顔で写真に納まっていたが、その写真を見て、私はひどくがっかりしたのだった。
私のお菓子つくりは、藤野真紀子さんから始まった。しっかりとしたレシピと丁寧な解説に定評があった。彼女の教室に通っていたわけではないが、勝手に師と仰ぎ、長年、彼女の本を参考にしながらレパートリーを増やしていった。某書のあとがきに、「私のレシピでつくってくれている人たち全員に、ありがとうと言いたい。」と書かれていた。そこまでおっしゃる方ならば、長年の疑問にも答えてくれるのではないかと、少しの期待を抱きつつ、
返信用封筒を入れて3つの質問を送った。数週間後に、おしゃれな封書が届き、開けてみると、これまたおしゃれな便箋3枚にびっしりと、スケッチつきの直筆で書かれた返事が届いた。ていねいな説明と伝えるという熱意が感じられて、クラクラするほど嬉しくて、私のコウフン状態はしばらく続いたのだった。彼女にがっかりはしたものの、今でも、その手紙は大事にしまってある。

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簡単ソーセージ・ゆっくり発酵くるみパン・うちの野菜たち。
簡単ソーセージ:ひき肉200g+塩小さじ1/2+ローズマリーやセージを少し入れ、ひかえめに混ぜて中火で焼く。腸づめにしてないけれど、簡単でおいしい。


最近の彼女の本をパラッと見たら、肩書きが食育研究家に変わっていた。
ゴルフで親交を深め、高級料亭でお食事会している国会議員のセンセイ方を集め、男子厨房に入る会でも結成し、そこで食育指導をして、対話の仕方を伝授したらいかがかしら。
料理は、素材との対話が大事だし、繊細かつ大胆さが必要だから。(丸山 淑子)


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山里便り39「そば、そして、鳥インフルエンザと知的財産権。」 2007年2月18日
『WHOへの検体提供拒否』という記事が目に入った。
2005年以来、鳥インフルエンザによる死者が63人出ているインドネシアが知的財産権などを主張し、WHOにウイルスの検体提供を拒んでいるという。インドネシアは、アメリカの大手医薬品会社バクスターとインフルエンザのワクチン開発で提携する計画を進めているため、WHOへのウイルスの提供が他社のワクチン開発につながるのではないかと懸念しているようだと書かれていた。
これは、バクスター(ということはアメリカ政府)に圧力をかけられたのではないかと疑った。
WHOは憂慮を示したと書かれていたが、憂慮どころの話ではない、と思う。

先進国、特にアメリカは、遺伝子を探すための植物採取(主に野生種)を長年熱心に行ってきた。植物は種子、動物は精子、微生物は凍結し、資源あさりを続けている。それは、高収穫品種の開発のためや医薬品開発が目的だが、開発後は、特許を申請し、タネや作物・薬などを売り込み、さらに利益をあげてきたという歴史がある。持っていかれた国では、資源提供に対して知的所有権などを主張してきたが認められていない。
4年前からビル・ゲイツがバイオ・アグリビジネスに参入してきたから、ますますアメリカのひとり勝ち状況が続いていくだろう。今回も、ナニカがあるに違いないと思いながら、そば粉をこね始めた。

そばねり、そばがき、そばがゆ、そばもち、そば団子、すいとん、せんべい、そば切りと、
そばは、日本では縄文時代から食べられている古い歴史を持つ雑穀だ。
おなじみのフランスのクレープに始まり、お粥、スープの具、パスタやソーセージの増量剤、餃子の皮に冷麺と、世界各地でも昔から食べられ、栽培されている。にもかかわらず、品種改良がほとんど進んでいない珍しい作物でもある。

ご存知のように、そばは寒冷地のやせた土地でよく育つ。平野部で育つのはコムギだが、関東のローム層でおおわれた畑よりも関西の平野部の方が土地が肥えていたので、結果的に「西のうどん、東のそば」になったようだ。四国出身の知人は、東京に住むまでそばを食べたことがなかったと言っていた。
私は、そばの文化圏を北上してきたことになる。

落語の『時そば』にも登場するくらい、昔から庶民に馴染みの深い食べものゆえにか、
『そばは三たて』、ひきたて・打ちたて・ゆでたてと三拍子そろったものが美味しい。
『香りとのどごし』が大切。
『そば三分』で、そばつゆを1/3つけて噛まずにすすれ。などと通ぶった食べ方がいろいろあるようで、結構、繊細で粋な食べものらしい。
私は、そばがのびないうちに、各自が好きに食せばいいと思っているが、『のどごし』だけは、気にかかる。長くてスルスルとすすれるそばがいい。すする、という行為ができるのは日本人だけだそうで、その持って生まれた才能をいかしたい。
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豆腐入り揚げそばもち。そばの実入り。    
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そば粉100%のクレープ。       
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短いそば。江戸時代からみんな、長いそばをつくるのに苦労していたらしく、当時は、重湯・豆腐・ヤマゴゴウやヨモギのもぐさや海藻を加えてつなげる工夫をしていた。ざるそばが蒸籠(せいろ)に乗ってでてくるのは、蒸していた時代の名残り。
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そば粉のクッキー。
市販のそば粉と違い、近所のそば粉は、挽き方もそれぞれの家庭で好みがあるらしく微妙に違う。韃靼そばを混ぜているものもある。水分は、様子をみながら調整していく。

このあたりでは、短いそばを食べている。そばの味はするけれど、すすれない。食べるという感じだ。そば打ち名人と言われているおばあちゃんたちのそばをごちそうになったが、みんな短かった。つなぎを入れるとそばの香りがしなくなる、と言ってそば粉だけで打つ家庭。小麦粉・片栗粉・卵に豆腐などをつなぎにする家庭。
いろいろなレシピとコツがあったが、どこのそばも、家庭で打つそばは短い。「短くても気にならない?」と失礼なコトを聞いてみたが、「気にならない。短くても、うちのそばがおいしい。」と言っていた。
最近、私も何度かそば打ちに挑戦している。まさにチョーセンという感じで難しい。やはり短い。のどごしが大事と言っていたが、短くても自分で作ったそばは、おいしかった。
大昔の人たちと同じそばを食べているのかなあと思いつつ、すすれないそばをすすってみた。(丸山淑子)




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山里便り38 「五感を使うべきでした・・。」2007年2月11日
中国人は、中華ナベひとつで前菜からデザートまで作ってしまう。
それでも、中国料理は世界三大料理のひとつに数えあげられるほど、美味だと言われてきた。
必ずしも、調理器具の多さと美味しいものができることは比例しないのだと考え、ゆえに、私も台所用品は必要最小限のもので十分と、30代前半までは考えていた。
マッシュポテトを作るためにだけ、ポテトマッシャーを使う国民とは違うぞ!と、なるべく物を持たず、身の回りも生活も食事も、シンプルに生きたいと思っていた。
それから20年近くが経ち、今では、段々、段々とナベやフライパンが増え、オーブンが2台になり、オーブントースターにミキサーやフードカッターなどなどが、いつの間にか台所に並んでしまった。

そして、とうとう、餅つき機を買ってしまった。
なんで今頃、と思われるかもしれないが、年末に売れ残ったらしい餅つき機が数台、電化製品の量販店に赤札付きで並んでいた。赤札を見ると、ついつい引き寄せられてしまう。
ここに来るまでは、餅つき機が欲しいなどということは、全く考えもしなかった。ところが、ここ数年、心惹かれていた。ご近所からは、自家用につくった(ゆえに、減農薬です。)もち米をもらう。その上、集落の農家組合では、みんなでもち米を作付けしている。ありがたくいただくが、とても食べきれない量が届く。
東南アジアや台湾など、もち米を常食している地域もあるが、毎日、食べるには食べなれたうるち米がいい。風味が変わらないうちに、餅にして冷凍しておけば、いつでも食べられて便利かなと思っていたところだった。
そういう訳で、引き寄せられて餅つき機のまわりを一周した。どこから見ても同じなのだが、横から上から眺めて見て、説明書を読み、パンやうどんをこねる機能もついていることを確認した。その上、味噌まで作れると書いてある。1台4役ならば、手でこねる手間がはぶける。購入理由が見つかり、気持ちよく納得して買うことができる。
結構重い餅つき機を車に積み込み、ウキウキと帰宅し、とりあえず、手軽なところでパン作りから始めてみた。パッタンパッタンという音がし始めた時からいやーな予感がした。所定の時間が過ぎ、フタを開けてみると、全くひとつにまとまっていない!よく考えてみれば、餅をつく動作とパンやうどんをこねる動作は違うわけで、結局、手でこね直したのだが、2度手間だった上に粉のグルテンがどうにかなってしまったらしく、食感がねちっとした出来の悪いパン屋のパンみたいに仕上がった。
付属品を洗って乾かすことを考えれば、ボウル1つに手を洗えばいい、手ごねの方がずっと楽だった。

そうだった。料理は、手で触って目で見て香りを感じて音を聞いてつくるものだった。餅つき機には、本来の役割で餅だけ作ってもらうことにした。結局、身体(しんたい)を使った方が、おいしいものが出来るし、脳も活性化するらしい。養老孟司氏も言っている。「カラダを使え!」って。

S氏から胆沢の製麺所の粉セットが届いた。ダンボールに『粉』と書いてある。開けてみるとそば粉・南部小麦・ひっつみ粉・だんご粉と、次々と粉が現れた。餅つき機には頼らず、手ごねで作る過程を楽しんだ。
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岩手の郷土料理で一番好きなのが、ひっつみ。最初に食べたのが隣のおばあちゃんのひっつみ。ジャガイモとノビルだけのシンプルなものだったけれど美味しかった!以後、我が家でもよく作る。
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南部小麦300gに塩水(水150cc+野田塩大さじ1)でこねて、ねかせて、のばして、切る。釜揚げうどんで食した!下の写真は、中国風の卵麺(カンスイは入っていないけれど)。
粉300g+塩小さじ1/3に卵1コ+水100ccでこねた。塩豚とネギでネギソバ。

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みたらしだんごとあんころ餅。20070211072604.jpg

写真がいっぱいになってしまったから、そば粉の料理は、またの機会に(丸山淑子)

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山里便り37 「立春の朝に雪。」 2007年2月4日
冬は、やっぱり寒い方が好い。
「もっと暖かい地方に住もうと思わなかったの?」と、よく聞かれたが寒い地方が好きでやって来た。季節にメリハリがあって楽しい。それに、いずれ東京あたりまでは、熱帯地方になると信じていたこともある。

今年の冬は、3月のような陽気がダラダラと続いているような有様で、大きな季節の変化がなく、季節の移り変わりを感じないと気分にもメリハリがつきにくい。やっぱり岩手の冬には、雪がなくては妙な気がする。
例年、冬になると出かける前には、「今日も生きて帰るぞ!」と心の中でつぶやくが、アイススケート場のように凍った雪道を走ることもなかったので、今年はつぶやいていない。
愛車(4WDではないので)に「がんばれ!がんばれ!」と声をかけながら坂道を登ることもなかった。なんだか物足りない。
代々受け継がれている『雪道運転慣れています』の遺伝子がないから、何年経っても慣れるということがない。後ろから煽られても、みなさんの迷惑になりながら、ゆっくりと走る。見晴らしのよい場所では、少しだけ左に避ける。『死ぬ気で追い越せ』というステッカーを車体の後ろに貼ったトラックを見たことがあるが、ぴったりと付かれると、私も貼ろうかなと、そんな気分になる。それが、今年はない。
そんな冬を過ごしていたから、毎年、暦の上だけでも春を感じたくて、立春を心から待っていた。

映画『イースト/ウエスト遥かなる祖国』の中で年配のロシア人女性が、閉塞的で雪に閉ざされたロシアの冬にうんざりしていたフランス人女性に「雪は、夏に豊かな恵みを与えてくれるものなの。だから、ありがたいものなのよ。」と、楽しそうに話す場面があった。なるほど確かにそうだと納得した。
このところ我が家の沢の水が少ない。雪解け水がなければ夏には水不足だし、雪の少ない年は、寒い夏になると言われている。私たちがここに住むことに決めた1993年の2月も、まわりには雪がなかった。その年の秋は、平成5年の大冷害の年となった。今年の夏は、どうなることか。

スーパーでも春野菜が出回り始めた。暖冬の恩恵か、2月にしては安い。
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大根サラダ/塩もみした大根の上に、ブラックベリービネガーで酢漬けした玉ねぎをのせた。トッピングはセロリの葉。
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白く仕上げると煮物も春らしく感じる。市販の白しょうゆ系は、後口がしょっぱくてアミノ酸の味が強いように感じるから、出汁・砂糖・塩で味付け。うちのじゃが芋と人参に岩手県産のアスパラガス1束158円。
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焼き油揚げのニンニクしょうゆかけ/インフルエンザ患者が出始めたそうなので、免疫力をあげておこうとニンニクしょうゆをかけた。ニンニクは酢に1週間下漬けをした後、しょうゆに本漬けする。うちではみりんも少し入れている。

立春の今朝、目覚めた時に妙に静かだと思ったら、吹雪いていた。
この冬初めてのまとまった降雪。今日は、雪かきから1日が始まる。隣の家の雪かきの音が聞こえてくる。岩手の冬は、やっぱりこうでなくちゃ!(丸山淑子)

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山里便り36 「納豆とマグロ!」 2007年1月28日
スーパーの納豆売り場の前で、50代らしきご婦人たちが、
「あれ、嘘だったんだって!」と、大事件が起きたように憤慨し、そして、通り過ぎた。
確かにデーターをねつ造して報道したという意味では、大事件だったとは思う。
『痩せる・カラダに良い』という言葉には皆どうも弱いらしく、納豆に限らず今までにも、ブルーベリーや寒天のブームの時には、スーパーの棚からそれらの商品が姿を消した。
ブームに乗り、納豆をつくり過ぎて在庫を抱えてしまった製造会社も気の毒といえば気の毒だが、納豆の原料となる大豆の97%は輸入に頼っている。世界のダレカが食べる分をもらっていることになる。

マグロが小型化し、漁獲量が減っていると言われて始めて久しい。要は、世界のマグロの数が減っているということだ。
日本人がマグロを食べ始めたのは江戸時代。1831年のマグロの大漁以降のことで、赤身のしょうゆ漬けを寿司にして食べ始めた。江戸時代のことだから、勿論、近海で捕れたマグロだ。
今では、私たちは世界の刺身用マグロの9割を食べている。漁獲量は約170万トン。その4割近い60万トンを日本が消費している。
1960年代、日本人が脂肪の多い食事を好むようになり、マグロのトロに人気が急上昇した。近年では、そんな日本人の好みに合わせて、回遊している群れを捕獲し、生けすに入れて脂肪分の多いエサを大量に与えて太らせ、トロ身の多いクロマグロやミナミマグロがつくられ、輸入されている。その量は、2万トンを超えている。
先日、テレビでマグロの水揚げ日本一の三崎港の、マグロが安くて美味しい店を紹介している番組を見た。丼ごはんの上にうず高く積み上げられたマグロの刺身たち。マグロが多すぎて、ごはんの量とのバランスが悪いように見えた。あんなに乗せたら、ご飯が冷えてしまうんじゃない。と思いながら見ていたのは、私だけ?
限定10人と言っていたが、半量にして20人分にすれば良いのに。美味しいものは、みんなで分けて食べてこそ美味しいって昔から言うじゃない。それでは、話題性がなくて客寄せが出来ないということなのだろう。
回転寿司でも一年中、トロまでが低価格で食べられるようになったことはうれしいことかもしれないが、資源確保の観点から、少したしなみを持って食べることが賢明だと思う。
食料自給率40%弱の国として、よその国のマグロを当てにするよりは、身近な魚を美味しく食べればいいんじゃないかな。
楽しい場で、いろいろな食品をまんべんなくフツーに食べることが、一番カラダにいいと思うけれど。

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まだらの子の煮物。卵は火のとおりが悪いので、少しゆっくり煮るのがコツ。翌日の朝食は、その煮物を崩してチーズものせてトーストに。色合いが地味なのでローズマリーをトッピング。

2月はタラやムツの卵の旬。漁獲量によって値段に巾はあるけれど、このところ安く店頭に並び始めた。魚屋さんの話では、注文してまで買い求める人もいれば、「まけるよ。」と言っても「食べ方が分からないから。」と言って買わない人が多いそうだ。
子供の頃は、たまに鯛の子も見かけたけれど、今では人工的に不妊にする3倍体作成でつくられた(病気になりにくい・産卵後に味が落ちる・産卵のエネルギーを使わず数年生きるという目的)養殖ものが多くて、まったく見かけなくなった。(丸山淑子)






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山里便り35 「たかが豆腐、されど豆腐。」 2007年1月21日
昨日は、大寒。
明日は、豆腐買地蔵尊(蓮正寺 盛岡市南大通り2丁目)の縁日。
1月と7月の22日の縁日には、豆腐とへっちょこだんごを供えてお勤めをする習慣があるそうだ。

岩手県には12月12日の豆腐の日があり、『イーナ豆腐盛岡(詩・曲・唄youzen氏)』という歌や、
『南部盛岡とうふの会』・『覚山豆腐研究会』などなど、いろいろな豆腐の会まである。
盛岡市民は、自他ともに認める豆腐好きのようだ。と言うより岩手県人は豆腐好きに見える。
私の出会った人たちは、それぞれにお気に入りの豆腐があり、その豆腐が、どれほど美味しいかということを熱く語ってくれた。たかが豆腐、されど豆腐ということなのだろう。
盛岡市は豆腐の消費量が日本一だとか、富山市・山形市に抜かれたとか、いろいろ言われているけれど、一位でも二位でも三位でも豆腐を、よく食べているということに違いはない。

豆腐は奈良時代に中国から遣唐使によって製造方法が伝わったという説、
秀吉の朝鮮出征時に捕虜にして連れて来た朝鮮人から伝わったという2つの説がある。
『唐腐』が『豆腐』に変わり、豆腐料理が発展していったのは、江戸前期に隠元和尚が普及した普茶料理(中国式の精進料理)による影響が大きい。元禄を過ぎた頃から、庶民の食べものになっていったという。
豆腐一丁は、現在の5?6倍の大きさがあり、江戸の豆腐は京阪の豆腐より大きかったという。
1/2丁売りや1/4丁売りもあったそうで、独り者では食べきれない大きさだったために、冷蔵庫のない時代ゆえ豆腐を食べたいために所帯を持つということもあったそうだ。天保の飢饉で大豆の値段が高騰し、以後、豆腐が小さくなっていった。

そんな江戸時代、吉原の豆腐屋が江戸で南部重直公を助けた縁で盛岡に移り住み、豆腐屋を始めた。『江戸豆腐』と呼ばれて人気がでて繁盛したそうだ(南部盛岡とうふの会編『とーふー・巻の壱』より)。盛岡の豆腐のルーツは江戸豆腐にあったとは、岩手県とご縁があったようで、江戸っ子の私としては、ちょっと嬉しい。

豆腐好きなことと品質の良い大豆や美味しい水に恵まれている環境も整っているため、大小さまざまな豆腐製造会社・個人の豆腐屋・産直で販売されている豆腐までいれると豆腐の種類は実に多い。高いものから安いものまで値段の巾も広い。
旧大迫役場前に藤原豆腐店があった。しっかりとした大きな豆腐で、実においしかった。容器持参で買いに行き、「端っこ、頂戴。」と言うと、「はいはい。ほとりね。」と言って水の中から豆腐を取り出して入れてくれる。県外からも買いに来るという豆腐だったが、おばあちゃんが亡くなり豆腐屋も無くなった。

ひいきの豆腐屋無き後、好みの豆腐を探してながら食べていたが、太子食品の豆腐が気に入った。毎日のように食べるものなので、高い豆腐は、そうそう食べられない。太子の豆腐は、安価でありながら美味しいと思う。
遺伝子組み換え食品の表示問題時には、どこよりも早く対応した会社であったことも好感が持てた。ところが、同じ『一丁寄せ豆腐』なのに、十和田工場と古川工場の豆腐が違う。十和田工場産は、しっかりとして重量感があり美味しいが、古川工場産は、気泡が多くて柔らかい。硬めの豆腐好きな私としては物足りない。工場によって材料も水も違うから仕方がないのか、或は水を増やして大豆を倹約しているのかと疑っていた(ごめんなさい)。ずっと気になっていたので、太子食品に問い合わせてみたところ、「十和田工場は硬めの豆腐好きな北東北の消費者に合わせて生産し、古川工場は柔らかめが好きな南東北の消費者に合わせて生産している。盛岡は真ん中なので、両方の豆腐が流通している。」と、即刻、回答が送られてきた。その対応の早さと丁寧さに感心したのだが、そのメールが社長まで届き、違いが分かる消費者がいたと大層喜ばれたそうで、関東方面に出荷している日光工場の豆腐も食べてもらいたいとおっしゃったそうだ!
そんな訳で、近々、日光工場で生産されている豆腐セットが届くらしい。
太子食品は青森県の会社で、岩手県びいきの私としては、何なんですが、旧南部町で創業された会社だから同じ南部藩だし・・。どんな豆腐が届くのか、楽しみに待っている。
不二家とは大違いと思ったが、比べることの方が失礼でした。
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上から、豆腐のチリソース。豆腐の水分を利用してツナカレー。グリルで焼いた焼き豆腐で煮物。
yoは丸山淑子、今日から本名にします

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山里便り34「私の細胞がかわった!?」 2007年1月14日
「東京で、お正月。いいなあ。」と近所のchiekoさんに言われたけれど、
いいのかなあ・・。

12月に入ると母から、買い物リストが送られてくる。
泥ネギ1束、干ししいたけ1パック、昆布1パックなどなど、品名と数量が書かれている。
「東京には、こんなに美味しい納豆は売っていないわよ。」とか
「岩手の牛乳は、ひと味違うわねえ。」と言われているので、
ついつい納豆・豆腐・牛乳・鶏肉・鮭・鱈と生鮮食品まで買い揃えてしまい、
うちの野菜と隣近所から正月用にと届いた餅や米、酒まで詰めると
ダンボール5箱にアイスボックス2箱の荷物になった。
東京って所は、何でもあるところのはずなのに・・。
実家の近くのスーパーを覗くと、『岩手県産』のモノがそこここで目につくが、東京の地代や人件なども乗っかって、ファースト・クラスに乗ってきたの?と思うほど、鶏肉1枚の値段が違う。

東京に着いてから数日、何となく身体の調子が悪かった。花粉症のような頭が重いような、
鼻が乾いた犬みたいな感じ。どこというわけではない不調感。
夜は熟睡できず、2?3回トイレに起き、珍しく便秘になった。
どうやら私の細胞は、すっかりイナカビトになったのだと気がついた。

「こっちに来ると、やっぱり帰って来たという気持ちになる?」と、義姉に聞かれたが、
帰って来たという気持ちになるのは、やはり岩手の我が家に帰って来た時。
高速道路で福島県に入ると、『ここより、みちのく』という表示がある。
これを見ると、「あーっ。帰ってきたぞ!」という気持ちになる。
急に車の数が減り、まわりの景色も変わってくる。

33歳まで東京で過ごし、あまり他の地を知らないせいもあり、
こちらに来てからの数年間は、岩手と東京、どちらにいても落ち着かず居心地が悪かった。
自分に居場所が、どちらにもない。そんな気持ちで過ごしていた。
5?6年後、どちらにいても寛げるようになり、
そして、今年、東京のまちに違和感をおぼえるようになってきた。

流行りの店を覗き、デパ地下めぐりをし、いくつかのまちを歩いてきたが、
店舗と商品・人の数は多いけれど、同じものが同じ値段で並んでいるだけだ。
改めて、東京もたいしたことがないなあと思った。
NHKニュースの冒頭画面の東京タワーは、六本木ヒルズの引き立て役みたいに小さく見える。
子供の頃、迷子になったら東京タワーを目指して歩きなさいと言われていて、道に迷うと上を見上げて一生懸命に東京タワーを探した。その東京タワーも取り壊されて江東区に新しいタワーが出来るらしい。保存運動も行われているらしいが、「2007年、東京は大きく変わります。」と、都知事は言っている。
高層ビルが増えるだけで生活の匂いがしない、消費するだけのまちには、魅力がないと思った。

帰宅途中、高速を降りて花巻のスーパーに寄ったら、人が少なくて気持ちがよかった。これも初めての感覚!

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豆腐と野菜・揚げ餅を炒めて中国風。
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埋けておいた北京大根を取り出してピクルス作り。酢を入れると赤味が冴える。今年は雪が少ないので、掘るのが楽です!

追記:前回の山里便りのロースト・チキンを見て、「詰め物をしなくて形がくずれないの?」というご質問をうけました。手羽の部分を縮めて裏側に折り込み、脚の関節から下を切り落とし、脚先を皮と肉の間に入れると大丈夫です!
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yo

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山里便り33「心豊かに新年を!」 2006年12月24日
柚子湯に入って冬至を過ごし、
クリスチャンではないけれど、心静かにクリスマスを過ごす。
そして、お正月。
年々、あっと言う間に1年が過ぎていく。
今年も、つつがなく季節の変化を楽しみながら過ごすことができた。

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暖かい冬でも、毎年クリスマスの頃には雪が降る。
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国産丸鶏1羽980円。一晩濃いめの塩水に漬け、水気をきり、お腹にハーブをつめてオーブンで1時間焼く。今晩は、ロースト・チキン!
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来年も、日々の営みや日常の雑事を面倒がらずに、元気に育てて作って食べよう。
そろそろストーブの上で黒豆でも煮始めようかな。

心豊かに新年を迎えたい。
みなさん、よいお年をお迎えくださいませ!
『山里便り』は、2週間冬休みです。
yo






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山里便り32「小春日和!」 2006年12月17日
暖かい。
早春の花が咲き始めた。
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イギリスでは、「デージーの花を1度に9つ踏んだら、それは春が来た証拠」と言う。
まだひとつ。だから確かに冬。


北国で雪のない冬の景色は、少々物足りない。
小春日和の土曜日は、師走という気分にもならない。
そんなわけで、パンを焼くことにした。
粉をこね、ひとつにまとめ、南側の窓辺におく。
例年だと、この時期に窓辺発酵法では上手く発酵しない。

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残っていた黒大豆きなこも入れてみた。テキトーに分割し、2次発酵後、焼く。
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去年も11月までは、とても暖かかった。
12月に入り、一気に雪が降り、年末のドカ雪で27時間の停電となった。
幸い我が家は薪ストーブなので暖房には困らなかったが、
ロウソクの明かりの中、ナベでご飯を炊き、食事をし、お風呂にも入れず、昔の生活を体験した。
ロマンチストなmayumiちゃんが、
「えーっ、大変でしたね。でも、だんなさんと二人でロマンチックですねえ。」と言っていたが、
とんでもない。ごはんを食べて洗うだけで、いつもの3倍時間がかかった。
それに、はっきりと見えないものを食べていると、おいしいという気持ちにならない。
『料理は、目でも食べる。』という意味が、よく分かった出来事だった。
一日目は、結構面白く楽しめたが、二日目の晩には、さすがに疲れた。
オール電化の家でなくて、よかったと思ったものだ。

色づかないブドウや落果するミカンが増えているという。着色不良や害虫発生時期の拡大など、温暖化が原因とみられる果物の影響が全国的に報告されているそうだ。
耳にたこが出来るほど、地球温暖化が叫ばれて、そろそろ皆が生活の中で、そのことを実感し始めているはずなのに、一方では、オール電化の家がもてはやされ、町なかはライトアップされ、テレビや冷蔵庫は大型化し、24時間営業の店が増えている。この矛盾!

どうか、今年は、停電するようなドカ雪が降りませんように!
それに、そろそろ雪が降ってくれないと、保存している冬野菜が傷んでくる。
どしゃぶりの雨の日曜日、外を見ながら雪道は怖い、でも暖かいのも困ると思っている。この矛盾!
yo



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山里便り31「病院が診療所に!」 2006年12月10日
大雪(だいせつ)を過ぎても、ここ数日は温かい。
雪がないということは、なんて楽なのだろうと思いながらR396を走っていると、
大迫町の手前で救急車とすれ違った。かなり急いでいる様子だった。
車体を見ると大船渡消防署と書いてある。盛岡の救急病院へ向かうのだろうか。
病気・事故・出産、理由は分からないが、無事に助かるといいなあと、人ごとながら思った。
大船渡からここまでは1時間、ここから盛岡までは40分かかる。長すぎる。

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       今朝の月。今日は曇っていた。

数年前の夏、熱射病から過酸素症候群になり、救急車で町内の病院に運ばれたことがある。
昼食後、頭がボーっとして息苦しく、手足が冷たくなりしびれてきた。ロレツも回らない。初めての経験で自分に何が起こったのか分からず、不安になった。同じ年の知人がくも膜下出血で倒れたことを思い出し、なお更、心配になった。119番通報し、我が家に救急車が着いたのが5分後、
朦朧とした意識の中で、「苦しい・・。息ができない・・。」と言った私に、救急隊員が酸素マスクを付け、手を握ってくれた。どうなるのかと思いながらも、とりあえず安心した。
ひととおりの診察を終えた医者が、「過酸素症候群ですね。ま、念のためCTスキャンを撮っておきましょう。」と言った。情けない顔をして点滴をしている私に、「何も問題は、ありませんよ。今度、苦しくなったら息をちゃんと吐いてね。吸ってるだけじゃだめだから。」と言い、「また、苦しくなったら、いつでも来ればいいですよ。」と笑いながら付け足した。
「いつでも来ればいい」という言葉に、心から安心した。
親切な救急隊員のしてくれた酸素マスクは、余計に症状を重くしたのだけれど、
心からありがとう、という気持ちになったことは憶えている。
私の場合は、笑える出来事だったけれど、笑えない人たちがたくさんいる。

地域人口6000人の町で、4900名以上の署名が集まったにも拘らず、5年前に20数億円をかけて新築された、この町の県立病院は来年4月から盛岡中央病院付属の診療センターになることが決まった。人口の3割以上が高齢者のこの町で、日に3度のバスが通るだけのこの地域での町外への通院・入院は、かなりの負担になる。
それに、新しいレントゲン設備・広々としたリハビリテーションルーム・入院病床は、どうなるのだろう。医療福祉の充実ということで、病院敷地内に保健センターも新築されたばかりだ。
県内の中央に位置し、比較的交通の便もよく、主要道路は整備されている。自然環境もよく、駐車場も十分にとれる土地もある。新築された病院のまわりには、薬局・スーパーなども新しくできている。中央に集約することだけを考えず、医療福祉を中心にした、まちづくりも可能なのではないかと思う。医師が確保できないと言うけれど、あれほど余っていると言われた医者は、みんなどこへ行ってしまったのだろう。

知事は、「ご理解いただきたい。」の一言で締めくくった。
それは、こちらの台詞だと思った。

日本は福祉国家目指すのではなかったのか。福祉国家に行き着く前に、医療福祉制度がしぼんでいく。
盛んに北欧に視察に行って来て、何を見てきたのだろうか。
本来、福祉という言葉は、幸せの意味をもつ。
医療福祉の充実がないと、みんなが幸せにはなれないということじゃないのかな。

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   きんかんの甘煮で、ゆるゆるきんかんゼリー。きんかんは、のどに良いっていうから瓶づめで作って保存。   焼き芋の残りの上に林檎のレモン煮&バターをのせて焼いたアップルポテト。『1日1個の林檎は、医者いらず』と言うそうだから、せっせと林檎を食べている。
yo


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山里便り30「夜空を見上げて、よかった探し!」 2006年12月3日
雪が止んだなあと、空を見上げると星がきれいに見えた。
冬の空は、高く澄んで見える。
自分の星座を探してみたが、星がたくさんありすぎて北極星しか分からなかった。

ここに住むまでは、星はプラネタリウムで見るものだと思っていた。
中学校の社会科見学で渋谷のプラネタリウムに行ったことがある。特に楽しかったという記憶もなく、
授業がなくなってよかったという思い出しかない。
ここで出会った人たちは、口を揃えて「東京の空には、星がないねえ。」と千恵子抄の詩みたいなことを言う。
そして、「水がまずいねえ。」と、必ず付け加える。
言われてみればそうなのだが、気がつかずに生活していた。

我が家にやって来た、星好きな人は、
「星がきれい!すごく近くに見えるね。」と言い、いつまでも空を見上げていた。
鳥好きな人は、「いろいろな鳥がいるね。観察しないの。これ読んで少し勉強したら?」と言い、
初心者向けの野鳥の本をくれた。
蝶好きな人は、「たくさん蝶がいますね。盛岡ではモンシロチョウも見なくなりましたよ。」と言っていた。
ここに、そんなにいいコトがあったなんて!
私の気がつかなかったコトをみんなが教えてくれた。
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             12月に入り、本格的にまじめ(?)に薪ストーブを焚き始めた。炎を見ていると、あったかい気持ちになる。

ここに来た当初、熱心に『よかった探し』をした。
土がある、食材が豊富、物価が安い、みんな親切などなど、ここに来てよかったコトだけを探した。
自分で選んで来た土地だから、来てよかったコトだけしか考えたくなかったのだと思う。
意識的に『よかった探し』をしていたような時期があったと思う。
月日が経ち、心から「ここに住んでよかった。」と思える今、改めて、落ち着いて『よかった探し』をしてみよう。
まだ、気づいていないモノが見えてくるかもしれない。
とりあえず、夜空を見上げて星をみてみようかな。
私だけ、まだ、見たことがない流れ星も見てみたい。

星座の本をパラパラと読んだら、みずがめ座は10月の空に見えると書かれていた。しかも見つけにくい星座だそうだ。1年中、同じ星が同じ空にあると思っていたので、ちょっと、がっかり!
来年には、見つけられるようになっているといいな。

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     毎日、大根が登場。食べても食べてもなくならない。     
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山里便り29「冬支度、完了!」 2006年11月26日
バリバリという音をたてて、屋根の上を風が通った。
風の音が強くなると、そろそろ冬が始まるのだなと思う。
私の住んでいる谷間の集落は、町内で一番風が強い地域だと、郵便配達のおじさんが教えてくれた。
バイクで走っていても「ゆるくない。」と言っていた。
一年を通して風の強い所だが、季節によって風の音も違う。
木の葉を払うような北風が吹き、小雪(しょうせつ)を過ぎた頃から、朝の気温はマイナスをさしている。
バケツを下げて薪を取りに行くと、ポクッポクッと霜柱の音がする。
そろそろ、冬野菜を収穫して貯蔵する頃だ。

大根、人参、ごぼう、とっくり芋を掘りあげて土に埋ける。
穴を掘り、ムシロを敷き、生えていた形に立てていく。ムシロをかけてネズミ除けの杉の枝を乗せ、取り出し口が分かるように土をかける。畑の一角に、大小様々な土盛りができた。
スーパーに行けば何でも売っている時代だが、
この小さな山を見ていると「春までの食料を確保したぞ。」という安心感が沸いてくる。
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ムカゴを植えておくと3年後には食べ頃に 20061126074639.jpg
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とっくり芋でフワフワ揚げ

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大きく育ったタアサイでスープ炒め煮

じゃが芋・白菜はムロに入れ、ネギはダンボールに立てて入れてクン炭を詰める。
日持ちもよく、いつまでも瑞々しい。
去年は、ソバガラでやってみた。本当は、モミ殻を使うと良いらしいが、あるもので代用して間に合わせている。
畑の天地返しをして農具を洗い、スプレー油を吹きかけてしまう。
あたり一面、黒い土色になった畑を見回すと、「ああ、今年の土遊びも終わりだなあ。」と思った。
始める時には、「春が来てしまった。めんどうだなあ。」と思うけれど、
土と親しみながら過ごしているうちに、それが生活の一部になっていき、終わってしまうと名残惜しい。
まだ、雪が積もったわけじゃないし、落ち葉を集めて腐葉土作りでもしよう。

冬支度が整うとホッとすると共に、春までの間、自分と向き合う時間がなくなってしまった気分!
yo



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山里便り28「猟、解禁!」 2006年11月19日 
子供の頃から食べものが登場する『おはなし』が好きだった。
ただの「バタつきパン」と書かれていても、自分が食べているバターつきのパンとは何か違う、
特別おいしい食べものに思えてくる。
TVドラマでもお馴染みだったL..I..ワイルダーの『小さな家』シリーズの中では、
収穫間際のトウモロコシ畑がムクドリの大群に襲われ、ローラの父さんが次々とムクドリを撃ち、
そのムクドリで母さんがパイを焼き、みんなで「おいしいね。母さんは料理上手だね。」と言いながら食事をしている場面がある。焼きたてパイの湯気と香りが、本の中から漂ってきそうだった。
心に残った場面で、生きていくというのは、こういうことなのかもしれないと思ったものだ。

昨日の夕方、チューリップを植えていると、近くでバンと爆発音がした。一瞬何だろうと思い、「ああ、猟が解禁になったのだ。」と気がついた。
毎年、11月15日は猟解禁の日だ。キジ・ヤマドリから始まり、2月のクマまで動物により猟期が決まっている。狩猟日は水・土・日曜日。この日に山に入る時は、気をつけろという。明るい服を着て人間だと分かる格好で行けと忠告された。黒い服だとクマに間違われて撃たれる危険があるそうだ。
我が家の周辺から猟区が始まる。猟区と禁猟区は、人口密度や交通量などによって決められているのだろうが、このあたりだって結構人が住み、それなりに車も通る。揃いのオレンジ色のベストを着たハンターたちが、無頓着に道路に車を停め、鉄砲を持って歩きまわる。目が合っても挨拶するわけでもなく、畑や田んぼの中を横断していく。作物を植えていない時期とはいえ、田畑の持ち主だって畦を歩いているのに、少しは遠慮して歩いてよと思いながら眺めている。

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    手前の白と茶色の縞柄がキジ、奥がヤマドリの羽。「首に巻くと温かいのさ。」と言い、タヌキの毛皮をくれた。皮についている脂肪を取り、洗って板に貼って型崩れしないように干せという。とりあえず、言われたようにやってみたが、カラスに突っつかれて尻尾しか残らなかった。

猟友会の狩猟解禁パーティーに、何度か招いてもらったことがある。キジにヤマドリ、タヌキにマミアナ、クマまでをご馳走になった。それぞれに味が違い、自然の中で生きていた獣の味をしっかりと主張していた。
キジをもらった時には、クチバシとツメ以外は、全部食べられると教わった。毛をむしり、うぶげ(?)を毛焼きして解体していくと、スーパーに並んでいる鶏肉みたいにモモ肉・ムネ肉・ササミに分かれてく。ひとつひとつの工程の中で、命をもらったんだなあと思いながら、さばいていった。
しみじみとした気持ちで作ったムネ肉のタイム焼きだったが、実に美味だった!

ここ10数年、地元では猟をする人が減ったそうだ。ハンターの高齢化と銃の維持管理・免許更新の費用も大変らしい。今では、食べものも十分にこと足りて、昔のように食べるために撃つ猟ではなくなり、大半がスポーツとしての狩猟を楽しむ人たちだそうだ。ハンターの多くが関東方面など都会から『撃つ気』で来ている人たちだという。
食べないものを撃つというのは、ひどく抵抗がある。
もらった命は、余すところなく美味しく食べつくしてもらいたいなあ。
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ハンターじゃないから豚肉で夕飯!甘辛味のネギ巻きとセージバターソース。雪に埋もれるまで、沢のクレソンが元気。
yo

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山里便り27「しみじみと、葬式饅頭!」 2006年11月12日
テレビを見ながら朝食を食べていると、ワイドショーの司会者が
「このところ、身近な人たちが次々と亡くなっていきショックです。季節の変わり目ですから、皆さんも体調には気をつけて下さいね。」と話していた。

私の周りでも確かに多い。この一週間の間に、17戸の集落で3回葬式があった。
日本人の平均寿命と言われている年齢に近い人たちの葬儀だったので、和やかに式は進んだが、誰かが欠けるというのは、ちょっと寂しい。

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   木枯らし一番が吹き、落ち葉が積もり始めた。色とりどりの落ち葉で絵の具箱みたい!

14年前は、稲刈り・脱穀が終わる頃、集落の半数の家から杜氏や酒つくりの手伝いで出稼ぎに出る人たちがいた。冬になると人口密度がさらに減り、ガランとした感じだったが、年々、高齢化と日本酒ばなれのために出稼ぎにでる人も減り、今では一人だけとなった。
春になると、出稼ぎに行っていた人たちが次々と帰ってくる。自分のつくった酒をぶら下げて、帰宅の挨拶で集落をまわる。
Matsujiさんは、長年、杜氏頭として働いてきた人だった。杜氏だけれど酒は飲まない。集落の集まりの時には、いつもジュースを飲んでいた。だが、自分のつくった酒に自信がある。
初対面の時、「宮内庁にも収めている酒だよ。」と、自分のつくった一升瓶を下げてやって来た。
見るからに高級そうなラベルが張ってある大吟醸酒で、品が良い風味の軽くてフルーティーな日本酒だった。
「うまいけれど、酒というよりワインみたいだ。今の酒は、みんなこうですね。」と、率直すぎるsunちゃんが言った。
その翌日、再びMatsujiさんがやって来て、「じゃあ、これはどうだ!」と言い、にごり酒を差し出した。
麹の香りがする昔ながらの酒の味がした。「うまい!」と唸ったsunちゃんを見て、Matsujiさんはにやりと笑った。
実に好い笑顔だった。それからずっと、我が家には大吟醸酒とにごり酒を2本セットで届けてくれていた。

見えるところ見えないところで世話になり、いろいろなコトを教えてくれた人たちが亡くなっていく。
どの人たちも実に個性的だった。個性的で優しい人たちだったから、異質なものであった私たちを受け入れてくれたのだと思っている。『ごんぼほり』もいなくなり、がんこ者も少なくなってきた。

全国どこでも同じモノが買え、食べられるになりボーダーレスの時代。
人柄も、笑えるくらい『岩手県人気質』の本に載っていたとおりの人が少なくなってきたように感じる。
年々、人も食べ物もアクやクセが少なくなり、妙に口当たりが良くなっていくように思える。
ここ数年で、酒つくりの現場も変わったそうだ。
諸般の事情で、いろいろな制約があり、思うような酒つくりが出来なくなってきたという。
何だか、ちょっと残念だなあと思いつつ、
みんな安らかにと、一言つぶやき、葬式まんじゅうをほおばった。

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     11月11日は、岩手県では『鮭の日』。このところ、毎日のおかずは鮭!
yo

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山里便り26「正法寺と温室!」 2006年11月5日
暦の上では、そろそろ立冬だが、今年の秋は穏やかに晴れた日が続いている。
冬野菜を収穫し、土に埋けたりムロにしまうには少し早い。

このところ紅葉行楽シーズンで、R396を走っている車が多い。
毎晩の天気予報も、紅葉情報付きだ。
我が家は山の中にあるので、自宅で紅葉が楽しめる。どの窓から外を見ても、360度のパノラマといった具合に、
素晴しい紅葉が見える。そんな恵まれた環境に住んでいるので、「花見だ。山菜取りだ。きのこ狩りだ。紅葉見物だ。」と、わざわざ他所まで出かけて行こうという気にはならないが、たまには、よその紅葉でも見ようかと正法寺に出かけた。
水沢にある正法寺は、何となく心惹かれる寺で、何度か足を運んでいる。
以前、出かけた時には、今にも朽ち果ててしまいそうな有様だったが、改修工事が終わり、日本一の大きさを誇る茅葺屋根も葺き替えられ、建造物も補修されていた。素朴で簡素でありながら堂々として力強く、歴史と格式のある寺らしいたたずまいに変わっていた。境内を歩き、本殿に向かうと、建物の周りに砂利が敷いてある。
「泥はねよけの砂利だよ。うちの温室と同じさ!」と、sunちゃんが、ちょっと自慢げに説明した。
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手作り温室三代目。三代目は泥はねよけの砂利付き。2坪ほど広さだが、室内で作業も出来る広さ。初代は、江戸時代の温室並みに簡単なものだった。ローリエ・ローズマリー・レモンバーベナ・レモングラス・グリークオレガノ・木立ベゴニア・ゼラニウムなどが並ぶ。庭の花も、まだまだ元気。 
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基本的に外で越冬できない植物は、蒔かない・植えないことにしているが、
越してきた当初は、耐寒性の強弱が分からず、いろいろ蒔いて育ててしまった。
育ったモノを凍死させることも出来ず、冬は鉢に移して部屋の中に移動する。
2階の窓際は植木鉢でいっぱいになり、ちょっと住み心地が悪い。
春先のタネ蒔き時期にも、温室があると便利だ。
最初の年は、タネを直まきにしていた。蒔いて土をかければ、自然に発芽してくると思っていたが、そう上手い具合に育たないものもある。長雨で土が固く締まってしまい発芽できなかったり、カモシカやタヌキの足あとがペタンとついて芽が潰れたりして、がっかりしたものだ。
なんだか自然のリズムに逆らうような気がして、最初は抵抗があった温室だが、今では必需品になっている。
正法寺の砂利と我が家の温室の砂利の共通点を見つけて、気をよくして帰宅後、夕暮れ時のあたりを見回し、
正法寺の紅葉もきれいだったけれど、家から見える紅葉が一番きれいだと思った。
身びいきだということは、よく知っているけれど、
それが、地域に対する愛情というものだよね!そして、郷土愛や祖国愛につながっていると思う。
ナショナリズムではなくて・・ね。
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寒くなると美味しくなってくるカジキマグロを酒ゆで。レンジで温めた大根おろしと南蛮しょうゆをかけて。酒ゆでした豚肉を大根と水菜で和えてサラダ風。最近、酒ゆでに凝っている!yo


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山里便り25 「秋晴れで、テントウムシ!」 2006年10月29日
白い外壁に黒いドットが遠目にも見える。
この時期、穏やかに晴れた日の我が家の外壁は、水玉模様に変わる。
3月から5月上旬までと9月から11月の雪が降るまでの間、年に2回、テントウムシが大量に集まってくる。
黒地に赤テンや赤地に黒テン、テンの数もいろいろで、無地もいる。大きさも様々で種類が多い。
きっとそれぞれに名前があるのだろうが、自慢じゃないが虫と鳥の名前には、うとい方なので分からない。

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サフランが咲き始めた。めしべを採って乾かして保存。
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漱石の『三四郎』にも登場するヘリオトロープ
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バラも、そろそろ終わり。

昔々、『てんとうむしのサンバ』という明るいリズミカルな曲が流行ったが、
一匹二匹ならば愛嬌もあるが、群れて大群になると喜んでいられない。ヒッチコックの映画に近い心境だ。
窓辺や外壁に集まり、太陽の動きと共に、東側から西側に移動していく。
日が落ちると姿を消し、日の出と共に再び集まってくる。
外を歩くと体につき、首筋にモゾッと、頭の上でカサッとする。洗濯物や布団にもつく。
刺激を与えると黄色い汁を出すので、そっと払う。
東京で33年間見たテントウムシより、ここで14年間に見たテントウムシの方が圧倒的に多い。
最初は、うちだけかと思い、近所に聞いてみたら「いるいる。佃煮ができるほどいるよ。」と、事もなげに言われた。そういうものなのかと納得!自然の中で暮らしていると、いろいろなコトがあるよね。

ドイツに住んでいるsetsuちゃんが遊びに来た時、
「あっ!テントウムシだ。」と、嬉しそうにつぶやき、指に乗せて眺めていた。
毎日のこととなると、そんな悠長な気分にもなれない。ドイツにはテントウムシは、いないのか・・!?。

役場に勤めているchiekoさんは、勤め先で初めてゴキブリを見たそうだ。
「テレビのコマーシャルでは見たことあるけど、実物は役場で初めて見たのさ。見たことないモノだから、最初、何だか分からなかったのさ。」と言っていた。
ここに来てから、私もゴキブリは一度も見たことがない。これは、ありがたい。
まあ、テントウムシで良かったと思おう。

少々やっかいもののテントウムシだが、季節の移り変わりを教えてくれている。
5月の新緑が芽吹いてくると姿を消し、11月には、いつの間にかいないと思うと雪が降り始める。
脱穀も終わり、田んぼも片付いて土色に返って、ちょっと寂しい。
これで、テントウムシもいなくなると冬がやってくる。
カレラも、つかの間に日光浴をしているのかもしれないなあ。

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8月下旬の間引き菜に始まり、大根の日々。今日は揚げ玉も入れてみた。
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美味しくなってきた春菊とネギを入れてサバの味噌煮。
  三陸で珍しく揚がったマサバ1尾200円。岩手ではゴマサバが一般的。
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  生長しても18センチほどの青大根。生食向きなので塩もみで食す!
yo

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山里便り24 「母、来て帰る。」 2006年10月22日
ここ数日で、ぐっと紅葉が深まってきた。
そんなある日、母がやって来た。
紅葉を楽しみ、花を愛で、大根や白菜を眺め、楽しそうに栗拾いをし、
そして、よく食べ、よく眠って過ごした。
彼女は、毎朝、5時に起きるという。ところが、我が家では8時になっても起きてこない。
どうかなってしまったのかと心配になり、そっと覗くとスースーと寝息をたてている。
24時間明るくて騒々しい東京と違い、静かだからよく眠れるらしい。
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産直に行きたいと言うので、紫波から遠野の産直めぐりをした。
「○○さんには、これ。××さんには、これ。妹には・・弟には・・。」と言いながら、
キノコに餅、黒ゴマ・梨・りんご・ブドウ・フルーツゼリーに羊羹と次々に選び、
カゴを持って付いて歩く私に品物を渡す。岩手ならではの産物も多く、
その上、安くて新鮮だから興奮する気持ちはよく分かる。
よく分かるが、その量は、ちょっとすごかった!
結局、我が家の野菜や花の苗なども含めてダンボール3箱分の荷物となった。
その他に産直からリンゴ10キロ1箱とブドウも送っている。
母は、満足そうに土産物の詰まったダンボール箱を眺めている。

お互いに何となく不都合な時や些細な言葉の行き違いなどもあったが、
母がいるということに慣れた頃に、彼女は帰って行った。
夕方、電話が鳴り、母からだった。
鍵を宅急便の荷物に入れてしまい、家に入れないと言う。
「すぐに鍵やに電話をしたら、鍵を壊すのに1万。新しい鍵をつけるのに2万5千円。3万五千円もかかるって言うのよ。ホテルの方が安いと思って電話したら満室だって。困って交番に行ったら、その人が親切な人でね、郵便局に連絡を取ってくれたの。荷物は夜中にならないと届かないんだって。仕方がないから妹の所に泊まるわ。これだから年をとると嫌だわ。」
と一気に話し、電話は切れた。
また電車に乗り、叔母の家に行くのは気の毒な話だが、私は何だか嬉しかった。
それだけの判断をして行動に移し、その事後報告を早口で話す母は元気そのものだったからだ。
その後の話では、叔母に付き合って9時半までカラオケに行っていたという。
あっぱれ、お母さん!

「親孝行なんてしなくていいからね。ただ、私より元気に長生きをして。」それが、母の口癖だ。
ただひとつの彼女との約束だから守らないとね!

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今年は、どこでも栗の実りがいいそうだ。栗あんで大福。マロンクリームのロールケーキ。
yo

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山里便り23「初霜で、冬眠準備!?」 2006年10月15日
初霜が降りた。
13日、朝の気温は3℃だった。東京ならば、真冬の気温だ。
初霜が降りるのを合図に、我が家では、そろそろ冬支度を始める。
夏野菜を抜き、野菜の残渣を集めて堆肥に積み、ミョウガの枯葉を刈り、栗のイガを燃やす。
何だか小ざっぱりして、見通しがよくなった。
虫や生き物も、めっきり見かけなくなる。

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7月・タイムの株元のトカゲの卵。
10月・寒くて動けないトカゲを発見!植木鉢ごと陽だまりに移すと、急に元気に動き始めた。変温動物だということを実感!


谷すじの奥に住んでいるakioさんは、口数は少ないが、いつもにこやかな働き者だ。
先日、小さなまちで行われたクラシック・コンサートの会場作りで久しぶりに会った時も、一人で黙々と長テーブルを運び、パイプイスを並べていた。
そんな彼に「akioさん、更年期障害は、その後どう?」とyouちゃんが声をかけた。
「調子悪いの?」と私が聞くと、
「んだ。でも、マムシ、焼いて食ってるから大丈夫だ。」と答えた。
再び、「毎日?」と聞いてみた。
「ぺこっと、毎晩。」と笑っている。
なるほど。マムシって、さすがにすごいんだ。更年期障害にマムシとは・・と、彼にもマムシにも感心した。
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コンサートで演奏者に贈る花束は、我が家の庭の花。花束作りは楽しみのひとつ!

60代の人が集まる場では、マムシを食べる話が、しばしば登場する。某飲み会では、マムシの一番おいしい食べ方は、刺身だということに意見がまとまっていた。
私は、まだ刺身で食したことはない。ワサビかショウガのどちらが合うか聞いてみたら、ワサビと教えてくれた。
以前、集落の宴会で、塩焼きマムシの乗った皿が回ってきたことがあった。
みんなが食べているので私も食べてみたが、白身で小骨の多い鶏肉といった食感だった。
特に美味しいというものではなかったけれど、東京に住んでいたら食べられないモノだ。
この地で生きていると、小さな驚きと新しい発見や気づきがあって面白い。

宇瀬水牧野の牛たちも帰って行った。そろそろマムシやヤマカカシも冬眠する季節なのか姿を見かけない。
冬になったらakioさんは、どうするのかなあ。焼いて干して保存しておくのか・・と余計な心配をしてみたが、
きっと昔ながらの知恵で、ちゃんと一冬分確保してあるに違いない。そうやって、ここの人たちは、ずっとずっと生きてきたのだもの。
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カラメル・アップルタルト&フレッシュ・アップル・タルト。岩手はリンゴの種類が多くてワクワクする季節。紅玉も出回り始めた。お腹が一つしかないのが残念!
yo


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山里便り22「青虫で、きゃー!」 2006年10月8日
冬野菜が、順調に育っている。
春先にタネを蒔く、カブやキャベツ・ロケットなどは、がっかりするくらい青虫がつく。
モンシロチョウを見て「あっ、チョウチョ!」などと喜んでいられない。
春から夏にかけての草のすさまじい勢いもないので、草取りもほとんどしなくていい。
今の季節の野菜つくりは、何となく気が楽だ。
雪が降る前に、白菜がちゃんと巻くかどうかだけ気にかかるくらいだ。

基本的に、我が家では、元肥として堆肥を入れるだけで、追肥はしない。
タネの袋の裏側には、化成肥料を○○回追肥してください、とたいてい書いてあるが、
無理やり太らせるような気がして、ゆっくりと自然に育った大きさで満足している。
ひどく虫がついた時には、木酸液を薄めてかける。何度かけても、虫に食われてなくなってしまう株もあるが、
それはそれで、いいことにしている。
自分たちの口にしか入らない、家庭菜園の気楽さだ。
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大根の葉っぱの上に蛙!
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   すっかり育つと座布団くらいの大きさになるタアサイ
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パプリカが、やっと色ずいてきた!

小学生の時、前に座っていたnanaeちゃんが、
「昨日、ピーマン切ったら、大きな青虫が入っていた!よかった。縦に切って!
横に切っていたら切断していたよね。」と、嬉しそうに話してくれた。
数十年たった、今でも、ピーマンを切る時には、彼女の言葉を思い出す。
「昔は薬がなかったから、毎朝のようにバケツに2杯3杯と青虫をとったもんだなっさぁ。」とkazukoさん。
「んだ。」と、mitsuさん。
その青虫をどう始末していたのだか、何だか聞けなかった。

野菜に虫がついていないのが、当たり前みたいな時代が長く続き、
スーパーや八百屋の野菜は、ピカピカきれいな姿で並んでいる。
たまに、ひとつでもおおきな穴の開いたキャベツや虫くい葉のついたカブを見つけると、
妙に安心し、「そうそう、このくらいの方が自然じゃない。」と思う。

我が家に遊びにきた若い女性が、キャベツを見て
「キャー。青虫がついている!」と、恐ろしそうに叫んだことがあった。
私は、彼女の声の大きさの方が恐ろしかったけれど・・。
青虫くらいで、キャーと言うな!
虫もつかないキャベツの方が、どれだけ恐ろしいか分からない。
彼女は、まだ、そのことに気づいていないらしい。

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穂じそ&秋ミョウガのそろそろ最後、寒くなってくるとネギがおいしくなってくる。やっぱり、毎日、秋刀魚!
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山里便り 21 「ポタッポタッと、栗が落ちる!」 2006年10月1日
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   風鈴の音が、ちょっと寂しげに聴こえ、
フウセンカズラのスダレにタネが目立ってくると、
ポタッポタッと、栗が落ち始める。
風が強い日は、拾うさきから落ちてきて、頭に当たると結構痛い。
カゴいっぱいに栗を拾い、額からダラダラと血を流しながらsunちゃんが立っていた時には驚いた。
上を向いていたら、イガが落ちてきたという。
雨傘をさして栗拾いをしていた女性を見たことがあるが、
天気の良い日に妙な感じがしたが、その気持ちはよく分かる。

この土地を買った時に、栗の木6本もついてきた。
最初は、私の背丈ほどの木がスクスクと大きく育ち、
育ちすぎて枝と枝が絡まるようになり、うっそうとしてきたので3本切り倒し、薪にした。
残った3本の木から、クラクラと眩暈がするほどのたくさんの栗が落ちてくる。
食べられるものを放っておいて、傷んでいく様子を見るのが忍びない。
もったいないからと、毎年、せっせと拾って茹でるを繰り返しているが、そんな状況が1ヶ月続く。
たまに、リスが食べた歯型の残った栗を見つけたり、栗の木にクマの爪あとが残っていたり、
私の知らない間に、いろいろな動物が来ているみたいだ。

昔は、どこの家でも茹でて干してかち栗にして保存したそうだ。
近所の土間のムシロの上に、栗が一面に干してあったことがある。
「若い者は、食べないから・・。」と言っていたが、もらって食べたら、甘みと噛みごたえがあり美味しかった。
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     イガは集めて燃やし、風呂を沸かしたそうだ。(1930年生まれの馬そりで、隣の村からお嫁に来た今は亡きmiyoさんの話)茹でて中身を取り出して、冷凍保存。モンブランや栗あんに・・
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「大きいのだけ拾って、後は、リスや鳥に残しておいたら・・。昔から、柿の実は全部取らずに三つ残せって言うよ。」と、山の中で育ったsunちゃんが言った。
一つめは旅人のため、二つめは鳥のため、三つめは誰のためだったか教えてくれた本人も忘れたと言う。
「とにかく、いくつか残すのが自然に対しての礼儀なんだよ。」と、さとされた。
礼儀らしいのだが、夏の桑の実・スグリ・ベリー類に始まり、秋のアケビ・栗と、
八百屋やスーパーに並んだ果実しか見たことがない私にとって、生っている実が身近にあるというのは、
実に興奮する出来事だったのだ!

ここ数年は、自然に対する礼儀もわきまえられるようになったのか、
ダレカのために残すという気持ちが芽生え(?)てきた。
と言うよりも、とても採りきれないほど、自然の恵みに溢れている。
自然の恵みを分け合うことも、自然と共に暮らす楽しみのひとつだと気づいたのかもしれない。
やっと・・ね!
yo

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山里便り?「もらう と とる」 2006年9月24日
稲刈りが始まった。
近年、コンバインでの稲刈りが増えている中、
集落の人たちは、「天日干しは、味が違う。うまい!」と言い、
長木を組み立て、昔ながらのやり方でハセカケで干している。
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品種は『ひとめぼれ』と自家用の餅米(品種は不明。みんなは、ただモチ米と言っている。)
ここよりも標高が高い地区では、「しゃべっても、知らねえ米を作っている。」そうだ。

県内のうるち米の作付け品種は、『ひとめぼれ』が65%のダントツ一位で、全体の65%を占めているらしい。「一部の地域では、作付けに適していない所も見られる。(岩手日報8/17)」そうだが、『ひとめぼれ』の人気は高い。我が家でも『ひとめぼれ』をもらったり買ったりして食べている。田んぼがないので買って食べることに抵抗はないが、『ひとめぼれ』しか食べていないことを、ちょっと反省していたところだった。
銘柄米に限らず、日本の米の品種は多い。寿司・丼・ピラフなど料理によって米の品種を変えて使いたいと思いつつ、10キロ袋で買っていた。この記事を読み、深く反省した・・。

市民ジャーナルで入道さんも「自然に謙虚さを!」で書いていたが、品種が単一化することは、危険なことだ。病害虫が入ったらどうするの?冷害の年は、どうなるの?暑い夏が続き、年間平均気温が上がったら?
国は農家や農業団体の法人化を進めることに決めたようだ。大規模化し、効率のよい工業的農業がさらに進むと、米の品種の単一化も加速する。不作の年は、全滅ということだってある。
手間ひまを最小限にして作った米や、工場で出来たヒヤシンスみたいな水耕栽培の野菜は食べたくない。
八十八回手間ひまかけてつくるから、米なのだから。

昔は、米が収穫された後、農家の人たちは「今年は反あたり○○俵もらった。」と言い、
もらった後には、何もない田にお礼肥えを与えていた。
今は、「今年は反あたり○○キロとった。」と言う。『もらう』と『とる』では、考え方が180度違う。
時代が変わり、生活が変わり、農業の方法も変わったけれど、土や太陽、自然からの恵みをもらっているということを、生産者も消費者も忘れてはいけなかったんだ。
大地からの恵みをいただきますという気持ちで、今日も元気に「いただきます!」。
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   朝晩涼しくなってくると赤い色が冴える             20060924082124.jpg
   ササゲも、そろそろ終わりにちかい
Yo




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山里便り? 「手踊りは、好きですか?」 2006年9月17日
明日は、敬老の日でハッピーマンデー。
敬老の日というものを意識したのは、ここに来てからだ。
だいたい国民の祝日のひとつひとつを意識し、意味を考えたことなどなく、
「わーい。お休みだ!」で、過ごしてきた。

私の祖父母は、元気で現役時代が長かった。
母は「敬老の日を祝うのは失礼よ。母の日・父の日だけでいいわ。」と言い、
「明治生まれは、元気ですごい。私の方が先に行(逝)ってしまう。」と付け加えた。
その母も82歳となったが、私から見れば、
「大正生まれは、元気ですごい。どうにか頑張って母より長生きしなくちゃ。」と、思う今日この頃だ。
実家にヤクルトレディーが販売勧誘に来た時、
彼女の「おばあちゃん、体にいいですよ。」の一言が気にさわり、購入するのを止めたという。
母は、「私は、おばあちゃんじゃない。失礼よ!」と、ひどく気を悪くした様子で言っていた。
客観的に見れば、どこから見ても高齢者なのだが、その心意気には感心した。
そんな訳で、敬老の日は、私にとっては、長年ただの休日だった。

知らないおじさんがくれたハチミツ
1mほどの大きさのものをパカッと割って「うまいぞ。」と言い、軽トラで走り去った。
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     ピーマンのない頃から食べていたというゴンゲンナンバン。
プクッと膨れているおしりの部分で見分ける。

花芽をつみ、タネをつけないと霜が降りるまで楽しめる。シソキムチでごはん20060917075626.jpg
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ここに来た時、会う人ごとに「手踊りは好きですか?」と聞かれた。
どうやらこの地に住むには、手踊りを踊らなくていけないらしい。
話をよく聞いてみると敬老会や地区の文化祭で踊ることになっているという。
民謡や演歌に合わせて踊るのは、気が進まない。
どう考えても気の進まないことや自分が空しくなることは断ることにしている。
手踊りは得意な方々に任せ、裏方で手伝うことにした。
手伝うことにしたが、この地域の敬老会は、どの公民館行事よりも大変だった。
ナギナタのような草刈り鎌で下草を刈っていく、山の下草刈りよりも・・だ。

11ある公民館から出し物(手踊りや神楽など)は2つ以上、
会場設営・来賓接待・受付・下足番・料理の盛り付けなどの担当は3人ずつ出すことと通達がくる。
赤飯・煮しめ・漬物・ソバなど、当日の料理作りの割り振りも各公民館にくる。
当日は、公民館でお年寄りのために地域循環送迎バスを出す。
紅白の幕を張りめぐらした体育館に、ゴザが敷かれ長テーブルを並べた会場に
ちょっとオシャレをしたじいちゃん・ばあちゃんたちが100人以上集まって来る。
来賓の挨拶が終わると、小学生の合唱があり、会食と同時に舞台で踊りが始まる。
飛び入りのカラオケがあり、延々と続き、飲みすぎてひっくり返るじいちゃんがいたり、えらく賑やかだ。
同級生の顔を久しぶりに見つけ、嬉しそうに寄り添って話したり、みんなニコニコしている。

仕事に行くより疲れる、疲れて具合が悪くなり翌日会社を休んだ、という声もあるが続いている。
地域の敬老会は止め、各公民館で気楽にやりたいという意見も出ているが、館長会議で却下され続けている。祝う側も高齢化し、戸数の少ない公民館はゼイゼイ言っている。
このやり方で続けていけるわけがない。
遅かれ早かれ、もっと簡略化されたものになっていくはずだ。
ただ、面倒で大変な行事に参加したから、地域の人たちとも親しくなれたと思っている。

面倒なことは、避けてとおれた東京時代。同世代の気の合った集合体でいればよかった。
ここでは、そうはいかない。
それが社会の中で生きるということなのかなと思うようになった。
今年の敬老会は、仕事の都合で参加できなかった。
「来年は、断るぞ!」と、毎年思ってきたのに、なんか寂しい気持ち。
結構、私も楽しんでいたのかも。
yo



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山里便り? 「柔らかいは、おいしい?」 2006年9月10日
天気の好い日、ポッカリと空いた午前中はパンを焼く。
こねて丸めてボウルに入れ、そのへんに置いておくと、段々膨らんでくる。
その変化していく様子を見ているのも楽しい。
2・3種類まとめて作り、冷凍しておく。

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     作る過程が楽しいし、焼いている間の空気がいい。
香りも味のうちで焼いている間から美味しい。焼きたてを食べてもおいしい。
2度おいしくて、得をした気分になる。


某大学の農学部の先生が、
「アメリカの食料戦略は、戦後すぐに始まりました。食糧難の日本に小麦と脱脂粉乳を送りこんできたのです。
子供の頃に食べなれた味は、大人になっても食べ続けるものです。給食でパンを食べさせていれば、大人になっても食べ続け、将来、日本はアメリカの小麦を買い続けるだろうという戦略だったのです。」
と、静かに力強くおっしゃった。
パン好きな私は、どうやら見事にアメリカの戦略に、はまってしまったらしい。
そういえば、牛乳も好きだ・・。

「買ったパンは、口に入れると綿あめみたいに溶けるけど、
しっかりしていて味のあるパンでおいしかったよ。」と、toeさんが笑顔で言った。
喜んで食べてもらえて、よかった。
ここ数年で、山里の小さなまちにもパン屋が3軒出来た。
県内各地でもパン屋が増えたし、産直めぐりをすると野菜の横にパンが並んでいる。
減反した田圃で作っている小麦・雑穀の利用、米の消費拡大や、
農家の起業を支援するという意図もあるようだ。
国や県が進めている『地産地消』や『安全安心の県産品』という追い風に乗って増えたように思う。
大手のパン製造会社も、南部小麦・雑穀・米粉で、県産の山ブドウ・リンゴなどを使ったパンを作り始めた。
ここに住み始めた14年前から比べると、随分バラエティーにとんだパンが買えるようになった。

多種多用なパンが売られているが、口に入れるとクタッとネチッとするパンが多く、香りもしない。
大きくても持つと軽くて頼りない。
消費者は柔らかいものが好きと思い込んでいるのかもしれない。
柳田國男が明治以降、日本の食べ物は3つの著しい傾向を示していると書いている(明治大正史世相篇)。
温かいものが増え、柔らかいものが好まれるようになり、甘くなってきたと嘆いてから77年、
ますますその傾向は強くなり、柔らかくて甘いものが美味しいと思われているように思う。
そういえば、野菜も果物も風味がなくなった分、妙に甘くなった。

フランスの主食であるバゲットは、国が1本のバゲットに使う小麦の量と値段を決めている。
大きければ水が多くてフカフカだし、小ぶりならば密度が高いということが一目瞭然で分かる。
この制度は、日本の豆腐にも取り入れてもらいたいなあ。
同じ豆腐一丁でもメーカーによって、やけに水っぽい豆腐があるもの。
これも柔らかい=美味しいの解釈なのかな!?
Yo

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